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第三章 雄飛
7-2 六回生(後)
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冒険者リアンは、この春の長期休暇でようやくランクCになった。シルドラ、リュミエラ、ビットーリオはいずれもB、ヨーゼフとローザはBへの昇格が承認されるのを待っているところで、だいぶ格差は縮まったとはいえ、あいかわらずひとり取り残されている。少しは悔しい気持ちもあるが、時間の制約が多いことを考えればしょうがないよね。卒業したらすぐ追いつくさ。
「アンリ様も十二歳をすぎてますから、お一人で任務を受けることもできるはずですが……」
「ランク上げをする気があれば、いつでもできるでありますな」
「やる気がない、ということだね。まあ、ランクにこだわらないのもひとつの考え方さ」
なんでこんなにアウェーなんだ? それに、フォローらしきものがビットーリオからしか出てこない、というのがたまらなくイヤだった。
「ビットーリオ様、少しよろしいでしょうか」
ぼくらがたむろしていた店にローザが入ってきて、ビットーリオに近づき、話しかけた。もうすっかり彼の忠実な舎弟である。なにせ、騎士としての実力は文句なしだからな。
「どうしたんだい?」
「その、恥ずかしい話ですが、エランさんの店にどうしてもほしい剣がありまして、何度もお願いしたのですが、どうしても首をタテに振ってくれず……。お手間を取らせてしまうのは申し訳ないのですが、お口添えいただけないものかと……」
エラン親父の店は、ここ三年ほどぼくらの行きつけになっているが、ヨーゼフとローザはいまだに売ってもらえない状況にある。ヨーゼフはここ最近はあきらめ気味で、裏の世界の気心が通じる部分があるのか、バルデを頼っているようだが、気性が意外と純粋なローザはあきらめていないのである。
「ローザのことはどうでもいいけど、顔を出してみようか?」
「そんな、アンリ様……」
ローザが泣きそうな顔でぼくを見る。
「まあ、ぼくらが口添えしても売ってくれるとは限らないしね。ダメ元でいってみよう」
「ローザが使う武器を変えても、大勢に影響はないでありますから」
ローザの存在がどんどん小さくなっていく。もう顔を上げる気力もないらしい。
「なんだおまえら、がん首そろえて。まさかまた新しいのがほしい、なんて言い出すんじゃないだろうな。ふざけたこといってると、もう売らねえぞ」
じつはぼくらは、三ヶ月ほど前にそろってここで武器を新調していた。ぼくはあの片刃刀を二年前に売ってもらってからずっと愛用しているが、それとはべつに少しできることの幅を広げるために、短槍を購入していた。だいぶイヤな顔をされたが、エランも最後には首をタテに振ったのだ。
「いや、おやじさん、とんでもないですよ。こないだの剣はほんとうに重宝してます。ただね、定期的に店をのぞきたくなるのも人情ですよ」
ビットーリオが如才ないセリフを吐き出す。仲間内以外には好青年なんだよな、こいつ。
「なに言ってやがる。どうせそこの娘に買わせてやってくれとかいうつもりだろうが」
お見通しだった。
「エランさん、この通りです! どうかこの騎士剣を売ってください!」
ローザはエランに土下座した。だんだん土下座は文化として定着してきたようだ。
「こいつらを連れてくればおれの気が変わる、なんて思ってる時点でダメだろうが。おれは騎士にむいてないヤツに騎士剣を売って無駄にさせる気はねえんだ」
ローザが土下座のまま硬直したのがはっきりわかった。まさかの戦力外通告だ。いや、盾として、だけどね。
「やっぱりこいつは攻撃役向き、ってことですかね?」
ビットーリオが、さほど意外でもないと言った様子でエランにたずねた。
「ダメだとわかってんなら言ってやれや。こんな落ち着きのないヤツに守りまかせてどうすんだ?」
もうズタボロである。ダメとか落ち着きがないとか、まったく救いのない言葉が浴びせられている。
「鍛えりゃなんとかなるかな、と思ったんですがね」
「向き不向きがあるだろうが。どう見たって、この娘に適性があるとすれば、軽装で動き回る剣士以外は考えられないだろう」
なるほど、反論の余地がない。ローザは盾役なのに、チョコチョコ動き回りすぎなのだ。もちろん軽装盾というのもないわけじゃないが、それほど守りの急所をピンポイントでつかむ力を見せてくれているわけでもない。
「ローザ、ここは出直して、エランの言うことをじっくり考えてみるしかないよ」
声をかけると、ローザが顔を上げた。文字通り、涙で顔がくしゃくしゃになっている。それなりに整っている顔が台無しだ。
「アンリ様、ですがわたしは物心ついてからずっと騎士をめざして……それでようやく近衛に」
うん、だから戦闘に才能がないわけじゃないんだよね。むいてない騎士で近衛まで上ったんだから。
「ずいぶん時間を無駄にしたでありますな」
ぼくが心でフォローしている間に、シルドラはバッサリ切り捨てていた。ローザの首はがっくりと前に垂れた。
「親父さん、とりあえず了解した。ちょっとこいつをまじえてじっくり話し合ってみるわ」
「そうしろ。でないと出さんでいい死人を出すぞ」
ぼくらはエランの店から撤収した。灰のようになってしまっているローザは、ビットーリオとリュミエラが両脇を抱えて連れ出した。
「やはりあの親父はただものではないでありますな」
「といって、教えてほしいときに教えてくれるわけでもないのが、なんとも難しいんだけどな」
ビットーリオがぼやくように言った。ぼくはぼくで、ローリエのことを少し思い出していた。
「アンリ様も十二歳をすぎてますから、お一人で任務を受けることもできるはずですが……」
「ランク上げをする気があれば、いつでもできるでありますな」
「やる気がない、ということだね。まあ、ランクにこだわらないのもひとつの考え方さ」
なんでこんなにアウェーなんだ? それに、フォローらしきものがビットーリオからしか出てこない、というのがたまらなくイヤだった。
「ビットーリオ様、少しよろしいでしょうか」
ぼくらがたむろしていた店にローザが入ってきて、ビットーリオに近づき、話しかけた。もうすっかり彼の忠実な舎弟である。なにせ、騎士としての実力は文句なしだからな。
「どうしたんだい?」
「その、恥ずかしい話ですが、エランさんの店にどうしてもほしい剣がありまして、何度もお願いしたのですが、どうしても首をタテに振ってくれず……。お手間を取らせてしまうのは申し訳ないのですが、お口添えいただけないものかと……」
エラン親父の店は、ここ三年ほどぼくらの行きつけになっているが、ヨーゼフとローザはいまだに売ってもらえない状況にある。ヨーゼフはここ最近はあきらめ気味で、裏の世界の気心が通じる部分があるのか、バルデを頼っているようだが、気性が意外と純粋なローザはあきらめていないのである。
「ローザのことはどうでもいいけど、顔を出してみようか?」
「そんな、アンリ様……」
ローザが泣きそうな顔でぼくを見る。
「まあ、ぼくらが口添えしても売ってくれるとは限らないしね。ダメ元でいってみよう」
「ローザが使う武器を変えても、大勢に影響はないでありますから」
ローザの存在がどんどん小さくなっていく。もう顔を上げる気力もないらしい。
「なんだおまえら、がん首そろえて。まさかまた新しいのがほしい、なんて言い出すんじゃないだろうな。ふざけたこといってると、もう売らねえぞ」
じつはぼくらは、三ヶ月ほど前にそろってここで武器を新調していた。ぼくはあの片刃刀を二年前に売ってもらってからずっと愛用しているが、それとはべつに少しできることの幅を広げるために、短槍を購入していた。だいぶイヤな顔をされたが、エランも最後には首をタテに振ったのだ。
「いや、おやじさん、とんでもないですよ。こないだの剣はほんとうに重宝してます。ただね、定期的に店をのぞきたくなるのも人情ですよ」
ビットーリオが如才ないセリフを吐き出す。仲間内以外には好青年なんだよな、こいつ。
「なに言ってやがる。どうせそこの娘に買わせてやってくれとかいうつもりだろうが」
お見通しだった。
「エランさん、この通りです! どうかこの騎士剣を売ってください!」
ローザはエランに土下座した。だんだん土下座は文化として定着してきたようだ。
「こいつらを連れてくればおれの気が変わる、なんて思ってる時点でダメだろうが。おれは騎士にむいてないヤツに騎士剣を売って無駄にさせる気はねえんだ」
ローザが土下座のまま硬直したのがはっきりわかった。まさかの戦力外通告だ。いや、盾として、だけどね。
「やっぱりこいつは攻撃役向き、ってことですかね?」
ビットーリオが、さほど意外でもないと言った様子でエランにたずねた。
「ダメだとわかってんなら言ってやれや。こんな落ち着きのないヤツに守りまかせてどうすんだ?」
もうズタボロである。ダメとか落ち着きがないとか、まったく救いのない言葉が浴びせられている。
「鍛えりゃなんとかなるかな、と思ったんですがね」
「向き不向きがあるだろうが。どう見たって、この娘に適性があるとすれば、軽装で動き回る剣士以外は考えられないだろう」
なるほど、反論の余地がない。ローザは盾役なのに、チョコチョコ動き回りすぎなのだ。もちろん軽装盾というのもないわけじゃないが、それほど守りの急所をピンポイントでつかむ力を見せてくれているわけでもない。
「ローザ、ここは出直して、エランの言うことをじっくり考えてみるしかないよ」
声をかけると、ローザが顔を上げた。文字通り、涙で顔がくしゃくしゃになっている。それなりに整っている顔が台無しだ。
「アンリ様、ですがわたしは物心ついてからずっと騎士をめざして……それでようやく近衛に」
うん、だから戦闘に才能がないわけじゃないんだよね。むいてない騎士で近衛まで上ったんだから。
「ずいぶん時間を無駄にしたでありますな」
ぼくが心でフォローしている間に、シルドラはバッサリ切り捨てていた。ローザの首はがっくりと前に垂れた。
「親父さん、とりあえず了解した。ちょっとこいつをまじえてじっくり話し合ってみるわ」
「そうしろ。でないと出さんでいい死人を出すぞ」
ぼくらはエランの店から撤収した。灰のようになってしまっているローザは、ビットーリオとリュミエラが両脇を抱えて連れ出した。
「やはりあの親父はただものではないでありますな」
「といって、教えてほしいときに教えてくれるわけでもないのが、なんとも難しいんだけどな」
ビットーリオがぼやくように言った。ぼくはぼくで、ローリエのことを少し思い出していた。
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