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第三章 雄飛

7-6  教育的指導(前)

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「ええと、どこに向かってるの?」

 しばらく黙ってぼくのあとをついて歩いてきていたベアトリーチェが、ついにぼくにたずねてきた。

「森の奥に小屋があってね、おもしろい人が住んでるんだ」

「おもしろい人って、森の中も学舎の敷地でしょ? 無関係な人が住んでるの?」

「行けばわかるよ」

 言っている間に、開けたところに到着した。セバスチャンが小屋の前を掃除している。

「アンリ様、いらっしゃいませ。おや、きょうはかわいいお客様もご一緒ですか?」

「ジルはいますか、セバスチャンさん?」

「いらっしゃいますよ。いまはお茶を楽しまれているところですので、どうぞお入りください」

 そう言ったセバスチャンが、先導するように小屋の中に入っていく。

「あのかた、どこかで……。それに、セバスチャンという名前は……」

 ベアトリーチェが首をかしげながらぶつぶつ言っている。そういえば、ジルも『ニスケスの嬢ちゃん』とか言ってたよな。知りあいかもな。



 小屋に入ると、ジルが甘味をパクつきながらお茶を飲んでいた。

「なんじゃアンリ、平日なのになんか用かの? ん? そっちにおるのは……おお、ニスケスのところのベアトリーチェじゃな。こりゃまた美人になりおって」

「ザ、ザカリアス様!? どうしてこんなところに?」

「わしゃ、ここ五年ほど、ずっとここじゃ。マッテオと相性が悪かったから引っ込んだんじゃが、これがまた居心地よくての」

 居心地というか、サボり癖だよね、それ?

「で、きょうはどうしたんじゃ? おまえが学舎のものを連れてくるのは、なにか考えがあってのことじゃろ?」

「彼女がね、総合課程の魔法の授業じゃレベルがあわないんだよ。たぶん、時間をものすごくムダに使ってる。ポイントを教えてあげられないかな? あと、剣術も同じ。セバスチャンさんに少し指南してもらえばだいぶ違うと思う」

「魔法課程の授業も傍聴できるじゃろ?」

「あ、あの……アンリさん? ザカリアス様?」

「ほかの時間は総合課程の授業でビッシリだよ。少しでも時間を節約させてあげてほしいんだ」

 普通ならありえない話だが、ベアトリーチェは美少女だからな。

「ふむ、教官は特定の生徒をひいきしてはいかんのじゃが……美少女は別じゃ」

 やっぱり。ホントにダメだこの爺さま。

「わたくしにできることであれば、喜んでお力になりますよ」

 さすが、セバスチャンさんは頼りになるぜ!

「あの、アンリくん!! だから……」

「あのさ、ベアトリーチェさん」

「は、はい!」

 ぼくになにかを言おうとしていたベアトリーチェは、逆にぼくに呼びかけられて完全に不意を突かれたらしい。

「ジルとセバスチャンさんにカンどころを教わるといいよ。授業で教わるくらいのことは、すぐに身につく。だから、もう授業は選択を解除しちゃいなよ。それくらいの空き時間を作った方がいい」

「え、でも、少しズルくないかな。みんなは同じ条件で勉強してるのに……」

「そういうベアトリーチェさんもカッコいいけどね。ベアトリーチェさんほどたくさんの戦場で戦っているひとはいないよ? 少しくらいのズルは許されると思う。身体壊したりしたら元も子もないじゃない? いまも顔色悪いよ?」

「か、顔色って、わかるの?」

 ああ、そういえば、実質三十過ぎだから顔色隠しの化粧、ということを思いつくが、十三歳だと難しいかな。

「お化粧しても、完全には隠せないよ。むしろちょっと不健康な感じが出ちゃう。ベアトリーチェさんは、ふだんが健康的だからよけいに目につくんだ。いい成績を取りたいんじゃなくて、自分のものにしたいんでしょ?」

「ベアトでいい」

「はい?」

「わたしの名前。ベアトでいい」

「あ、はい、じゃ、ベアトさん」

「さん、もいらない」

「わ、わかったよ。ベアト、しばらくこれでやってみたら?」

 大丈夫かなぁ、侯爵家令嬢を愛称で呼び捨てって、厳しい人に聞かれたらそれだけでヤバい気がするんだけど。まわりに人がいないときだけだな。

「うん、そうしてみる。ありがと、アンリくん。また相談させてね」

 あれ、こっちもいつのまにか「くん」に。ベアトさん、敏感な人は気づくから、まわりに気をつけてくださいね、お願いします。



「エマニュエル・バッターノの実家である薬問屋は、経営状態も良好でこれまでは危ない商売に手を出してきた様子はありません。いまの時点で危ない橋を渡らなければならない事情はないと思います」

 リュミエラが思考の基本的な条件を確定する。

「とすれば、もうすこし積極的な理由、ということか。半年前にはギエルダニア。そして、いまはそれには限らない、と。なにかの動きに噛んで、自分の商売を伸ばそう、ということだね」

 ビットーリオが皆の思考の方向づけをする。

「女王国がまたなにやら企んでいるでありますよ。今度の相手はギエルダニアはなく、アッピアということであります」

 シルドラが一足飛びに結論に近づく。

「ここでうちを相手になにかやれば、関係は完全に修復不能になるからね。四カ国にらみ合いの情勢の中では危険が大きすぎるよね。それよりはアッピアを孤立させたほうが意味が大きい」

 ぼくが誰でも言えるようなまとめを言う。ざっといつもこんな感じだ。そう、あくまでもぼくは他人に寄生して生きていくのだ。

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