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第一章 出発(たびだち)
4-12 復讐前夜
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一日あけた三の日の夜、シルドラが報告にやってきた。
「だいたい必要な情報はそろってきたであります。もちろん、不足も多いでありますが、今週中に集めることが困難なものばかりでありますゆえ。まあ、この半分の情報でもわたしなら関係者だけでなく、一族郎党皆殺しでありますが」
まだ中身は確認していないが、想像はつく。たぶんぼくでも同じだ。
「どんなネタが出てきたの?」
「シルベストレがベルガモを使ったことは、シルベストレが払った金の受け取りを書かせていたのでまちがいないであります。素人がこういうことに首を突っ込んで知ったかぶりをしても、すぐボロが出るでありますよ。ベルガモも災難であります」
「自分の悪事の証拠をわざわざ残してるんだものね。公爵のほうは?」
「はっきりした証拠は残していないでありますが、マリアが死んでひと月ちょっとで彼女が使っていた第一夫人用の部屋を片づけているであります。新しい家具や調度品の注文も出しているようでありますから、ふつうに考えれば新しい部屋の主が来るということでありますよ」
「リュミエラのお母様のご両親は?」
「館には厳重な警備が敷かれているであります。引退したもと伯爵の館の警備にしては異様でありますよ。どう考えても、賊ではなく情報が無断侵入することを警戒した警備だと思うであります」
「ご両親はシロかな」
「そう思うであります。娘を殺す理由は、少なくともわたしが見る限りはどこにもないでありますよ。それから、もと伯爵が倒れたときの様子が聞けたでありますが、おそらくリプキンという毒が使われたであります。ある程度時間をかけて与え続ける必要があるでありますから、普通に考えれば毎日料理に混ぜ込まれていたということであります。料理人は今回の件はともかく、当主交代についてはクロでありますよ」
「リュミエラは、どこまでを自分で片づけたいと思うかな? 周辺部分は、ぼくらが手伝ってもいいかもしれないな」
「料理人、現伯爵第一夫人アナ、ベルガモ、このあたりでありますな。アナはどこまで絡んでいたかが問題でありますな。なにも知らなかった可能性もそこそこだと思うであります。ベルガモは人を動かしただけで、自分では手を下してない可能性があるでありますよ」
「原動力がリュミエラの気持ちだから、あまり中心から遠いところでがんばっちゃうと、肝心なところで息切れしかねないよね」
「でありますな」
「ところでリュミエラだけど、いつごろ帰ってくるんだろう? 五の日にはこっちに戻ってきてくれるのかな?」
「それはノスフィリアリ様に聞いてみないとわからないであります。理由をきいてもよろしいでありますか?」
「彼女のサポートをするにしても、ふつうの日は制約が多すぎるよ。動くのは夜になるだろうし、できれば次の日に授業がなくて、不在を怪しまれない日にしたい。だから、六の日と聖の日を使いたいんだ。五の日の夜に最後の打ち合わせがしたい」
「いっておくでありますが、わたしができるのは聞くだけでありますよ? ノスフィリアリ様に『こうしてくれ』などとは、わたしは言えないであります」
「わかった、わかった」
どこまで怖いんだよ、タニア。ブートキャンプ効果かな、やっぱり。
「リュミエラはどんな様子かな? タニアは『自分は戦う力を鍛えているだけで、人格には手をつけていない』って言ってたけど」
「ノスフィリアリ様にひと月鍛えられて、人格や性格が変わらないでいられるなら、その人は人間の外に足を踏み出しているでありますよ。たぶんアンリ様も、物心ついたときにはもっと人間らしくてかわいらしい子供だったと思うであります」
「どういうことかな? なにが言いたいのかな?」
「褒めているでありますよ。アンリ様が人間らしさにあふれたかわいらしい八歳児だったなら、わたしはどこかで手を引いていたと思うであります」
「そこまで言われても、ぜんぜん褒められているように聞こえないんだよね……」
「さあさあ、アンリ様はサッサと寝るでありますよ。傷を治しただけで、身体が受けた衝撃や流れた血はすぐには戻らないんでありますよ? リュミエラに手を貸すつもりでいたところで、身体が動かなければどうにもならないであります」
「だいぶ戻ってきた実感はあるんだけどね。自分で立ち回る部分は少なそうだし、シルドラもいるから大丈夫だと思うよ?」
「それでも身体を休めることは重要であります。肝心なところで役に立たない男子は、婦女子から馬鹿にされるであります」
「ちょっと待って。言いたいことはわかるけど、その言いかたは止めて!」
五の日の夜、シルドラはリュミエラを連れて姿をあらわした。
「お久しぶりです。アンリ様もいろいろ大変だったとうかがいましたが、大丈夫ですか?」
そう言って見せた笑顔は、ひと月前のものと変わらなかった
「このひと月は、わたくしにとってすべてが生まれて初めての経験でした。戦うということがこういうことなんだ、とタニア様に教えていただきました」
「できそう?」
「アンリ様もタニア様もわたくしのためにできる限りのことをしてくださいました。できるかどうかではなく、わたしくしにはやり遂げる義務があります」
リュミエラは相変わらずの相手を包み込むような微笑を浮かべながらそう言った。
ぼくはシルドラと二人で、集めた情報を全てリュミエラに説明した。
まず、もっとも核心に近い部分、つまり、襲撃の首謀者がジェンティーレ伯爵シルベストレであること、襲撃は彼がベルガモという冒険者に依頼したものであること、シルベストレの動機がアンドレッティ公爵の子を身ごもった三女ヘラを公爵夫人として送りこむためであること、アンドレッティ公爵は襲撃を知っていたこと、の四つを伝えた。
また、ミリアとセレスが自主的に謹慎中であること、ベルガモが手配した盗賊団はすでに壊滅していることも周辺情報として伝えた。そしてもうひとつ、リュミエラを奴隷商に売り渡すという指示はヘラから出ていたと思われるということもつけ加えた。ちなみにこの情報は、つい昨日バルデからひそかに聞き出したものである。商売上の秘密を漏らさせたんだから、こんどお返ししなきゃな。
「だいたい必要な情報はそろってきたであります。もちろん、不足も多いでありますが、今週中に集めることが困難なものばかりでありますゆえ。まあ、この半分の情報でもわたしなら関係者だけでなく、一族郎党皆殺しでありますが」
まだ中身は確認していないが、想像はつく。たぶんぼくでも同じだ。
「どんなネタが出てきたの?」
「シルベストレがベルガモを使ったことは、シルベストレが払った金の受け取りを書かせていたのでまちがいないであります。素人がこういうことに首を突っ込んで知ったかぶりをしても、すぐボロが出るでありますよ。ベルガモも災難であります」
「自分の悪事の証拠をわざわざ残してるんだものね。公爵のほうは?」
「はっきりした証拠は残していないでありますが、マリアが死んでひと月ちょっとで彼女が使っていた第一夫人用の部屋を片づけているであります。新しい家具や調度品の注文も出しているようでありますから、ふつうに考えれば新しい部屋の主が来るということでありますよ」
「リュミエラのお母様のご両親は?」
「館には厳重な警備が敷かれているであります。引退したもと伯爵の館の警備にしては異様でありますよ。どう考えても、賊ではなく情報が無断侵入することを警戒した警備だと思うであります」
「ご両親はシロかな」
「そう思うであります。娘を殺す理由は、少なくともわたしが見る限りはどこにもないでありますよ。それから、もと伯爵が倒れたときの様子が聞けたでありますが、おそらくリプキンという毒が使われたであります。ある程度時間をかけて与え続ける必要があるでありますから、普通に考えれば毎日料理に混ぜ込まれていたということであります。料理人は今回の件はともかく、当主交代についてはクロでありますよ」
「リュミエラは、どこまでを自分で片づけたいと思うかな? 周辺部分は、ぼくらが手伝ってもいいかもしれないな」
「料理人、現伯爵第一夫人アナ、ベルガモ、このあたりでありますな。アナはどこまで絡んでいたかが問題でありますな。なにも知らなかった可能性もそこそこだと思うであります。ベルガモは人を動かしただけで、自分では手を下してない可能性があるでありますよ」
「原動力がリュミエラの気持ちだから、あまり中心から遠いところでがんばっちゃうと、肝心なところで息切れしかねないよね」
「でありますな」
「ところでリュミエラだけど、いつごろ帰ってくるんだろう? 五の日にはこっちに戻ってきてくれるのかな?」
「それはノスフィリアリ様に聞いてみないとわからないであります。理由をきいてもよろしいでありますか?」
「彼女のサポートをするにしても、ふつうの日は制約が多すぎるよ。動くのは夜になるだろうし、できれば次の日に授業がなくて、不在を怪しまれない日にしたい。だから、六の日と聖の日を使いたいんだ。五の日の夜に最後の打ち合わせがしたい」
「いっておくでありますが、わたしができるのは聞くだけでありますよ? ノスフィリアリ様に『こうしてくれ』などとは、わたしは言えないであります」
「わかった、わかった」
どこまで怖いんだよ、タニア。ブートキャンプ効果かな、やっぱり。
「リュミエラはどんな様子かな? タニアは『自分は戦う力を鍛えているだけで、人格には手をつけていない』って言ってたけど」
「ノスフィリアリ様にひと月鍛えられて、人格や性格が変わらないでいられるなら、その人は人間の外に足を踏み出しているでありますよ。たぶんアンリ様も、物心ついたときにはもっと人間らしくてかわいらしい子供だったと思うであります」
「どういうことかな? なにが言いたいのかな?」
「褒めているでありますよ。アンリ様が人間らしさにあふれたかわいらしい八歳児だったなら、わたしはどこかで手を引いていたと思うであります」
「そこまで言われても、ぜんぜん褒められているように聞こえないんだよね……」
「さあさあ、アンリ様はサッサと寝るでありますよ。傷を治しただけで、身体が受けた衝撃や流れた血はすぐには戻らないんでありますよ? リュミエラに手を貸すつもりでいたところで、身体が動かなければどうにもならないであります」
「だいぶ戻ってきた実感はあるんだけどね。自分で立ち回る部分は少なそうだし、シルドラもいるから大丈夫だと思うよ?」
「それでも身体を休めることは重要であります。肝心なところで役に立たない男子は、婦女子から馬鹿にされるであります」
「ちょっと待って。言いたいことはわかるけど、その言いかたは止めて!」
五の日の夜、シルドラはリュミエラを連れて姿をあらわした。
「お久しぶりです。アンリ様もいろいろ大変だったとうかがいましたが、大丈夫ですか?」
そう言って見せた笑顔は、ひと月前のものと変わらなかった
「このひと月は、わたくしにとってすべてが生まれて初めての経験でした。戦うということがこういうことなんだ、とタニア様に教えていただきました」
「できそう?」
「アンリ様もタニア様もわたくしのためにできる限りのことをしてくださいました。できるかどうかではなく、わたしくしにはやり遂げる義務があります」
リュミエラは相変わらずの相手を包み込むような微笑を浮かべながらそう言った。
ぼくはシルドラと二人で、集めた情報を全てリュミエラに説明した。
まず、もっとも核心に近い部分、つまり、襲撃の首謀者がジェンティーレ伯爵シルベストレであること、襲撃は彼がベルガモという冒険者に依頼したものであること、シルベストレの動機がアンドレッティ公爵の子を身ごもった三女ヘラを公爵夫人として送りこむためであること、アンドレッティ公爵は襲撃を知っていたこと、の四つを伝えた。
また、ミリアとセレスが自主的に謹慎中であること、ベルガモが手配した盗賊団はすでに壊滅していることも周辺情報として伝えた。そしてもうひとつ、リュミエラを奴隷商に売り渡すという指示はヘラから出ていたと思われるということもつけ加えた。ちなみにこの情報は、つい昨日バルデからひそかに聞き出したものである。商売上の秘密を漏らさせたんだから、こんどお返ししなきゃな。
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