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第二章 陽だまり
5-12 ローリエ(後)
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「ビットーリオ……どこからわいてでたでありますか?」
驚きでなく嫌悪を前面に出したシルドラは、そう言って思いっきりビットーリオに蹴りをくれた。「それってただのご褒美じゃ?」と思ったが黙っておいた。のけぞって倒れた彼の顔には、たしかに笑みが浮かんでいる。
「えーと、なぜここにぼくらがいるとわかったのかな?」
おそるおそる聞いてみる。ビットーリオは幸せそうな顔をしながらゆるゆると立ち上がった。
「きみたちがこのシュルツクにいる限り、どこにいようともぼくは駆けつけるさ。ぼくのセンサーがきみたちの気配は覚えてしまったからね」
「あながちでまかせとも思えないところがイヤでありますよ……」
「ビットーリオさんはシャバネル伯爵家のことをどれくらいご存じなのですか?」
意外と早く立ち直ったリュミエラがビットーリオに問いかけた。ぼくらの中ではリュミエラがいちばんビットーリオの異常性への耐性が高いらしい。ごくふつうに話しかけている。ぼくはまだムリだ。
「先ほどのアメリさんの説明につけ加えることはあまりないね。ただ、最近シャバネル伯爵が側室を迎えた、という情報がある」
この男、ぼくらの話をどこから聞いていたんだろうか……。
「でも伯爵が側室を迎えるというのは、べつに珍しいことではないのでは?」
「一般的にはリエラさんの言うとおりだ。ただシャバネル伯爵が色好みという話はこれまで出たことがない。結婚して十七年、妻は正妻のシェリルひとりだけで夫婦仲は良好だそうだ。浮気の噂も聞いたことがない。そして長男のローリエの優秀さはシュルツクに鳴り響いている。なぜいま側室を、という疑問を持つひとは少なくないんだよ」
ビットーリオの答えを聞いたリュミエラは考えこんでしまった。
「ローリエの自由奔放な雰囲気と、その伯爵家の家庭環境、ローリエの評判や立場がどうもうまく頭の中でつながらないんだよなぁ」
「明日にでも、なにか追加情報はないか調べてみるでありますよ」
「もちろんぼくも力になるよ」
「不要であります。サッサと消えるでありますよ」
ふたたびシルドラの手を取ろうとしたビットーリオは、シルドラの脚の一閃とともに、ありえない距離を吹っ飛んでいった。
さすがに、五の日までは代表団の人たちと一緒にいることを最優先にした。みんなぼく、というよりド・リヴィエール兄妹に気を使って何も言わないが、あまり別行動ばかりでもマズい。
でも、ほかの補助要員の人も結構忙しそうなんだよね、これが。彼らは、実力的には次の機会には代表になれるくらいの人だから、代表の人たちがやることを必死で見て、少しでも多くのことを吸収しようとしている。一回生のぼくなんかがちょろちょろしていると、かえって気を使わせて申し訳ないくらいだ。みんなといるときのぼくの最大のミッションは、「空気を読む」だった。
明けて六の日、交流代表団は夜の夕食会までオフとなり、ぼくはイネスとの関係で自動的にオンになった。朝から姉弟デートという色気のないパターンであったが、ローリエに教えてもらった観光スポットや食堂は非常によくポイントを押さえていて、イネスの好みにピッタリはまったらしい。何者なんだ、あいつ?
「褒めてあげるわ、アンリ。まさかあんたにこれだけわたしを楽しませる才覚があるとは思わなかった。食事もおいしかったしね。これで退屈な夕食会もなんとか我慢できそう」
「お褒めいただき光栄でございます、姉上」
ぼくはわざとらしくお辞儀をし、イネスの手を取って口づけを……しようとしたところで、頭をげんこつで殴られた。
「気持ち悪いことするんじゃないわよ! 兄様にあんたにシュルツクを楽しむ機会を与えてやれ、と言われたし、明日一日あんたを自由にしてあげようかと思ったけど、やめるわよ?」
「ご、ごめんごめん。後生だから機嫌なおしてよ」
「べつに怒ってない。あんたのことだから心配はしてないけど、あまり羽目を外しすぎるんじゃないわよ」
「もちろんだよ。何か買っておいたほうがいいものとかある?」
イネスは僕の頭に手を置き、髪の毛をクシャっと撫でた。
「そんなこと気にしなくていいから。夜には顔を出すのよ?」
「了解。夕食会、頑張ってね。退屈だからってあまり食べすぎちゃだめだよ」
本校舎のほうに歩いていくイネスが立ち止まり、振り向いてゲンコツを振りあげ、ちょっと微笑んだ。
イネスの姿が見えなくなったところで、ぼくはあらためて繁華街のほうに戻ろうとして……そこにはローリエがいた。
「……びっくりした。いつからいたの?」
じつは、さすがに気配は感じたので、さほどびっくりはしていない。気配の大きさでローリエだろうという想像もできたしね。
「そこの木の上。二人が帰ってくるのが見えたから驚かそうと思ってね」
「このあいだいろいろ案内してもらったけど、すごく役にたったよ。イネス姉様が上機嫌でほんとに助かった」
「それはなにより」
「でも、なんでそんなところにいたの?」
「けっこうお気に入りの場所なんだよ。人の出入りも見えるし、景色を見ても人を見てても、飽きないんだ。それより、夕食がまだなら、一緒に食べに行かないかい? こないだ行かなかったところで、おいしい屋台があるんだ。魚は嫌いかな?」
さすがに、一回生と二回生のガキンチョ同士がどこぞの酒場に、とかそういう展開はないよね。ああいうのは、フィクションだからアリなのだ。
「大好きだよ。ところで、ローリエが付き添いで食事ということは、これは許可つき外出だと思っていいのかな? あとで怒られたりしないよね?」
「大丈夫さ。六の日の夜なんてそんなうるさいこという人はいないよ」
ということは、許可的にはダメということか。ほんとフリーダムなやつだな。ま、いいか。うるさいことを言われるよりも、よっぽどありがたい。
驚きでなく嫌悪を前面に出したシルドラは、そう言って思いっきりビットーリオに蹴りをくれた。「それってただのご褒美じゃ?」と思ったが黙っておいた。のけぞって倒れた彼の顔には、たしかに笑みが浮かんでいる。
「えーと、なぜここにぼくらがいるとわかったのかな?」
おそるおそる聞いてみる。ビットーリオは幸せそうな顔をしながらゆるゆると立ち上がった。
「きみたちがこのシュルツクにいる限り、どこにいようともぼくは駆けつけるさ。ぼくのセンサーがきみたちの気配は覚えてしまったからね」
「あながちでまかせとも思えないところがイヤでありますよ……」
「ビットーリオさんはシャバネル伯爵家のことをどれくらいご存じなのですか?」
意外と早く立ち直ったリュミエラがビットーリオに問いかけた。ぼくらの中ではリュミエラがいちばんビットーリオの異常性への耐性が高いらしい。ごくふつうに話しかけている。ぼくはまだムリだ。
「先ほどのアメリさんの説明につけ加えることはあまりないね。ただ、最近シャバネル伯爵が側室を迎えた、という情報がある」
この男、ぼくらの話をどこから聞いていたんだろうか……。
「でも伯爵が側室を迎えるというのは、べつに珍しいことではないのでは?」
「一般的にはリエラさんの言うとおりだ。ただシャバネル伯爵が色好みという話はこれまで出たことがない。結婚して十七年、妻は正妻のシェリルひとりだけで夫婦仲は良好だそうだ。浮気の噂も聞いたことがない。そして長男のローリエの優秀さはシュルツクに鳴り響いている。なぜいま側室を、という疑問を持つひとは少なくないんだよ」
ビットーリオの答えを聞いたリュミエラは考えこんでしまった。
「ローリエの自由奔放な雰囲気と、その伯爵家の家庭環境、ローリエの評判や立場がどうもうまく頭の中でつながらないんだよなぁ」
「明日にでも、なにか追加情報はないか調べてみるでありますよ」
「もちろんぼくも力になるよ」
「不要であります。サッサと消えるでありますよ」
ふたたびシルドラの手を取ろうとしたビットーリオは、シルドラの脚の一閃とともに、ありえない距離を吹っ飛んでいった。
さすがに、五の日までは代表団の人たちと一緒にいることを最優先にした。みんなぼく、というよりド・リヴィエール兄妹に気を使って何も言わないが、あまり別行動ばかりでもマズい。
でも、ほかの補助要員の人も結構忙しそうなんだよね、これが。彼らは、実力的には次の機会には代表になれるくらいの人だから、代表の人たちがやることを必死で見て、少しでも多くのことを吸収しようとしている。一回生のぼくなんかがちょろちょろしていると、かえって気を使わせて申し訳ないくらいだ。みんなといるときのぼくの最大のミッションは、「空気を読む」だった。
明けて六の日、交流代表団は夜の夕食会までオフとなり、ぼくはイネスとの関係で自動的にオンになった。朝から姉弟デートという色気のないパターンであったが、ローリエに教えてもらった観光スポットや食堂は非常によくポイントを押さえていて、イネスの好みにピッタリはまったらしい。何者なんだ、あいつ?
「褒めてあげるわ、アンリ。まさかあんたにこれだけわたしを楽しませる才覚があるとは思わなかった。食事もおいしかったしね。これで退屈な夕食会もなんとか我慢できそう」
「お褒めいただき光栄でございます、姉上」
ぼくはわざとらしくお辞儀をし、イネスの手を取って口づけを……しようとしたところで、頭をげんこつで殴られた。
「気持ち悪いことするんじゃないわよ! 兄様にあんたにシュルツクを楽しむ機会を与えてやれ、と言われたし、明日一日あんたを自由にしてあげようかと思ったけど、やめるわよ?」
「ご、ごめんごめん。後生だから機嫌なおしてよ」
「べつに怒ってない。あんたのことだから心配はしてないけど、あまり羽目を外しすぎるんじゃないわよ」
「もちろんだよ。何か買っておいたほうがいいものとかある?」
イネスは僕の頭に手を置き、髪の毛をクシャっと撫でた。
「そんなこと気にしなくていいから。夜には顔を出すのよ?」
「了解。夕食会、頑張ってね。退屈だからってあまり食べすぎちゃだめだよ」
本校舎のほうに歩いていくイネスが立ち止まり、振り向いてゲンコツを振りあげ、ちょっと微笑んだ。
イネスの姿が見えなくなったところで、ぼくはあらためて繁華街のほうに戻ろうとして……そこにはローリエがいた。
「……びっくりした。いつからいたの?」
じつは、さすがに気配は感じたので、さほどびっくりはしていない。気配の大きさでローリエだろうという想像もできたしね。
「そこの木の上。二人が帰ってくるのが見えたから驚かそうと思ってね」
「このあいだいろいろ案内してもらったけど、すごく役にたったよ。イネス姉様が上機嫌でほんとに助かった」
「それはなにより」
「でも、なんでそんなところにいたの?」
「けっこうお気に入りの場所なんだよ。人の出入りも見えるし、景色を見ても人を見てても、飽きないんだ。それより、夕食がまだなら、一緒に食べに行かないかい? こないだ行かなかったところで、おいしい屋台があるんだ。魚は嫌いかな?」
さすがに、一回生と二回生のガキンチョ同士がどこぞの酒場に、とかそういう展開はないよね。ああいうのは、フィクションだからアリなのだ。
「大好きだよ。ところで、ローリエが付き添いで食事ということは、これは許可つき外出だと思っていいのかな? あとで怒られたりしないよね?」
「大丈夫さ。六の日の夜なんてそんなうるさいこという人はいないよ」
ということは、許可的にはダメということか。ほんとフリーダムなやつだな。ま、いいか。うるさいことを言われるよりも、よっぽどありがたい。
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