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第二章 陽だまり
5-7 シュルツクのギルド
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途中、屋台でいいにおいをさせていた焼き肉串を買ってもらった。どうやら、物価水準がドルニエと似たようなもの、というのは事実のようだ。味付けは……ドルニエ風よりすこし味が濃いめで、香辛料の香りが強い。もともと濃い味ごのみのぼくには悪くないが、好みが分かれそうだ。イネスは好きそうだが、フェリペ兄様は今ひとつかもしれないな。
ここギエルダニアでは、もちろん、ドルニエのお金は使えないし、両替なんていうものもない。リュミエラには小さめの紅玉をひとつ預けてあった。シルドラに預けると食費ですべて消える恐れがあるので、もちろんそんな真似はしていない。
武器屋やよろず屋をのぞきながらゆっくりあるく。なにか目的がないと街に出ないぼくにとって、こういう散策はけっこう貴重な機会だ。最近は、ことショッピングに関してはリュミエラよりもぼくのほうが世間知らずなくらいなのだ。
「道がわかりやすいね」
「カルターナは自然発生した集落が街になったのですが、このシュルツクは計画的に作られた街、という印象です。街の造りがカルターナよりも整然としていて合理的ですね」
「城壁が機能しているあいだは大きな強みでありますな。軍の集散、移動を機能的に行えるであります。いったん壁を破られれば話は違ってくるでありますが……そこが冒険者ギルドでありますよ」
「あたりまえかもしれないけど、中の雰囲気はあまり変わらないね」
「規模も似たようなものでありますが、カルターナよりも幾分腕利きの数が多かったと記憶しているであります」
「一度任務を受けましたが、扱っている仕事も大差ないような気がします」
「ここで任務を受けてみることができるかどうかは、イネスがぼくをどう扱うかにかかっているんだなぁ……」
そのとき、うしろからいきなり肩をたたかれた。痛え。
「少年! 失礼だが横におられるの二人の麗しき女性たちは、きみの姉君か保護者だろうか? それとも、きみの財産だろうか?」
なんだこいつ?
「なんですか? だれです、あなた?」
見ると、長身痩躯にさわやかなイケメンが、満面の笑みを浮かべてぼくを見ていた。
「ああ、これは失礼! ぼくは……おや? おお、だれかと思えばなんとアメリさんじゃないですか! これはご無沙汰しています! 最近あなたの美しいお顔を拝見していないので、気が狂いそうになっていたところなんですよ!」
声の主を確認したシルドラが思いっきり顔をしかめた。タニアがらみ以外で彼女がはっきりした感情を顔に出すのは珍しい。
「ビットーリオではないですか。こんなところでなにをしているのでありますか?」
「知りあい?」
「仕事で何回か顔を合わせたことがあるだけであります。知りあいなどと思われるのは心外であります」
いや、それであればふつうに知りあいというと思うけど、よほどイヤな記憶があるのかな?
「冷たいじゃないか、アメリさん! あなたは、あれだけぼくに天にも昇る思いをさせてくれたじゃないですか! ぜひもう一度、と探していたんですよ!」
「妙な言いかたをするのは止めるであります! 必要ないと言っているのに勝手にそちらがわたしのまわりをウロチョロして、勝手に攻撃を受けていただけでありますよ!」
「素直じゃないな、アメリさん! アレはあなたがわたしに至高の幸福を与えてくれるための儀式ですよ」
「いい加減にするであります! 消滅させるでありますよ!」
「おお、それこそわたしの望むところ! ささ、ぜひぼくに天へ続く道をお示しください!」
「いい覚悟であります!」
なんだかよくわからないが、さっきからこのビットーリオと呼ばれた男がシャレにならないようなことを口走りまくっているのはまちがいない。
「あの、シ……アメリ?」
あまりの様子に名前を言い間違えそうになったが、シルドラの耳には入っていないようだ。ゼイゼイと大きく息を吐きながらナイフに手をやりかけている。
そんなシルドラの様子にかまわず、ビットーリオと呼ばれた男は今度はぼくのほうを見て、ぼくの両の肩をガシッとつかんだ。
「おお、きみ! その自然な名前の呼び捨て方は、今はきみがアメリさんを従えているんだね! 若いのにたいしたものだ。きっときみも、アメリさんに何度も夢の世界に連れていってもらったんだろう?」
いや、なにを言っているかはまったくわからないが、こいつがとてつもなくヤバいことだけはわかる。早く距離をとらないと、取り返しのつかないことになる。
だが距離の取り方をあれこれ迷っている間に、ビットーリオはこんどはリュミエラの両手を包み込むようにとって、その目をのぞきこむようにして語りかける。
「あなたはまた、アメリさんとは違った魅力をお持ちだ。きっと、アメリさんが剛ならあなたは柔。瞳に吸いこまれている間に昇天させられてしまいそうだ!」
「あ、あのっ……!」
リュミエラは救いを求めるようにぼくを見た。もうやけくそで、こういうときのお約束の突っ込みを全力で入れることにした。鞘に入ったままの短剣を振り上げて、後頭部に振り下ろす。
「ああ、アンリ様! それは最悪手であります!」
偽名を呼ぶ余裕もなくしているシルドラが止めたが間に合うはずもなく、剣はビットーリオの後頭部にクリーンヒットした。完璧な手応えだ。死にはしないだろうが、当分起き上がれないはずだ。
起き上がれないはずの一撃を受けたビットーリオは、ゆっくりとぼくの方を向いた。口には笑みを浮かべており、目線はもはや合っていない。
「フフ、やはりきみはぼくが見こんだとおりのひとだ。すばらしいご褒美をありがとう」
ぼくはこの世界に転生して最大の恐怖を感じていた。マッテオの魔法なんかメじゃない。なんなんだよこいつ! 怖いよ!
そこまで状況が悪化してようやくあらわれたギルド職員は、ぼくらに無表情で「ギルド内で殺しは御法度」という軽いテンプレを告げた。シルドラも発動しかけていた魔法を消去して、不本意ながら場を改めることになった。シルドラは殺る気がマックスを突破して正常な判断力を失っており、リュミエラは想像を超える事態への驚きと恐怖で呆けている。テンションが上がりきったビットーリオはぼくの肩を抱いて、ギルドのとなりにある居酒屋にぼくらを優雅にいざなった。
居酒屋でも、ぼくらのあまりに異様な雰囲気に客はみなこちらを遠巻きにして近寄ろうとせず、せっかくの「子供はミルクでも飲んで帰んな」というテンプレが実現することはなかった。ぼくが注文したリモンを搾ったリモナートという飲み物も無言でササッとサーブされてしまった。
テンプレが恋しいよ。転生の一つの楽しみじゃないのかよぉ。
ここギエルダニアでは、もちろん、ドルニエのお金は使えないし、両替なんていうものもない。リュミエラには小さめの紅玉をひとつ預けてあった。シルドラに預けると食費ですべて消える恐れがあるので、もちろんそんな真似はしていない。
武器屋やよろず屋をのぞきながらゆっくりあるく。なにか目的がないと街に出ないぼくにとって、こういう散策はけっこう貴重な機会だ。最近は、ことショッピングに関してはリュミエラよりもぼくのほうが世間知らずなくらいなのだ。
「道がわかりやすいね」
「カルターナは自然発生した集落が街になったのですが、このシュルツクは計画的に作られた街、という印象です。街の造りがカルターナよりも整然としていて合理的ですね」
「城壁が機能しているあいだは大きな強みでありますな。軍の集散、移動を機能的に行えるであります。いったん壁を破られれば話は違ってくるでありますが……そこが冒険者ギルドでありますよ」
「あたりまえかもしれないけど、中の雰囲気はあまり変わらないね」
「規模も似たようなものでありますが、カルターナよりも幾分腕利きの数が多かったと記憶しているであります」
「一度任務を受けましたが、扱っている仕事も大差ないような気がします」
「ここで任務を受けてみることができるかどうかは、イネスがぼくをどう扱うかにかかっているんだなぁ……」
そのとき、うしろからいきなり肩をたたかれた。痛え。
「少年! 失礼だが横におられるの二人の麗しき女性たちは、きみの姉君か保護者だろうか? それとも、きみの財産だろうか?」
なんだこいつ?
「なんですか? だれです、あなた?」
見ると、長身痩躯にさわやかなイケメンが、満面の笑みを浮かべてぼくを見ていた。
「ああ、これは失礼! ぼくは……おや? おお、だれかと思えばなんとアメリさんじゃないですか! これはご無沙汰しています! 最近あなたの美しいお顔を拝見していないので、気が狂いそうになっていたところなんですよ!」
声の主を確認したシルドラが思いっきり顔をしかめた。タニアがらみ以外で彼女がはっきりした感情を顔に出すのは珍しい。
「ビットーリオではないですか。こんなところでなにをしているのでありますか?」
「知りあい?」
「仕事で何回か顔を合わせたことがあるだけであります。知りあいなどと思われるのは心外であります」
いや、それであればふつうに知りあいというと思うけど、よほどイヤな記憶があるのかな?
「冷たいじゃないか、アメリさん! あなたは、あれだけぼくに天にも昇る思いをさせてくれたじゃないですか! ぜひもう一度、と探していたんですよ!」
「妙な言いかたをするのは止めるであります! 必要ないと言っているのに勝手にそちらがわたしのまわりをウロチョロして、勝手に攻撃を受けていただけでありますよ!」
「素直じゃないな、アメリさん! アレはあなたがわたしに至高の幸福を与えてくれるための儀式ですよ」
「いい加減にするであります! 消滅させるでありますよ!」
「おお、それこそわたしの望むところ! ささ、ぜひぼくに天へ続く道をお示しください!」
「いい覚悟であります!」
なんだかよくわからないが、さっきからこのビットーリオと呼ばれた男がシャレにならないようなことを口走りまくっているのはまちがいない。
「あの、シ……アメリ?」
あまりの様子に名前を言い間違えそうになったが、シルドラの耳には入っていないようだ。ゼイゼイと大きく息を吐きながらナイフに手をやりかけている。
そんなシルドラの様子にかまわず、ビットーリオと呼ばれた男は今度はぼくのほうを見て、ぼくの両の肩をガシッとつかんだ。
「おお、きみ! その自然な名前の呼び捨て方は、今はきみがアメリさんを従えているんだね! 若いのにたいしたものだ。きっときみも、アメリさんに何度も夢の世界に連れていってもらったんだろう?」
いや、なにを言っているかはまったくわからないが、こいつがとてつもなくヤバいことだけはわかる。早く距離をとらないと、取り返しのつかないことになる。
だが距離の取り方をあれこれ迷っている間に、ビットーリオはこんどはリュミエラの両手を包み込むようにとって、その目をのぞきこむようにして語りかける。
「あなたはまた、アメリさんとは違った魅力をお持ちだ。きっと、アメリさんが剛ならあなたは柔。瞳に吸いこまれている間に昇天させられてしまいそうだ!」
「あ、あのっ……!」
リュミエラは救いを求めるようにぼくを見た。もうやけくそで、こういうときのお約束の突っ込みを全力で入れることにした。鞘に入ったままの短剣を振り上げて、後頭部に振り下ろす。
「ああ、アンリ様! それは最悪手であります!」
偽名を呼ぶ余裕もなくしているシルドラが止めたが間に合うはずもなく、剣はビットーリオの後頭部にクリーンヒットした。完璧な手応えだ。死にはしないだろうが、当分起き上がれないはずだ。
起き上がれないはずの一撃を受けたビットーリオは、ゆっくりとぼくの方を向いた。口には笑みを浮かべており、目線はもはや合っていない。
「フフ、やはりきみはぼくが見こんだとおりのひとだ。すばらしいご褒美をありがとう」
ぼくはこの世界に転生して最大の恐怖を感じていた。マッテオの魔法なんかメじゃない。なんなんだよこいつ! 怖いよ!
そこまで状況が悪化してようやくあらわれたギルド職員は、ぼくらに無表情で「ギルド内で殺しは御法度」という軽いテンプレを告げた。シルドラも発動しかけていた魔法を消去して、不本意ながら場を改めることになった。シルドラは殺る気がマックスを突破して正常な判断力を失っており、リュミエラは想像を超える事態への驚きと恐怖で呆けている。テンションが上がりきったビットーリオはぼくの肩を抱いて、ギルドのとなりにある居酒屋にぼくらを優雅にいざなった。
居酒屋でも、ぼくらのあまりに異様な雰囲気に客はみなこちらを遠巻きにして近寄ろうとせず、せっかくの「子供はミルクでも飲んで帰んな」というテンプレが実現することはなかった。ぼくが注文したリモンを搾ったリモナートという飲み物も無言でササッとサーブされてしまった。
テンプレが恋しいよ。転生の一つの楽しみじゃないのかよぉ。
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