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第7章 凌辱

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 意識を取り戻すと同時に、テアは周囲の様子を確認した。
 白い壁に囲まれた広い部屋だった。窓は一つもない。部屋のほぼ中央に置かれたベッドの上に、テアは寝かされていた。両手足は拘束されていない。
(ジェイは?)
 この部屋にいるのは、テア一人だけだった。彼女の脳裏に、ジェイの精悍な顔が浮かぶ。

 ベッドから起きあがり、テアは自分の身体を見回した。アズベールに蹴られた腹部が痛むが、他に怪我はしていないようだ。
「こんなところに閉じこめて、どうする気かしら?」
 乱れた淡青色の髪をかき上げながら、テアが独り言を言った。

「ソルジャー=スコーピオン様が戻られるまで、私の遊び相手になってもらうのさ」
 彼女の疑問に答えるかのように、突然、背後から男の声が聞こえた。テアは驚いて振り向いた。
 プライマイオス遺跡管理局長ジャック=アズベールがドアから入ってきたのだ。屈強な部下を二人連れている。二人とも、大型のレイガンを構えていた。

「遊び相手? 冗談じゃないわ!」
 プルシアン・ブルーの瞳に怒りの炎を浮かべながら、テアが怒鳴った。
「元気がいいな。しかし、それがどこまで続くかな? おいッ」
 アズベールが、部下の男たちに目配せした。二人とも、身長百九十センチを越える屈強な男たちである。男の一人が、レイガンの銃口をテアに向けながら歩み寄ってきた。

(何なの? こいつ……)
 彼女に近づいてくる男から、強烈なプレッシャーが発せられた。そのプレッシャーは、はっきりと殺気をまとっている。
「私をどうする気なの? ジェイはどこにいるの?」
 男の放つプレッシャーに後ずさりながら、テアが訊ねた。その声には、わずかに怯えが含まれていた。テアは、あっという間に壁際まで追い込まれた。

「死にたくなければ、動くな!」
 男がドスのきいた声で告げてきた。
(こいつ、ただものじゃないわ)
 テアの全身が緊張に震えた。男が数多くの修羅場をくぐり抜けてきたことを、彼女は無意識に感じ取ったのだ。

「この男たちは、<テュポーン>の人体強化戦士バイオ・ソルジャーだ」
 アズベールが告げた。
「バイオ・ソルジャー?」
「そうだ。我々バイオ・ソルジャーは、第二次DNA戦争中にDNAアンドロイドに対抗するために、銀河連邦が開発した強化人間だ。簡単に言えば、脳と中枢神経の一部以外を全て人工組織に置き換えた戦闘マシーンだ」
 テアの質問に答えたのは、彼女の前でレイガンを構えた男だった。

「そして、我々の戦闘能力は、訓練された兵士の数百人分に相当する。我々は、運動能力、反射速度、筋力のいずれをとっても、普通人の数十倍に達する。無駄なことは考えない方がいい」
「つまり、戦闘しか能がないってことね」
 そう言うと、テアはさっと身をかがめた。次の瞬間、レイガンを構える男の両足を思い切り払った。

「うわッ!」
 予想もしないテアの奇襲を受け、男が無様に尻餅をついた。その隙を見逃さず、テアが男の右手を蹴り上げて、レイガンを叩き落とした。
「このアマ!」
 怒りに顔を紅潮させ、男が立ち上がった。テアは落ちたレイガンを素早く拾い上げると、男の厚い胸板をめがけてトリガーを絞った。死の閃光が、男の胸を貫いた。

「ギャッ!」
 短い悲鳴とともに男の身体が痙攣し、大きな音を立てて倒れ込む。テアの放ったレイガンの閃光は、男の心臓を直撃したのだ。即死のはずである。
 テアは倒れた男に目もくれず、次の戦闘行動に移った。
 彼女は右前方へ跳び、床を二回転すると、アズベールめがけてトリガーを絞った。焦点温度一万度を超える閃光が、呆然としている遺跡管理局長の胸に向かって襲いかかった。

「そんな……?」
 その瞬間、テアのプルシアン・ブルーの瞳が驚愕に大きく開かれた。レイガンの閃光が、アズベールに届く直前に飛散したのである。
(ジェイの時と同じだわ!)
 テアはそれが、<プシケ>でジェイを撃った時と同様の現象であることに気づいた。ESPシールドが張られたのである。

「<テュポーン>のバイオ・ソルジャーは、二タイプある。今、お前が倒した男は通常のタイプだ。そして、この俺は……」
 アズベールの横にいるもう一人のバイオ・ソルジャーがそう告げた瞬間、テアの身体が金縛りにあったように硬直した。
(か、身体が、動かない……?)
 身体を動かすどころか、テアは声を発することさえできなかった。

「俺は、バイオ・ソルジャー・タイプⅣだ。従来のバイオ・ソルジャーに、BクラスのESPを与えられた究極の戦士だ。残念だったな」
 男が、不敵な笑みを口の端に浮かべながら言った。
「バイオ・ソルジャーを殺すとは、何て女だ……」
 アズベールが驚愕から立ち直って呆然と告げた。

「死んではいません」
 テアに心臓を撃ち抜かれた男が、ゆっくりと立ち上がった。
(そんな……?)
 愕然とするテアを嘲笑うかのように、その男の傷が塞がっていく。
「我々バイオ・ソルジャーは、普通の人間の数十倍に当たる治癒能力を持っています。この程度の傷ならば、瞬時に回復します」
 男はレイガンの直撃で、焼け焦げた服を気にしながら笑いを浮かべた。

「感想はいかがかな、お嬢さん」
 ESPを有するバイオ・ソルジャーが、テアが言葉を発することができるように束縛を緩めながら訊ねた。
「化け物……」
 身体は依然として動かせないが、声を出すことが可能になったテアが呟くように言った。
(心臓を貫いても、死なないなんて……)
 驚きのあまり、プルシアン・ブルーの瞳が大きく開かれた。

「化け物か。誉め言葉として伺っておこう」
 心臓を撃ち抜かれた男が、笑いながら告げた。
「私をどうする気なの?」
 テアが短く訊ねた。その声は驚愕と恐怖に震えていた。
「お前は、ソルジャー=スコーピオン様の前で、私に恥をかかせた女だ。その罪を思い知らせてくれる」
 アズベールの細い眼が、冷酷な光をおびた。その眼を見た瞬間、テアは背筋がゾッとするような嫌悪感に襲われた。

「あなたたちが何を考えているか知らないけれど、ジェイは全宇宙最強と言われるESPなのよ。彼が本気になったら、あなたたちなんてすぐに殺されるわよ」
 テアは沸き上がる恐怖を強い意志の力でねじ伏せ、精一杯の虚勢を張って告げた。
「ジェイ=マキシアンか。確かに、敵に廻したくない男だ。だが、その男は今、何をしていると思う?」
 明らかな嘲笑を浮かべながら、アズベールが訊ねた。同時に、テアの左サイドの壁がスライドし、八十インチ四方のスクリーンが現れた。そのスクリーンに映された映像を見て、テアが悲鳴を上げた。

「ジェイ……!」
 そこに映されたものは、拷問の痕も生々しいジェイの姿だった。全身血だらけになり、両手を天井から吊されている。彼が着ていたシャツは、原型をとどめておらず、布切れのような状態で鮮血に染まった身体にまとわりついていた。体中には、電磁鞭による無数の傷が刻まれていた。
「何て、ひどい……」
 テアは言葉を失った。ジェイはすでに意識を失っているようだった。その精悍な顔は血に染まり、激痛と疲労の極致にあることは明白だった。

「ヤツの額には、ESP抑制リングをはめてある。ESPを十万分の一に抑えるリングだ。これをはめている限り、たとえヤツが『全宇宙最強のESP』と呼ばれる男でも、普通の人間と何ら変わりがない」
 アズベールが残忍な笑みを浮かべながら告げた。その言葉通り、ジェイの額には銀色に輝くリングがはめられていた。

「どうして、こんなことを?」
 プルシアン・ブルーの瞳に蒼炎を燃やしながら、テアがアズベールを詰問した。
「ヤツのために、これまで何人のファミリーが殺されたと思う。逮捕された者も含めれば、三十人以上だ。その意趣返しと思えば、まだ生易しいものだ」
「冗談じゃないわ。あれ以上、彼を責めたら死んでしまうわ!」
 テアが怒りを露わにして叫んだ。

「お前さん次第で、彼の生命を助けてやってもいいぞ」
「……! どうすればいいの?」
 テアを見つめるアズベールの瞳が、残忍さと卑猥さに輝いた。本能的な不安と恐怖に怯えながらテアが訊ねた。
「お前は美しい。完璧と言ってもいい美しさだ。だが、俺は美しいものをこの手で穢すのが趣味でな」
 アズベールの瞳に、紛れもない狂気が浮かび上がった。アルカイック・スマイルとでもいう表現が最も適当な表情で、アズベールが告げた。

「俺はお前の美しい顔に、大きな傷をつけてやりたくて仕方ないんだ。そして、泣き叫ぶお前を、ここにいる男たちと三人で可愛がってやる!」
「そんな……」
 テアは絶句した。アズベールの申し出は、精神が病んでいるとしか思えなかった。
 顔は女の生命とも言う。それに傷をつけられることは、普通の女性には耐えがたい恐怖である。それは、テアも例外ではなかった。まして、その後に凌辱が待っているとしたら……。

(狂ってるわ)
 テアの健全な精神は、恐怖に震え上がった。
「あの男を殺してもいいのか? お前の答え一つに、ヤツの生命がかかっているんだ」
 追い打ちをかけるように、アズベールが笑いながら告げる。
「……」
 当然のごとく、テアが言葉に詰まった。彼女の選択を迫るように、アズベールが命じた。
「もう一度、ヤツを痛めつけろ!」
 彼の命令を実行すべく、一人の男がスクリーンに現れた。そして、彼の持つ電磁鞭が空気を引き裂き、ジェイの身体に叩きつけられる。

「ぐあッ!」
 凄まじい激痛で、ジェイが意識を取り戻した。打たれた場所から、数百ボルトの電流が流れ、同時に肉が裂けた。飛び散った鮮血が床に黒い染みを描いた。
「ジェイッ! やめてッ!」
 二度、三度とジェイの身体に加えられる暴虐に耐えかねて、テアが絶叫した。

「どうする? このまま続けたら、本当にヤツは死ぬぞ」
 アズベールが笑いながら告げた。
 スクリーンから、ジェイの呻き声が聞こえる。電磁鞭を持つ男は、一切の手加減をしていなかった。
「やめてッ! あなたの言う通りにするわ! だから、ジェイを殺さないでッ!」
 テアが絶叫した。バイオ・ソルジャーのESPで拘束されているため、身動きができない彼女のプルシアン・ブルーの瞳から涙が溢れ出た。

「よし、やめろ!」
 アズベールが、電磁鞭を振る男に命じた。ひときわ強烈な一撃をジェイに加えると、男は電磁鞭を下ろした。
 テアの束縛も、アズベールの命令とともに消滅した。その瞬間、テアは床に崩れるように座り込んだ。顔に傷をつけられ、こんな男たちの慰み物になる。十六歳の少女には、重すぎる試練であった。

「ジェイ=マキシアン、聞こえるか?」
 アズベールがスクリーンに向かって叫んだ。その声が耳に入ったのか、ジェイがゆっくりと血に染まった顔を上げた。
「今から、面白いショーを見せてやろう。ヤツのいる場所へ行くぞ。ついてこい」
「そんな……」
(ジェイの目の前で、私を辱める気なの?)
 テアは愕然とした。そして、淡青色の髪を揺らしながら、アズベールの申し出を拒むように激しく首を振った。

「いいから、連れてこい!」
 アズベールが、二人のバイオ・ソルジャーに命じた。有無を言わせない強烈な力がテアの両腕をつかみ、彼女を立ち上がらせた。
「いやああッ!」
 テアの叫びを無視して、ESPを有するバイオ・ソルジャーの全身が光彩に包まれた。
 次の瞬間、テアたちは、ジェイの目の前にテレポートしていた。


「お前……は……」
 ジェイがアズベールの姿を認め、凄まじい怒りをその瞳に浮かべた。彼の視線が、二人の男に抱えられるようにして立つ美少女に移った。
「テア……」
 唇の端から血を流しながら、ジェイが呟いた。間近で見ると、彼の全身は傷と痣と鮮血とに覆われていた。
「ジェイ……」
 紛れもない恐怖をその美しい瞳に浮かべて、テアが目の前に吊されているジェイを見つめた。

「この健気な少女が、お前を助けたいと申し出てな」
 アズベールが笑いながら告げた。
「この美しい顔に傷をつけ、俺たちの玩具になることを了承したのだ」
「何だ……と!」
 ジェイの漆黒の瞳に、強烈な殺気が光った。
「テア、やめろ。俺は……大丈夫だ。こんなヤツらの言うことを……、信じるな!」
 肺をやられているらしいジェイは、それだけ告げると、ガバッと血を吐いた。

「ジェイッ! しっかりして!」
 テアがバイオ・ソルジャーの腕を振り払おうとした。だが、彼の圧倒的な力の前に、身動きが取れなかった。
「ESPを使っても治療できない傷をつけてやる。あれを貸せ!」
 アズベールが電磁鞭を持つ男に命じた。男は彼の命令を即座に実行し、ステンレスの鞘に入ったレーザー・ナイフを彼に手渡した。アズベールが銀色に輝くナイフを鞘から抜き、手元のスイッチを入れた。
 ナイフの刀身から青白いスパークを放たれた。触れるもの全てを高熱で切り裂く、二万度の超粒子がバチバチと火花を散らしていた。

「イ、イヤ……やめてッ!」
 激烈な恐怖のあまり、テアが後ずさろうとした。しかし、彼女の身体は圧倒的なパワーを持つバイオ・ソルジャーに拘束されていた。
「このレーザー・ナイフは特別品でな。ある特殊な電磁波が出ているんだ。この電磁波は、DNA基盤を永久的に変化させる働きを持っている。たとえ、皮膚を移植してもその表皮に瘢痕はんこんが浮かび上がり、その傷は永久に消えることはない!」
 アズベールの口許に狂気の微笑を浮かべながら告げた。彼の言葉を聞き、プルシアン・ブルーの瞳が紛れもない怯えに包まれた。今から自分に加えられる理不尽な行為に、テアは凄まじい恐怖のあまりガクガクと震えだした。

「やめろーッ!」
 血を吐くような絶叫がジェイの口から放たれた。だが、その悲痛の叫びさえもアズベールにとっては極上の音楽に他ならなかった。
「楽しいショーの始まりだ。こいつをESPで固定しろ!」
 その言葉とともに、レーザー・ナイフを持つアズベールの手が、テアの左頬に触れた。ESP能力を持つバイオ・ソルジャーが、テアの全身を再び縛り上げた。

「いやああッ!」
 プルシアン・ブルーの瞳が、壮絶な恐怖を映した。その美しい瞳から涙が溢れ、白い頬を濡らした。
「やめてぇーッ!」
 レーザー・ナイフの刀身が、ゆっくりとテアの左頬に触れた。

 その瞬間……!

 ジュウッという異音とともに、肉の焼ける臭気が周囲に広がった。同時に、凄まじい激痛と灼熱がテアの左頬を襲った。
「きゃああッ!」
 テアの絶叫が室内に響きわたった。

 ジェイの黒瞳が大きく開かれ、テアを睨むように見つめた。自分のために左頬を焼かれた美少女を、一瞬でも見逃さないとでも言うように……。
 テアの左頬に、約五センチにわたるy字型の裂傷が刻みつけられた。
 ESPで拘束されたテアは指一本動かすことができずに、固く眼を閉じながらその激烈な痛みに耐えていた。

「この裂傷は普通の医療はおろか、ESP治療でも完治させることはできない。この女は、お前のために二度と治療できない傷を負ったんだ! ハッハハハ!」
 アズベールの嘲笑が、響きわたった。
「貴様ッ!」
 ジェイが怒りのあまり、唇を噛み締めた。その唇の端から新たな鮮血が流れた。

「さて、ショーの第二幕を始めようか?」
 残忍さと卑猥さを兼ねた笑みを浮かべながら、アズベールが告げた。
 テアを拘束していたESPが消失した。テアは床に崩れ落ちると、激烈な痛みと精神的なショックのあまり左頬を押さえて泣き出した。

「やれッ!」
 アズベールの命令を受け、バイオ・ソルジャーたちが再びテアを抱き起こした。
「こんなにいい女を抱けるなんて、すげぇ役得だぜ!」
 男の一人が、舌なめずりをしながら言った。彼の手が、テアのブラウスを一気に引き裂いた。
「いやあああッ! やめてぇッ!」
 テアが淡青色の髪を振り乱しながら絶叫した。そこには、気丈な少女の姿はすでになかった。

「やめろッ!」
 ジェイの叫びを無視して、男たちがテアの着衣を次々とはぎ取っていく。
「いやあッ! 助けてぇッ!」
 テアが両手ではだけた胸を隠そうとする。だが、バイオ・ソルジャーが力ずくでその腕を振り解いた。彼女の白い肌が、男たちの眼に曝された。

「いやああ、許してぇッ!」
 泣き叫ぶテアの声さえ、獣たちには愉しげな旋律としか聞こえていないのか。
 バイオ・ソルジャーの一人が、暴れるテアの両手を押さえ、もう一人が彼女のジーンズに手をかけた。
「やめろ、やめてくれッ! テアーッ!」
 血を絞るようなジェイの絶叫が、部屋に響きわたった。
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