金碧の女豹~ディアナの憂鬱 【外伝2 女王の騎士】

椎名 将也

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第六章 黒い魔素

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 S級魔獣との連戦でメンバーの疲労も溜まってきたことから、ジュリアスは五十九階層でこのまま野営することにした。<女王の騎士>と<黒竜王>は合わせて六人のため、見張りを二人立てて残りの四人は地面に毛布を敷いて横になった。ダンジョン内では視界が塞がれるテントや、身動きが取れなくなる寝袋は基本的に使用しないのだ。
 今回の見張りの順番は、アストレアとアンナだった。二人は焚き火の前に並んで腰を下ろし、火を絶やさないように時々集めてきた枯れ枝をべながら話をしていた。

「そろそろ水龍が出て来てもいい頃ね」
「このダンジョンは六十九階層まで発見されているんでしたね。水龍は最下層付近に棲息していることが多いそうですから、遭遇するとしたら六十五階層あたりからじゃないでしょうか?」
 固形ブイヨンをお湯に溶かした琥珀色のスープを飲みながら、アストレアが言った。この琥珀スープは具を入れなくても非常に美味しく、栄養もあるので冒険者には人気だった。

「昼間言っていた水龍王のことだけど、あたしはそんなものが実在するなんて話を聞いたことがなかったわ。アスティは誰から聞いたの?」
「母からです。昔、母は実際に水龍王と戦ったそうです」
「アスティ……アストレア様のお母さんっていくつなの?」
 ゾルヴァラタ神国を造ったアストレアが千歳を超えていることを知っているアンナは、興味深げに訊ねた。

「さあ……。私もいくつだか知らないんです。ただ、母が水龍王と戦ったのは三千年近く前らしいので、生きていれば三千歳を超えていますね」
「さ、三千……」
 アンナは言葉を失い、固まったままアストレアを見つめた。

「セイリオスにも話したのですが、母は私の数倍の魔力量を持っていました。その母でも水龍王には勝てなかったそうです。辛うじて結界に封じ込めるのが精一杯だったと言っていました。ですから、万一水龍王と遭遇したら、一目散に逃げてください」
「分かったわ。水龍王って、とんでもない奴なのね……。あなたのお母さんにも興味があるけど、聞くのが怖いから言わなくてもいいわ」
 アンナは大きなため息をつくと、諦めたようにアストレアに告げた。

 その時、アストレアの感覚を凄まじい戦慄が舐め上げた。ビクンッと体を震わせると、アストレアが前方を凝視しながらアンナに告げた。
「アンナ、気をつけて! 何か……誰か、来ますっ!」
「……!」
 アンナは立ち上がると、腰の魔道杖を抜いて右手に構えた。赤茶色の瞳に真剣な光を浮かべながらアストレアの見ている空間に視線を移した。

 アストレアとアンナの二十メッツェほど先の空間が螺旋を描きながら大きく歪んだ。その歪みの中から、濃密な魔力に包まれた人影が姿を現した。その魔力量に、アストレアは驚愕した。少なくても、ハイエルフの女王であるアストレアを遥かに凌駕していることは間違いなかった。
「何、あれ……?」
 隣でアンナの震える声が聞こえた。魔道士クラスSであるアンナも、その者の纏っている魔力量に気づいたのだ。

 漆黒の闇のような魔力がその者の体に吸い込まれるように消えると、神々しいほど整った容貌の男が姿を現し、その金色の瞳で真っ直ぐにアストレアを見つめながら言った。
「お前がアリエルの娘か?」
 思わず聞き惚れ、恍惚さえ感じられるほどの美声だった。
「あなたは?」
 アンナを庇うように彼女の前に立つと、アストレアは男の金色の瞳を見返しながら訊ねた。

「我が名はルシファー。かつて、お前の母親に殺された者だ」
 口元だけで微笑みを浮かべながら、ルシファーが言った。
 豪奢に波打つ金髪を背中まで流し、神々と見紛うほど整った容貌の男だった。身長は百八十セグメッツェほどでアストレアよりも頭半分ほど高く、細身だが引き締まった体に漆黒のトーガを纏っていた。

「ルシファー……。千二百年もの間、消滅していたあなたが今頃何の用です?」
 黒曜石の瞳に驚愕と畏怖とを浮かべながら、アストレアは真っ直ぐにルシファーを見つめながら訊ねた。アストレアは母である魔王アリエルから、ルシファーについて聞いたことがあった。神々との戦いに敗れて地上に落ち、魔に身をやつした堕天使であることを……。

「ルシファーって……、あの悪魔王デーモンキングルシファー……?」
 無意識にアストレアの左腕を掴みながら、アンナが呆然と呟いた。左腕に掴まっているアンナの右手がガタガタと震えていることにアストレアは気づいた。

「女神アストレア、本来はお前の母親をと思っていたのだが、行方不明の彼女の代わりにお前を我が宮殿に招待しよう。何、それほど手間は取らせない。我が宮殿はすぐ近くにあるからな」
 女と見紛うほどの美貌に笑みを浮かべながら、ルシファーが言った。
「すぐ近く……ですか?」
「そうだ。このダンジョンの七十階層にある。招待を拒むのであれば、その女を殺す」
 ルシファーがそう告げた瞬間、凄まじい殺気をアストレアは感じた。思わず結界を張り、自分とアンナを護った。

「無駄なことを……。アリエルの結界ならまだしも、お前の結界が私に通用するとでも思っているのか?」
 ルシファーが楽しげに笑みを浮かべると、パリンと音を立ててアストレアの結界が粉々に崩れた。火属性炎系禁呪魔法イヴァポレイションでさえ傷一つ付かなかった結界が瞬時に破壊されたのを見た瞬間、アンナは赤茶色の瞳から大粒の涙を溢れさせてアストレアに縋り付いた。

「あ、アストレア様……」
 ガタガタと震えるアンナの体を抱き寄せながら、アストレアは険しい表情でルシファーを睨んだ。だが、ルシファーと自分の力の差を見せつけられ、アストレアに選択肢はなかった。
「ルシファー、私があなたに同行すれば、アンナを見逃してもらえますか?」

「あ、アストレア様! だめです! セイリオスたちを起こして……」
 アンナが震えながらも、ルシファーに近づこうとしたアストレアの腕を掴んで止めた。
「アンナ、私たちが消えたらすぐにこのダンジョンから出て行ってください。私のことは心配いりません。決して私を助け出そうなどとは考えないでください。特に、セイリオスのことは絶対に止めてください」
 アンナを安心させるようにニッコリと微笑むと、アストレアが告げた。

「アストレア様……」
 アンナに向かって大きく頷くと、アストレアはルシファーに向き直った。
「話はついたか? では、こちらに来い。我が宮殿に案内してやろう」
「ルシファー、その前にアンナたちには絶対に手を出さないと約束してください」
 真剣な光を映した黒曜石の瞳で真っ直ぐにルシファーの美貌を見つめながら、アストレアが告げた。

「私の目的は女神アストレア、お前だけだ。そんな塵芥ちりあくたなどに興味はない」
「アンナ、すぐにセイリオスたちと脱出するのですよ」
 ガタガタと震えながら涙を流しているアンナに優しく微笑むと、アストレアはルシファーの元に歩き出した。
「アストレア様……」
 背中から聞こえてきたアンナの声を故意に無視すると、アストレアはルシファーに向かって告げた。
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