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第二章 陽だまり
5-14 画策(前)
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「イネスがぼくの姉様ってことは、この中では確定なの?」
いちおう確認してみると、シルドラがダラダラ汗をかき始める。それでだいたい状況は理解できた。残念な面があるとはいえ、本質的には頼りになる存在である彼女がそんなチョンボをやらかすとは、よほどビットーリオと相性が悪いのだろう。
「こりゃまた、めんどくさいことになっちゃったなぁ」
「おいおい、あの話を振ったのに反応はそれかい、リアンくん? これできみたちに貸しが作れると思って、勇んでやってきたんだぜ?」
ビットーリオはおおげさなアクションで落胆を示してみせる。ぼくは大きなため息をついた。
「もうネタは割れているだろうから、アンリでいいよ。それから、情報はすごくありがたいよ。感謝してる、ホント」
「とてもそうは聞こえないんだけどねぇ。身内が危ないこの状況でその落ち着きは、自分の常識がまちがっているのかと思いたくなってくるよ」
「ねえビットーリオ、女王国はどういった類いの戦力でそれをやろうとしているのかな? 卵といえど、騎士が十人、それに数人は引率の教官もいるよね? 確実にやろうとするなら、まっとうな兵士だったら同数は必要だけと、今の情勢でそれだけ人を動かしたら目立つよね?」
「そうだね。おそらく指揮官とせいぜいその補佐以外は冒険者か傭兵だろうと思うよ」
「じゃあ、シュルツクかいわいで、ビットーリオと同格以上の人たちがそれだけ駆り出された、なんていう噂は?」
「……ないね。ぼくに声がかかってないもん」
このかいわいで十本の指にはいる自信はある、と……。
「それなら、よほど大人数を集めない限り成功しない。そんな噂は?」
「ない。だけど、今度はぼくが聞いていいかい? たかが騎士の卵十人を、なぜそんなに信頼できる? ぼくも騎士だったからいうわけじゃないが、普通それはたいした戦力とは言わんぜ?」
「信頼じゃないよ。フェリペ兄様を信用してるんだ。兄様は指揮官としても一流だ。ドルニエの生徒は全員それを知ってる。イネス姉は兄様の指示に絶対に従う。イネス姉が従えばほかの三人も従う。それで五人は大丈夫だ。他は……どうでもいいかな」
「きみのいうことを聞いていると、襲撃自体は起きてもかまわないみたいだけど?」
「かまわないよ。というか、兄様とイネスが無事なら、起きてもらったほうがいいかな」
「理由をたずねてもいいかな? じつに子供らしくない意見であり、同時にきみらしいと直感的に思ってしまう意見でもあり、自分でもわけがわからなくなっているよ」
ビットーリオはそう言って肩をすくめた。
まあ、そう思ってもしかたないかな。でも、そんなことを今ここで話しても、よけいにややこしくなるだけだよね。教える義理もないし。
「そこはまあ、そういうものだと思っておいてよ。ドルニエとギエルダニアがいま仲良くならなくてもいい、って感じ?」
「はぁ……。わかったよ。なら、この件は放置ってわけだね? 貸しは作れず、か……」
「いや、放置はしないよ。だから、感謝してるって言ったじゃない」
「どういうことかな? 起きてもかまわないと考えているのに、放置はしない? いったい何をどうしたいんだ、アンリくん?」
「簡単だよ。フェリペ兄様やイネスを狙うような連中を放ってはおかないだけさ。あとは……そうだな、せっかくの計画だから、その連中にギエルダニアの手のものとして死んでもらうことかな。さすがにドルニエの責任になると寝覚めが悪いしね」
ビットーリオはなぜかそこで薄笑いを浮かべた。おっかしいな、笑われるようなことを言ったおぼえはないんだけどな。
「アメリさんやリエラさんも同じ考えかい?」
「なんで教えてやらなきゃいけないでありますか?」
「アンリ様の意思がわたくしの意思ですので」
「なるほど面白い。じつに面白いよ。ぼくのセンサーは、きみを追いかけろ、きっと昇天できるとさっきから叫んでやまない。きみのことをもっと知りたくてしょうがないんだよ!」
なにを言ってるんだ、こいつ? そんな特定属性の人を喜ばせるだけのおぞましいセリフを、安易に口にするんじゃない!
「ふざける……」
「あまり安易にアンリ様に近づかれては困ります」
シルドラがリュミエラに言葉をさえぎられて呆然としている。ちょっとぼくもビックリだ。あまりにもリュミエラの言葉が冷たく響いたから。シルドラと違って、リュミエラはビットーリオの存在にさほど否定的ではなかったはずなんだけど。
「あなたの嗜好はどうでもいいですが、その嗜好を満たすためにあなた自身はアンリ様に何を捧げることができますか? アンリ様を追いたいのであれば、はじめに資格を示してください」
違った。彼女は逆にビットーリオを評価している。いちど突き放し、ぼくの代わりに彼を試そうとして、彼に利害関係を意識させているんだ。
「リエラさんはなかなかきびしい副官なんだね」
「副官などという大したものではありませんが、わたくしを納得させずにアンリ様を納得させられるとは思わないでください」
ビットーリオは両手をあげてうなずいた。
「了解だよ。ぼくがきみたちに興味を持つのはぼくの勝手で、きみたちに知ったことじゃないもんね、そうだな……、きみたちの耳としてある程度の働きは期待してもらっていいと思うよ」
おや、盾としての働きをあげてくると思ったが、そうきたか。一流クラスの騎士だったことは、ぼくたちがすでに知っているはずのことだもんな。ほかのポイントを売り込んでくるあたり、なかなか抜け目ない男だ。
ふと見るとシルドラがたいへんに渋い表情をしている。
「どしたの、シルドラ?」
「その変態が、ひとの警戒を解くのがうまいのは間違いないであります。というか、性癖でめいっぱい警戒されるでありますから、逆にそれ以外の面で警戒されなくなるのであります」
なるほど、わかりたくないが、わかる気がする。それに、好き嫌いとは分けて、ビットーリオの力を正当に評価しているのは、さすがにシルドラだ。
いちおう確認してみると、シルドラがダラダラ汗をかき始める。それでだいたい状況は理解できた。残念な面があるとはいえ、本質的には頼りになる存在である彼女がそんなチョンボをやらかすとは、よほどビットーリオと相性が悪いのだろう。
「こりゃまた、めんどくさいことになっちゃったなぁ」
「おいおい、あの話を振ったのに反応はそれかい、リアンくん? これできみたちに貸しが作れると思って、勇んでやってきたんだぜ?」
ビットーリオはおおげさなアクションで落胆を示してみせる。ぼくは大きなため息をついた。
「もうネタは割れているだろうから、アンリでいいよ。それから、情報はすごくありがたいよ。感謝してる、ホント」
「とてもそうは聞こえないんだけどねぇ。身内が危ないこの状況でその落ち着きは、自分の常識がまちがっているのかと思いたくなってくるよ」
「ねえビットーリオ、女王国はどういった類いの戦力でそれをやろうとしているのかな? 卵といえど、騎士が十人、それに数人は引率の教官もいるよね? 確実にやろうとするなら、まっとうな兵士だったら同数は必要だけと、今の情勢でそれだけ人を動かしたら目立つよね?」
「そうだね。おそらく指揮官とせいぜいその補佐以外は冒険者か傭兵だろうと思うよ」
「じゃあ、シュルツクかいわいで、ビットーリオと同格以上の人たちがそれだけ駆り出された、なんていう噂は?」
「……ないね。ぼくに声がかかってないもん」
このかいわいで十本の指にはいる自信はある、と……。
「それなら、よほど大人数を集めない限り成功しない。そんな噂は?」
「ない。だけど、今度はぼくが聞いていいかい? たかが騎士の卵十人を、なぜそんなに信頼できる? ぼくも騎士だったからいうわけじゃないが、普通それはたいした戦力とは言わんぜ?」
「信頼じゃないよ。フェリペ兄様を信用してるんだ。兄様は指揮官としても一流だ。ドルニエの生徒は全員それを知ってる。イネス姉は兄様の指示に絶対に従う。イネス姉が従えばほかの三人も従う。それで五人は大丈夫だ。他は……どうでもいいかな」
「きみのいうことを聞いていると、襲撃自体は起きてもかまわないみたいだけど?」
「かまわないよ。というか、兄様とイネスが無事なら、起きてもらったほうがいいかな」
「理由をたずねてもいいかな? じつに子供らしくない意見であり、同時にきみらしいと直感的に思ってしまう意見でもあり、自分でもわけがわからなくなっているよ」
ビットーリオはそう言って肩をすくめた。
まあ、そう思ってもしかたないかな。でも、そんなことを今ここで話しても、よけいにややこしくなるだけだよね。教える義理もないし。
「そこはまあ、そういうものだと思っておいてよ。ドルニエとギエルダニアがいま仲良くならなくてもいい、って感じ?」
「はぁ……。わかったよ。なら、この件は放置ってわけだね? 貸しは作れず、か……」
「いや、放置はしないよ。だから、感謝してるって言ったじゃない」
「どういうことかな? 起きてもかまわないと考えているのに、放置はしない? いったい何をどうしたいんだ、アンリくん?」
「簡単だよ。フェリペ兄様やイネスを狙うような連中を放ってはおかないだけさ。あとは……そうだな、せっかくの計画だから、その連中にギエルダニアの手のものとして死んでもらうことかな。さすがにドルニエの責任になると寝覚めが悪いしね」
ビットーリオはなぜかそこで薄笑いを浮かべた。おっかしいな、笑われるようなことを言ったおぼえはないんだけどな。
「アメリさんやリエラさんも同じ考えかい?」
「なんで教えてやらなきゃいけないでありますか?」
「アンリ様の意思がわたくしの意思ですので」
「なるほど面白い。じつに面白いよ。ぼくのセンサーは、きみを追いかけろ、きっと昇天できるとさっきから叫んでやまない。きみのことをもっと知りたくてしょうがないんだよ!」
なにを言ってるんだ、こいつ? そんな特定属性の人を喜ばせるだけのおぞましいセリフを、安易に口にするんじゃない!
「ふざける……」
「あまり安易にアンリ様に近づかれては困ります」
シルドラがリュミエラに言葉をさえぎられて呆然としている。ちょっとぼくもビックリだ。あまりにもリュミエラの言葉が冷たく響いたから。シルドラと違って、リュミエラはビットーリオの存在にさほど否定的ではなかったはずなんだけど。
「あなたの嗜好はどうでもいいですが、その嗜好を満たすためにあなた自身はアンリ様に何を捧げることができますか? アンリ様を追いたいのであれば、はじめに資格を示してください」
違った。彼女は逆にビットーリオを評価している。いちど突き放し、ぼくの代わりに彼を試そうとして、彼に利害関係を意識させているんだ。
「リエラさんはなかなかきびしい副官なんだね」
「副官などという大したものではありませんが、わたくしを納得させずにアンリ様を納得させられるとは思わないでください」
ビットーリオは両手をあげてうなずいた。
「了解だよ。ぼくがきみたちに興味を持つのはぼくの勝手で、きみたちに知ったことじゃないもんね、そうだな……、きみたちの耳としてある程度の働きは期待してもらっていいと思うよ」
おや、盾としての働きをあげてくると思ったが、そうきたか。一流クラスの騎士だったことは、ぼくたちがすでに知っているはずのことだもんな。ほかのポイントを売り込んでくるあたり、なかなか抜け目ない男だ。
ふと見るとシルドラがたいへんに渋い表情をしている。
「どしたの、シルドラ?」
「その変態が、ひとの警戒を解くのがうまいのは間違いないであります。というか、性癖でめいっぱい警戒されるでありますから、逆にそれ以外の面で警戒されなくなるのであります」
なるほど、わかりたくないが、わかる気がする。それに、好き嫌いとは分けて、ビットーリオの力を正当に評価しているのは、さすがにシルドラだ。
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