金碧の女豹~ディアナの憂鬱 【第二部 悪魔の呱々】

椎名 将也

文字の大きさ
20 / 40
第五章 魔女の顎

しおりを挟む
 ユピテル皇国はムズンガルド大陸にある十三の国々で最も広大な領土を持つ。大陸の中央から南部を国土とし、気候も穏やかで穀物の生産量も多く、南の海岸部では魚介類の恩恵にも浴していた。
 第七十一代皇帝アレックス=フォン=イシュタルは、即位から十九年の間に七度にわたる防衛戦を全て勝利で飾り、一度として他国の侵略を許したことがなかった。人々はアレックスを獅子心皇帝と尊称し、平和と繁栄を享受していた。

 そのユピテル皇国がかつてない衝撃的な問題に直面していた。
 第二皇子である皇太子ラザフォード=フォン=イシュタルが暗殺されたのである。
 ラザフォードは皇帝アレックスと皇后ゼニアの次男で、今年二十四歳であった。特に武芸に秀でていたわけではなかったが、容姿、頭脳ともに平均を上回っており、多少女好きな所はあったが性格も穏やかで、次期皇帝としては特に大きな欠点のない若者だった。

 第一皇子であるオルフェウス=フォン=イシュタルは五年前に出奔して皇籍を剥奪されており、皇太子であるラザフォードが暗殺された今、皇位継承権を持つ皇子は二名となっていた。
 皇帝アレックスが最も寵愛する第四皇妃クリスティーナの一子カイルが第二皇位継承権を有し、スカーレットの弟であるフレデリックが第三皇位継承者であった。

 ティアたちは皇太子暗殺の知らせを、スカーレットともに受けた。ノックもせずに応接室の扉を開け、銀龍騎士団副団長のナルサスが飛び込んできたのだ。
「何事だ、ナルサス。来客中だぞ」
 ナルサスの無礼には慣れているはずのスカーレットだが、さすがに眉を顰めて叱咤した。

「失礼しました。重大な知らせが入りました。元帥、ちょっとあちらへ……」
 ティアたちの方に視線を送ると、ナルサスがスカーレットに部屋から出るように促した。
「構わん。信頼できる者たちだ。話せ」
「しかし……」
「お前は初対面だったな。ディアナ第一皇女殿下とその友人たちだ」

「第一皇女殿下……。失礼いたしました。私は銀龍騎士団副団長のナルサス=マーティンと申します」
 一瞬だけ驚きの表情を浮かべると、ナルサスはティアに向かって皇族に対する騎士の礼を行った。右手を握って左胸に当て、片膝をついたのだ。
 それに対して、ティアも席を立ち、膝を大きく曲げてカーテシーと呼ばれる皇室女性の正式な挨拶を返した。

「ディアナ=フォン=イシュタルと申します。ティアとお呼びください」
「アルフィ=カサンドラです」
「ダグラス=ゼラフォードです」
 アルフィとダグラスも席を立ち、深く頭を下げた。

「それで、重大な知らせとは何だ?」
「はっ、先ほどラザフォード皇太子殿下が暗殺されたとの知らせが入りました」
「何だと!」
 さすがのスカーレットも、あまりの重大さに言葉を失った。

「ラザフォード殿下は、今朝からお忍びで観劇に出かけられていたそうです。その途中で襲われ、凶刃に倒れられたとのことです」
「犯人は捕まったのか?」
「それが、十五人いた護衛全てが斬られたとのことです。辛うじて息のあった者の話では、犯人は大剣を持つ男一人だったそうです。斬られた十五人のうち五人は剣士クラスAですので、おそらく犯人はクラスSの実力者だと思われます」

 ナルサスの報告に、ティアが思わず叫んだ。
「ジャスティに間違いありません。大剣を持った剣士クラスSなど、何人もいるはずはありません」
「好き勝手をやってくれる! ナルサス、皇都イシュタール全域に戒厳令を出せ! 誰一人として皇都から外に出すな!」
「すでに元帥のお名前で戒厳令を出させていただきました。それと、四門は全て閉ざしました」

 皇都イシュタールには、東西南北それぞれに門があり、それらを総称して四門と呼んでいた。
 スカーレットの許可なく戒厳令を出し、四門まで閉鎖したナルサスの措置を聞いて、ティアは驚いた。だが、スカーレットは頷いただけでナルサスをまったく責めなかった。それを見て、ティアはナルサスがスカーレットに深く信頼されていることを知った。

「ティア、私とナルサスは皇帝陛下に謁見をしてくる。お前に連絡を取るにはどうすればいい?」
 スカーレットはあえてティアに同行しろとは言わなかった。皇太子が暗殺されて混乱している状況で、ティアが父である皇帝と二年ぶりに再会することは望ましくないと考えたのだ。

「西クリスタル通りにある『幻楼の月』にいますが、冒険者ギルドを通じて連絡をいただく方が確実です」
「わかった。すまないが、急ぐ。また会おう」
 そう告げると、スカーレットは真紅のマントを翻して応接室から出て行った。
「皇女殿下、元帥がご不在の場合には、私をお訪ねください。このような状況ですので、ご無礼つかまつります」
 ナルサスもティアたちに頭を下げると、スカーレットを追って退出した。

「下手をしたら、戦争になるわね」
 成り行きを見守っていたアルフィが、呟くように告げた。
「戦争?」
「ジャスティが犯人だとすれば、ユピテル皇国は正式に<デビメシア>を追求するわ。そして、<デビメシア>の本部はイレナスーン帝国よ。<デビメシア>とイレナスーン帝国との関係は分からないけれど、少なくてもイレナスーンはユピテル皇国の騎士団が自国に入ることを黙って見過ごすはずがないわ」

「ティア、少し状況を見てから動いた方がいい。どちらにしても、四門が開かれるまでは皇都から出ることも出来ない。その間に、ランディに情報を集めさせよう」
 アルフィの説明を補足するように、ダグラスがティアに向かって告げた。

「分かったわ。あまり気は進まないけれど、ランディの力を借りた方が良さそうね。『希望亭』に行きましょう」
 大きくため息をつきながら、ティアが言った。ティアの中では、ランディが仲間だという意識はまだなかったのだ。

「気持ちは分かるけど、こういう時に盗賊クラスAの能力は役立つのよ。思う存分、こき使ってやりましょう」
 笑いながらそう告げると、アルフィは席を立った。
「そうね。言うことを聞かないとシャロンちゃんにばらすって脅すのもいいかもね」
 アルフィに倣って席を立ちながら、ティアがニヤリと笑った。

 二人の言葉を聞いて、ダグラスはランディの困り果てた顔を思い浮かべると、心の中で深く同情をした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

処理中です...