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第三章 雄飛
8-8 殿下の金星(後)
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「アウグスト様が頑張られた結果ですよ。ぼくこそ、いろいろ失礼なことを言ったりして申し訳ありませんでした」
「気にしないでくれ。きみの叱咤しったがあったからここまで来られたんだ。それに、きみはいずれわたしの義弟になるんだ。あまり堅苦しいことをを考えないでほしい」
「フェリペ兄様も驚くでしょうね」
「ああ、応援はしてくれていたが、今回決着がつくとは思っていないようだったからな」
アウグスト殿下はぼくと目を合わせ、盛大に笑いはじめた。
「アウグスト様、ひとつだけお願いがあります。イネス姉様から剣を取り上げることだけはしないでくださいね」
「当然だ。彼女は剣とともにあってこそ輝くのだからな」
うん、大丈夫そうだね。
マリエール、そしてシャルロット様のまわりも上を下への大騒ぎになった。もちろん、アウグスト殿下がイネスにご執心であることは二人とも知っていた。しかし、ぼくが思っていたとおり、二人の勝負に結婚などという大それたものがかかっていたとは、想像もしていなかったのだ。
最終的には応援団であればいいシャルロット様と違い、マリエールは他国の皇族に実の娘を嫁がせるわけである。さすがに目の色が違っていた。すぐにどうこういうわけではないが、それでもやることはヤマほどある。そしてマリエールが忙しくなればなるほど、タニアも忙しくなる。トレーニングのメニューは渡されているとはいえ、そばで監視されているのとないのではプレッシャーが違う。風はぼく向きだ。
アウグスト殿下の件がぶじに一件落着して、ようやくぼくに本当の長期休暇がやってきた。実家にはあと二十日ほど滞在する。いろんなことに挑戦できそうな気がするね。
「アンリ様、おりいってご相談があります」
リュミエラが深刻な表情でそう言った。
「どうしたの? 殿下の問題は片付いたし、マルコは放っておけばいいし、あとは気楽にすごせるんじゃない?」
「お金が足りません」
衝撃のひとことだった。
今回リュミエラが持参したのは、三人分の往復の馬車代、宿泊費、食費プラスアルファだ。無駄づかいをするメンツではないし、充分なはずだった。
誤算だったのは、こちらに来て早々にニケが仲間入りしてしまったことだ。一人分の帰りの馬車代、宿泊費、食費が余分にかかる。そしてこの食費が実はシャレにならないそうなのだ。
たしかに猫耳少女ニケはリュミエラとほとんど変わらないサイズだが、彼女の本当の姿はあくまで猫魔のそれ。つまりグリズリー級の大きさの肉食獣である。すでに一人分の食費とプラスアルファの分を食い尽くしてしまい、今後は赤字が広がる一方だという。
「ニケさんには自給自足をお願いしましょうか?」
それであれば、いま決断すればなんとかなる。しかし、それは自分の矜持きょうじが許さない。
「ごはんはめんどうみるって言っちゃったし、それをもう反故にするっていうのもみっともないと思わない?」
「心情的には異論はないのですが、現実の問題が……」
その通り、ぼくは現実を見なければならない。なにしろ、ぼくは実家だからどうにでもなるのだ。現実に宿代が払えなくなって悲惨な目にあうのは彼女たちだ。仲間にそんな思いをさせて平気な顔をしているのでは、誰もついてこない。
だからといって、実家に泣きつくのも違う。泣きつけば問題なく出してくれるだろうが、それは必ずタニアの知るところとなる。同じ理由で、タニアにゲートを使わせてもらうのもダメだ。そっちが本当の理由だろう、とか聞こえてきそうだが、そんなことは決してない。
「稼ぎに行くにしても、人数的に少し不安だよね」
リュミエラとローラはともかく、テルマとニケは戦い方がわからない。相手によっては不安が残る。
「ギルドにも行ってみましたが、このあたりの仕事だとちょっと地味という感じです」
「近くに遺跡がある。まだほとんど未踏」
テルマだ。だんだんこのパターンにも慣れてきた。
「なんでほとんど踏破されていないのですか?」
「たぶん厳しい罠がある。女王国のギルドから何人か行った。誰も帰ってこない」
「それ、シャレにならない厳しさ、ってことじゃない? 慣れてない五人で行くのは、ちょっと苦しいんじゃないかな? せめてシルドラがいれば……」
凶悪な罠が予想されるなら、腕のいい斥候は必須だ。それはオンゲの鉄則。死んでもペナ払うだけのあの世界でもそうなのだ。死んだら終わりのここでは、見切り発車は地獄への片道切符だ。
「なら呼んでくる」
え? いまなんて?
「一日待つ」
「ちょ、ちょいテルマ!」
すでにどこかに転移したあとだった。
「女王国のどこにいるか、わからないはずなんだけど。ホントに連れてきちゃうと思う?」
リュミエラは曖昧な笑みを浮かべた。
「テルマさんですから」
「気にしないでくれ。きみの叱咤しったがあったからここまで来られたんだ。それに、きみはいずれわたしの義弟になるんだ。あまり堅苦しいことをを考えないでほしい」
「フェリペ兄様も驚くでしょうね」
「ああ、応援はしてくれていたが、今回決着がつくとは思っていないようだったからな」
アウグスト殿下はぼくと目を合わせ、盛大に笑いはじめた。
「アウグスト様、ひとつだけお願いがあります。イネス姉様から剣を取り上げることだけはしないでくださいね」
「当然だ。彼女は剣とともにあってこそ輝くのだからな」
うん、大丈夫そうだね。
マリエール、そしてシャルロット様のまわりも上を下への大騒ぎになった。もちろん、アウグスト殿下がイネスにご執心であることは二人とも知っていた。しかし、ぼくが思っていたとおり、二人の勝負に結婚などという大それたものがかかっていたとは、想像もしていなかったのだ。
最終的には応援団であればいいシャルロット様と違い、マリエールは他国の皇族に実の娘を嫁がせるわけである。さすがに目の色が違っていた。すぐにどうこういうわけではないが、それでもやることはヤマほどある。そしてマリエールが忙しくなればなるほど、タニアも忙しくなる。トレーニングのメニューは渡されているとはいえ、そばで監視されているのとないのではプレッシャーが違う。風はぼく向きだ。
アウグスト殿下の件がぶじに一件落着して、ようやくぼくに本当の長期休暇がやってきた。実家にはあと二十日ほど滞在する。いろんなことに挑戦できそうな気がするね。
「アンリ様、おりいってご相談があります」
リュミエラが深刻な表情でそう言った。
「どうしたの? 殿下の問題は片付いたし、マルコは放っておけばいいし、あとは気楽にすごせるんじゃない?」
「お金が足りません」
衝撃のひとことだった。
今回リュミエラが持参したのは、三人分の往復の馬車代、宿泊費、食費プラスアルファだ。無駄づかいをするメンツではないし、充分なはずだった。
誤算だったのは、こちらに来て早々にニケが仲間入りしてしまったことだ。一人分の帰りの馬車代、宿泊費、食費が余分にかかる。そしてこの食費が実はシャレにならないそうなのだ。
たしかに猫耳少女ニケはリュミエラとほとんど変わらないサイズだが、彼女の本当の姿はあくまで猫魔のそれ。つまりグリズリー級の大きさの肉食獣である。すでに一人分の食費とプラスアルファの分を食い尽くしてしまい、今後は赤字が広がる一方だという。
「ニケさんには自給自足をお願いしましょうか?」
それであれば、いま決断すればなんとかなる。しかし、それは自分の矜持きょうじが許さない。
「ごはんはめんどうみるって言っちゃったし、それをもう反故にするっていうのもみっともないと思わない?」
「心情的には異論はないのですが、現実の問題が……」
その通り、ぼくは現実を見なければならない。なにしろ、ぼくは実家だからどうにでもなるのだ。現実に宿代が払えなくなって悲惨な目にあうのは彼女たちだ。仲間にそんな思いをさせて平気な顔をしているのでは、誰もついてこない。
だからといって、実家に泣きつくのも違う。泣きつけば問題なく出してくれるだろうが、それは必ずタニアの知るところとなる。同じ理由で、タニアにゲートを使わせてもらうのもダメだ。そっちが本当の理由だろう、とか聞こえてきそうだが、そんなことは決してない。
「稼ぎに行くにしても、人数的に少し不安だよね」
リュミエラとローラはともかく、テルマとニケは戦い方がわからない。相手によっては不安が残る。
「ギルドにも行ってみましたが、このあたりの仕事だとちょっと地味という感じです」
「近くに遺跡がある。まだほとんど未踏」
テルマだ。だんだんこのパターンにも慣れてきた。
「なんでほとんど踏破されていないのですか?」
「たぶん厳しい罠がある。女王国のギルドから何人か行った。誰も帰ってこない」
「それ、シャレにならない厳しさ、ってことじゃない? 慣れてない五人で行くのは、ちょっと苦しいんじゃないかな? せめてシルドラがいれば……」
凶悪な罠が予想されるなら、腕のいい斥候は必須だ。それはオンゲの鉄則。死んでもペナ払うだけのあの世界でもそうなのだ。死んだら終わりのここでは、見切り発車は地獄への片道切符だ。
「なら呼んでくる」
え? いまなんて?
「一日待つ」
「ちょ、ちょいテルマ!」
すでにどこかに転移したあとだった。
「女王国のどこにいるか、わからないはずなんだけど。ホントに連れてきちゃうと思う?」
リュミエラは曖昧な笑みを浮かべた。
「テルマさんですから」
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一応、更新を期待…
アンリくん、将来国の中軸に関わっていそうな人と仲良くなってますねー
承認と返信、遅れてすみません。承認したつもりになってました。
人を見極める目、というのは、この作品のひとつの柱です。
まだ、ローリエって呼んではダメなのかな?
そのあたりは、じきに明らかになっていく予定であります!