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第二章 陽だまり

5-27 約束(後)

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 いきなり殺気をたぎらせたリュミエラの反応にはちょっとびっくりだ。彼女がリュミエラがこんなにあからさまに殺気を表に出すのは、あの復讐劇以来だ。あのときだって、ここまでじゃなかった。

「わ、わかった。聞かないよ。そのかわりだな……」

「ご自分が条件を出せる立場だとお考えですか?」

「ち、ちがう! 頼んでるんだ! オレを使ってくれないか? あんたたちをもうすこし、見ていたいんだ」

「なにを言ってるんだ、ヨーゼフ!」

 女のほうが思わずと言った感じで叫んだ。まあそうだよな。

 リュミエラがぼくのほうを見る。いちおう、どうするかを聞いているようだ。ただ、彼女自身は依然として殺る気満々である。

 ぼくはシルドラを見た。こいつを拘束したのは彼女だからな。

「実力のほどはわからないでありますよ。馬車が転倒したときに速攻で魔法で無力化したでありますから。ただ、それで無力化される程度だとは言えると思うであります」

 だいたいわかった。しかし、魔族って「無力化」」って言葉が好きだね。

 ぼくは今度は男の前にしゃがみ込んだ。

「あのさ、ぼくらはべつに信頼で結ばれた仲間じゃないんだ。みんなはぼくといるとトクだと思ってるし、ぼくはみんなが役に立つと思ってる。だから一緒にいるんだよ」

 シルドラはタニアのおぼえがめでたくなるし、リュミエラは報酬先ばらいだ。ビットーリオは……わからん。わからんが、なにかメリットがあるらしい。

 ぼくはヨーゼフと呼ばれた男の目をのぞきこんだ。

「アメリに一瞬で眠らされたきみは、どう役に立ってくれるわけ? まあ、女王国の情報提供とかでもいいけど、ネタが切れたあとはどうなるか、考えてからにしてよね」

「ど、どうなるんだ?」

「役に立つことがほかになければ、きみ自身を役立てるしかないじゃん。囮とか人柱とか人質とか」

 シルドラがウンウンとうなずいている。ヨーゼフは真っ青になったが、気丈にもぼくに食い下がった。

「わかった、かまわない。最初は情報提供でそばに置いてくれ。出せる情報が切れる前に、ほかのやり方を考える」

「どんないいことがあると思って、そこまで思い詰めるのかなぁ。ぼくらといても、そんなにいいことはないと思うけどね。ま、好きにすれば?」

「わ、わたしもダメだろうか?」

 こんどは女のほうが声を上げた。あんたつい数分前にヨーゼフを責めるような言い方してなかったっけ?

「さっきはああ言ったが、わたしもただ死にたくはない。このままギエルダニアに引き渡されれば死刑、国に帰っても口封じだ。ヨーゼフとおまえが話しているのを聞いていて、おまえに従えば、生き残る道が見えてくる気がしてきた」

 「さっきは」って? ああ、「くっ殺」のことか。お約束なんだから誰も本気にしてないよ。

「きみはどう役に立つの? 情報源はひとりいればいいと思うんだけど」

「わたしとヨーゼフでは知識の範囲が違う。わたしは近衛で、ヨーゼフは影なんだ。提供できる知識の種類も違ってくるはずだ」

 近衛とか、影とか、すごそうな響きだけど、リュミエラやビットーリオに手も足も出なかったんだよなぁ、この人たち。どうしたものか。

「とりあえず、だれかの助手をさせてみてはどうだい? 今回の件で、いちばん問題だったのは人手が足りないことだったと思うんだけどね。いざとなれば使い捨てればいい」

 ビットーリオがまともなことを言ったが、最後が黒いな。



「わかった。まあ、今からここで女王国の情報を一から聞き始めるのも時間がもったいないし、とりあえずドルニエまでは来るといいよ。で、リエラ?」

「はい?」

「このヨーゼフとやら、しばらく助手として使ってみて」

「役に立たなければいかがいたしましょう?」

「まかせるよ。とにかく役に立てて」

 ヨーゼフが再び真っ青になった。

「承知しました」

 で、この女のほうだ。たぶん、もともとは騎士なんだよな。今回はダメダメだったとはいえ、近衛に取り立てられるんだ。さっき本人が言っていたが、表の人間、それも貴族出なんだろう。

「ビットーリオはどうするつもりなの? べつにムリに一緒に来なくてもいいけど?」

「冷たいことを言わないでくれよ。ここで放り出されたら、ぼくはこの先なにを支えに生きていけばいいんだい? もうきみなしには生きられないよ」

 この場で消滅させたくなるようなことを言うのはやめろ! 鳥肌たってきたよ! ほら、シルドラが殺る気をたぎらせてるじゃないか。

「じゃ、この女のほう……えっと、名前は?」

「ローザ」

「じゃあ、このローザを面倒見て。役に立たなければ、盾にしてもいいから」

 ローザも真っ青になった。

「そんなもったいないことはしないよ。ぼくの生きがいを奪わないでくれ」

 どこまで気持ち悪いヤツなんだ。



 冒険者タイムは、そこそこでおひらきにした。みんなは今晩、ひとあし先にドルニエに戻る。ぼくは学校の敷地の中を散歩しながら宿舎に戻った。最後だと思うとそれなりに感慨深い。四年先に同じ行事があったとして、騎士にならないぼくは来ないしな。

 ブラブラ歩いて宿舎にたどり着くと、ローリエが階段に座っていた。



「なんとなくひさしぶり」

「きみの言うとおり、英雄になっちゃったよ。もうたいへんだった」

「ホントに感謝してるよ。ローリエがいなかったら、この交流行事がすごく後味悪く終わっていたと思う。リエラも、最大の殊勲者はローリエだって言ってた。」

「未だに、それできみがなにを得たのかは想像できないんだけどね。正直いえば、自分がなにをしたのかさえ、ほんとうにはわかってない気がするよ」

「そんな訳のわからないことのために、ぼくはローリエに人殺しまでさせちゃった。ほんとうにすまない」

 これは本当の気持ちだ。強いとはいえ九歳の女の子にさせて良いことであるはずがない。たぶん、これだけでローリエの人生は少し変わってしまったはずだ。

「いいって。実はあの距離を走ったことのほうがつらかったよ」

 ローリエはぼくを力づけるようにニッコリと笑ってみせた。ぼくのようなエセ八歳児ではない。正真正銘九歳の子供がこの気遣いだ。本当にすごいよ、きみは。

「リエラさんは、アンリがぼくに話してくれるのを待て、と言ってたよ。だから、今はなにも聞かない。でも、ぼくは二年後、この同じ行事でドルニエに必ず行くよ。そのときには、いろいろ聞かせてくれるとうれしいな」

「ローリエの気が変わらなければね」

「聞いたからね。もう取り消せないよ?」

「だいじょうぶ、取り消さないよ。気が変わって興味がなくなっていたら残念だ」

「変わるものか。じゃあ、また会おうね」

「うん、きっとね」

 ぼくとローリエは握手を交わし、お互いに背を向けて歩き出した。



 ぼくにとっての交流行事は、これで終わりだ。初めての英雄プロデュースは、いくつかの成果と、いくつかの教訓と、取り返せない失敗で終わった。次には、もっとうまくできるだろうか? もっとうまくやることに、ぼくの心は耐えられるのだろうか?
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