金碧の女豹~ディアナの憂鬱 【外伝2 女王の騎士】

椎名 将也

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第十章 爛熟の帳

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「ジュリアスッ! しっかりして、ジュリアスッ!」
 血まみれの腹部に大きな穴が空いたジュリアスを見つけると、アンナが走り寄って彼の体を揺さぶった。だが、口からも大量の血を流して眼を閉じているジュリアスの意識は戻る気配さえなかった。

「どいてくれ、アンナッ!」
 アンナの体を横に避けると、セイリオスはジュリアスの胸に耳を当てた。しばらくの間、心音を確認すると、顔を上げてセイリオスは悲痛な表情で首を振った。
「死んでいる。上級回復ポーションでも無理だ……」

「そんな……。ジュリアス……」
 赤茶色の瞳から涙が溢れ、頬を塗らしながらアンナは呆然と呟いた。恋人ではなかったが、四年間も生死を共にした戦友とも言えるジュリアスの死を、アンナはすぐに受け入れられなかった。

「ユージンとバートンはどこだ?」
 悲しみを振り払うように立ち上がると、セイリオスが周囲を見渡しながら訊ねた。
「ユージンはティアマトの魔覇気で胸部を粉砕されて即死だったわ。バートンは分からない」
 嗚咽を堪えるように右手で口元を塞ぎながら、アンナは肩を震わせて答えた。触手によって失神させられたため、アンナはその後のことを知らなかったのだ。

「上級魔力回復ポーションはあったか? あれば、アストレア様に飲ませておきたい」
 魔力切れを起こしているアストレアは、一向に意識を取り戻す気配さえなかった。本人からは心配するなと言われていたとは言え、ルシファーがいつ現れるかも知れない状況のため、セイリオスは少しでも早くアストレアの意識を取り戻させたかった。

「上級魔力回復ポーションは一本あったわ。あたしが預かっていたから、あたしの荷物入れにあるはず……」
 触手に荷物入れごと衣服を破られたことを思い出し、アンナは周囲を見渡した。ジュリアスの遺体から二十メッツェほど離れた場所に、アンナの衣服の残骸と革の荷物入れが放置されていた。荷物入れを取りに行って中身を確認すると、アンナは透明な緑色の液体が入った小瓶を取り出してセイリオスに渡した。

「ありがとう」
 セイリオスは礼を言って上級魔力回復ポーションを受け取ると、栓を開けて三分の一ほど口に含んだ。そして、ジュリアスの隣りに横たえたアストレアの唇を塞ぐと、ゆっくりと飲ませていった。三回に分けて全量を飲ませると、セイリオスは優しくアストレアの体を揺さぶった。

「アストレア様、大丈夫ですか? アストレア様……」
「……ん、……セイリオス? セイリオスッ!」
 金色の瞳を開いて愛する男の顔を確認すると、アストレアは豊かな胸を押しつけるようにセイリオスに抱きついた。
「アストレア様、よかった……」
 セイリオスは安堵の笑顔を浮かべると、優しくアストレアを抱きしめた。

「アンナは? 無事ですか?」
 アストレアは顔を上げると、金色の瞳に涙を湛えながらセイリオスに訊ねた。
「あたしならここにいますよ、アストレア様」
 セイリオスとの抱擁を見守っていたアンナが、アストレアの後ろから声をかけた。アストレアはアンナの方を振り向くと、安心したように笑みを浮かべながら言った。
「よかったです、アンナ。安心しました」

「ありがとうございました、アストレア様。でも、ジュリアスが……」
 アストレアに微笑みかけたアンナは、その表情を曇らせると横たわるジュリアスの遺体を見つめた。
「ジュリアスさんッ! 息は……?」
 アストレアの言葉に、セイリオスとアンナが無言で首を横に振った。アストレアはセイリオスの抱擁を解くと、急いでジュリアスの横に移動して彼の右手を取った。

(脈は……ないです。でも、まだ生暖かい……。心臓が止まってから、どのくらい経っているのでしょうか……?)
 アストレアの全身が眩い光に包まれた。その光が急激に密度を増していき、閃光に変わった。

「アストレア様、何をッ……?」
「アストレア様……!」
 突然輝きだしたアストレアの体に驚愕して、セイリオスとアンナが叫んだ。その叫びさえも聞こえないかのように、アストレアを包む光の輝きは大きくなり、直視できないほどの閃光を放った。

(お母様はおっしゃっていました。私たちハイエルフのアルティメットヒールは、人族のものよりも強力だと……。心臓が止まってから時間が経っていなければ、蘇生できるはずです!)
 アストレアとジュリアスを包む光輝は、もはや光の結界と言っても過言ではないほどの濃度となっていた。その純白の空間で、アストレアは一心に魔力を込めて祈り続けた。
(これ以上、私のために誰も死なせません。ジュリアスさんは、必ず蘇らせます!)

 トクン……

 かすかな音がアストレアの耳朶に響いた。その音を包み込むように、アストレアは更に魔力を注ぎ込んだ。

 トクン……トクンッ……ドクン……ドクンッ……ドクンッ!

 その音が徐々に大きくなっていき、規則正しく安定してきた。その変化を感じ取ると、アストレアは腹部に手を翳した。濃密な光の螺旋がジュリアスの腹部に収斂しゅうれんしていき、徐々にその傷が塞がっていった。
(これで……助かるはず……です……)
 アストレアの視界が徐々に暗転していった。膨大な魔力量を持つアストレアにとって、上級魔力回復ポーション一本で回復した魔力はほんの一部に過ぎなかったのだ。逆に、ジュリアスを蘇生させたことによって、ポーションで回復した以上の魔力を消費し、アストレアは再び魔力切れを起こしてしまったのだ。

「アストレア様ッ!」
 全身を包み込んでいた閃光が消えた瞬間、倒れ込んだアストレアを間一髪抱きとめると、セイリオスは彼女の顔色を見て愕然とした。蒼白どころか、土気色に近いほどだった。紛れもなく魔力切れの症状だった。それも、先ほどよりも更に深刻な状態だった。
「アンナ、上級魔力回復ポーションをもう一本だッ!」
 セイリオスの叫びに、アンナは驚いて告げた。

「上級はさっきの一本しかないわ! 後は中級が二本だけよ!」
「中級でもいい! 早くッ!」
「わかった!」
 アンナが荷物入れから中級魔力回復ポーションを二本取り出すと、急いで栓を開けてセイリオスに渡した。

(アストレア様、何て無茶をッ!)
 差し出されたポーションを三分の一ほど呷ると、セイリオスは口移しにアストレアに飲ませた。それを六回繰り返し、二本分の中級魔力回復ポーションをすべて飲ませ切った。中級でも多少の効果はあったのか、アストレアの顔色は少しずつ回復してきた。だが、通常と比べればまだ蒼白であることは間違いなかった。

「アストレア様ッ! 大丈夫ですか、アストレア様ッ!」
「……ん、……セイリオス……ジュリアスさんは……」
 話をすることも辛そうに、アストレアがセイリオスに訊ねた。
「ジュリアスは殺されました。死んだ人間相手に、無茶しないでくださいッ!」
 アストレアの無謀さを怒るようにセイリオスが声を荒げた。だが、その言葉を遮るかのように、アンナが驚愕の声を上げた。

「ジュリアスッ!」
「……アンナ……?」
 死んだはずのジュリアスが濃茶色の瞳を見開き、アンナに話しかけたのだ。
「ジュリアス、あんた、生きてるの……!」
 驚愕のあまり赤茶色の瞳を大きく見開きながら、アンナが呆然と呟いた。そして、ジュリアスの腹部に視線を移すと、あれほどの大きな風穴が跡形もなくなっていることに気づき、更に驚愕した。

「よかったです……成功しました……」
 蒼白な表情で笑みを浮かべると、アストレアは疲れ切ったように眼を閉じた。
「アストレア様……あなたは……」
(死んだ人間さえ蘇らせるなんて……アストレア様は、本物の女神か……?)
 セイリオスは自らの腕に抱くアストレアの美貌を呆然として見つめた。そして、自分が彼女の騎士になったことに、かつてないほどの誇りを抱いた。

「セイリオス……お願いがあります」
 金色の瞳を再び開いて愛しい男の顔を見つめると、アストレアは小さな声で告げた。
「はい、何なりと……」
「上級回復ポーションを飲ませてください……できれば、口移しで……」
 囁くように小声で告げると、アストレアは恥ずかしそうに微笑んだ。
「はい、少しお待ちください」
 優しくアストレアを地面に横たえると、セイリオスは立ち上がって上級回復ポーションを取りに行った。

(がんばったのですから、そのくらいの見返りがあってもいいですよね、セイリオス)
 生き返ったジュリアスにアンナが抱きついて喜んでいる姿を見ながら、アストレアはどうせなら口づけして欲しいと素直に言った方が良かったかなと少し後悔をした。
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