53 / 118
第二章 陽だまり
5-10 姉と弟(後)
しおりを挟む
「すみません、街に行きたいんですが、どうしたらいいですか?」
先ほど食堂で見かけた連絡役らしき女生徒は、正団員が実習に出たあと、ぼくら補助要員と同じ時間に食事をとっていた。ぼくの質問に彼女は顔を上げ、ポカンと口を開けたまま固まった。
「えっと、どなたが街に出られるんですか?」
彼女は補助要員の中でいちばん年かさの五回生の男生徒を見た。だが、彼はフルフルと首を横に振る。ぼくが聞いたんだから、ぼくに決まってるだろうに。
「ぼくですが、ダメですか?」
「いえ、ダメということはないんですが、きみのような小さい子が外に出る、という事態はあまり想定していなかったもので……。ルールには外れますが、付き添いなしで行ってもらおうと思っていて、付き添い役が今いないんですよ。ど、どうしよう?」
どうやら、彼女は想定外の事態に弱いらしい。付き添いを省略する決断はなかなかだが、ぼくにまでそれを適用する踏ん切りがつかないようだ。
「ぼくが行くよ、ねえさん」
彼女ははじかれたようにぼくの後ろの方向を見た。
「ローリエ! あなた授業中じゃない。なにサボってるのよ!」
振り向くとそこには……ぼくとあまり変わらない年格好の男の子が立っていた。背はぼくより少し高いくらいで、逆に作りはぼくより少し華奢だ。けっこうなイケメンなのがなんとなく愉快ではない。立っている姿が妙にサマになっているのも悔しい。
「知っていることを繰り返して聞いてもしょうがないよ。それより、だれも用意してなかったんだろ? ぼくじゃダメなら、だれか授業中の生徒を引っ張ってくるかい?」
「それは……」
「大丈夫だよ。それに、外出するのはキミだろ? 歳も近いしちょうどいいよ。ね?」
不意にローリエと呼ばれたその男の子はぼくのほうを見た。澄んだ瞳が妙に印象的なヤツである。イケメンだ。
「は、はい」
「じゃあ、決まり。授業のほうは公用、ってことで姉さんにまかせるから、うまくごまかしておいてね。じゃ、いこうか?」
あっけにとられたままの女生徒とほかの補助要員の先輩たちを残して、ぼくは否応なしに手を引っ張られて食堂をあとにした。どうなってるんだ?
「ごめんね、ちょっと強引に連れ出しちゃって。ぼくはローリエ・シャバネル。騎士養成学校の二回生だよ。さっきのマジメな連絡役は、姉のサンドラ」
「アンリ・ド・リヴィエールです。ドルニエ王立学舎の一回生です。なんか、ご迷惑かけちゃったみたいですみません。よろしくお願いします」
「固いのはやめようよ。ぼくは最初からこうやって外に出る機会を狙ってたんだ。姉が付き添いを用意していなかったのはわかってたからね。キミの上級生が外出を希望しても、同じように出て行くつもりだったんだ」
ローリエはそう言って片目をつむった。クソ、サマになってる。
「サンドラは優秀なんだけど、ときどき詰めが甘いことがあってね。それが原因でミスが出るとちょっと気持ちがからまわっちゃうんだ」
「普段は詰めがしっかりしているんでしょ? それだけでうちの姉より出来がいいってことですよ」
「きみの姉さんって、イネス・ド・リヴィエールさんだね? あの人はきっと、詰めとかそういうものを越えたところにいるから、問題ないよ」
「すっごくうまい言い方してますけど、なにも考えてない人間、って言ってますよね?」
「それはキミの解釈にまかせるさ。でも、ぼくは彼女のようなひとはあこがれだな。理屈でしか勝負できない人間からすれば、一瞬でそれを越えていくひとはとっても輝いて見えるんだ」
「面倒見る立場になれば大変ですよ。ズボラだし乱暴だし」
「キミだからそういう面を見せている、と思えばいいさ」
ぼくは大きくため息をついた。たしかにそうなのだろう。マルコに限らず、イネスには男女問わずファンが多い。でも、そのファンたちは、イネスをスキのない天才少女であるかのようにとらえてるのだ。「どこがだ!」と言ってやりたい。
「ところで、街ではどういうところを案内すればいいのかな?」
「いろんな店を見て回りたいんです」
「店と言ってもいろいろあるけど……武器屋とか、魔道具屋とかをご希望なんじゃないのかな? あ、ひょっとすると奴隷?」
まてまて、たしかに考えてたけど、このローリエなる子供はなぜそれがわかる?!
「えーと、その辺を歩きながら話すっていうのもなんなので、どこかでお茶でもいただきませんか? ぼくが払いますんで、この辺にいい店があれば連れてってください」
「そうかい? すまないね。 それじゃぼくのお気に入りのお店にいこうか」
年下からの申し出を一度も辞退せずに受けたこともだが、お気に入りの店と言って連れてきたのが超高級カフェといったたたずまいだったのには絶句した。日本人的感覚と言ってしまえばそれまでだが、もう少し、そう、少しだけの遠慮を期待するのは間違いだろうか? まちがいなんだろうな。
メニューを見ると、フルーツジュース一杯が標準的な食堂での三食分くらいの値段である。ローリエは六食分くらいの値段のジャンボパフェを頼んだ。やけくそで僕も同じメニューを頼む。
「さて、あらためて聞くけど、どういう案内をご所望? ちなみにイネスお姉さんの生活用品だったら、適当に見繕って届けておくから心配しなくていいよ」
ローリエはジャンボパフェを優雅にパクつきながら言う。どうやら、僕がイネスの小間使いという位置づけで来ていることを確信しているらしい。
「それは助かるな。あれでも女だから、わからないことが結構多くて」
「その辺は任せておいてもらっていいよ。代金は精算払いでいい」
「どうしてそんなに至れり尽くせりなんだろうか? かわりにぼくになにか期待してるのかな? ひょっとしてぼくの身体とか?」
「うん、よくわかったね」
おい! ぼくの渾身のジョークが素で返されてしまったぞ。逆に逃げ場が小さくなっちゃったじゃないか。めっちゃくちゃやりにくいぞ、この子。
先ほど食堂で見かけた連絡役らしき女生徒は、正団員が実習に出たあと、ぼくら補助要員と同じ時間に食事をとっていた。ぼくの質問に彼女は顔を上げ、ポカンと口を開けたまま固まった。
「えっと、どなたが街に出られるんですか?」
彼女は補助要員の中でいちばん年かさの五回生の男生徒を見た。だが、彼はフルフルと首を横に振る。ぼくが聞いたんだから、ぼくに決まってるだろうに。
「ぼくですが、ダメですか?」
「いえ、ダメということはないんですが、きみのような小さい子が外に出る、という事態はあまり想定していなかったもので……。ルールには外れますが、付き添いなしで行ってもらおうと思っていて、付き添い役が今いないんですよ。ど、どうしよう?」
どうやら、彼女は想定外の事態に弱いらしい。付き添いを省略する決断はなかなかだが、ぼくにまでそれを適用する踏ん切りがつかないようだ。
「ぼくが行くよ、ねえさん」
彼女ははじかれたようにぼくの後ろの方向を見た。
「ローリエ! あなた授業中じゃない。なにサボってるのよ!」
振り向くとそこには……ぼくとあまり変わらない年格好の男の子が立っていた。背はぼくより少し高いくらいで、逆に作りはぼくより少し華奢だ。けっこうなイケメンなのがなんとなく愉快ではない。立っている姿が妙にサマになっているのも悔しい。
「知っていることを繰り返して聞いてもしょうがないよ。それより、だれも用意してなかったんだろ? ぼくじゃダメなら、だれか授業中の生徒を引っ張ってくるかい?」
「それは……」
「大丈夫だよ。それに、外出するのはキミだろ? 歳も近いしちょうどいいよ。ね?」
不意にローリエと呼ばれたその男の子はぼくのほうを見た。澄んだ瞳が妙に印象的なヤツである。イケメンだ。
「は、はい」
「じゃあ、決まり。授業のほうは公用、ってことで姉さんにまかせるから、うまくごまかしておいてね。じゃ、いこうか?」
あっけにとられたままの女生徒とほかの補助要員の先輩たちを残して、ぼくは否応なしに手を引っ張られて食堂をあとにした。どうなってるんだ?
「ごめんね、ちょっと強引に連れ出しちゃって。ぼくはローリエ・シャバネル。騎士養成学校の二回生だよ。さっきのマジメな連絡役は、姉のサンドラ」
「アンリ・ド・リヴィエールです。ドルニエ王立学舎の一回生です。なんか、ご迷惑かけちゃったみたいですみません。よろしくお願いします」
「固いのはやめようよ。ぼくは最初からこうやって外に出る機会を狙ってたんだ。姉が付き添いを用意していなかったのはわかってたからね。キミの上級生が外出を希望しても、同じように出て行くつもりだったんだ」
ローリエはそう言って片目をつむった。クソ、サマになってる。
「サンドラは優秀なんだけど、ときどき詰めが甘いことがあってね。それが原因でミスが出るとちょっと気持ちがからまわっちゃうんだ」
「普段は詰めがしっかりしているんでしょ? それだけでうちの姉より出来がいいってことですよ」
「きみの姉さんって、イネス・ド・リヴィエールさんだね? あの人はきっと、詰めとかそういうものを越えたところにいるから、問題ないよ」
「すっごくうまい言い方してますけど、なにも考えてない人間、って言ってますよね?」
「それはキミの解釈にまかせるさ。でも、ぼくは彼女のようなひとはあこがれだな。理屈でしか勝負できない人間からすれば、一瞬でそれを越えていくひとはとっても輝いて見えるんだ」
「面倒見る立場になれば大変ですよ。ズボラだし乱暴だし」
「キミだからそういう面を見せている、と思えばいいさ」
ぼくは大きくため息をついた。たしかにそうなのだろう。マルコに限らず、イネスには男女問わずファンが多い。でも、そのファンたちは、イネスをスキのない天才少女であるかのようにとらえてるのだ。「どこがだ!」と言ってやりたい。
「ところで、街ではどういうところを案内すればいいのかな?」
「いろんな店を見て回りたいんです」
「店と言ってもいろいろあるけど……武器屋とか、魔道具屋とかをご希望なんじゃないのかな? あ、ひょっとすると奴隷?」
まてまて、たしかに考えてたけど、このローリエなる子供はなぜそれがわかる?!
「えーと、その辺を歩きながら話すっていうのもなんなので、どこかでお茶でもいただきませんか? ぼくが払いますんで、この辺にいい店があれば連れてってください」
「そうかい? すまないね。 それじゃぼくのお気に入りのお店にいこうか」
年下からの申し出を一度も辞退せずに受けたこともだが、お気に入りの店と言って連れてきたのが超高級カフェといったたたずまいだったのには絶句した。日本人的感覚と言ってしまえばそれまでだが、もう少し、そう、少しだけの遠慮を期待するのは間違いだろうか? まちがいなんだろうな。
メニューを見ると、フルーツジュース一杯が標準的な食堂での三食分くらいの値段である。ローリエは六食分くらいの値段のジャンボパフェを頼んだ。やけくそで僕も同じメニューを頼む。
「さて、あらためて聞くけど、どういう案内をご所望? ちなみにイネスお姉さんの生活用品だったら、適当に見繕って届けておくから心配しなくていいよ」
ローリエはジャンボパフェを優雅にパクつきながら言う。どうやら、僕がイネスの小間使いという位置づけで来ていることを確信しているらしい。
「それは助かるな。あれでも女だから、わからないことが結構多くて」
「その辺は任せておいてもらっていいよ。代金は精算払いでいい」
「どうしてそんなに至れり尽くせりなんだろうか? かわりにぼくになにか期待してるのかな? ひょっとしてぼくの身体とか?」
「うん、よくわかったね」
おい! ぼくの渾身のジョークが素で返されてしまったぞ。逆に逃げ場が小さくなっちゃったじゃないか。めっちゃくちゃやりにくいぞ、この子。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
52
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる