異世界ダイエット

Shiori

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第八十九話

 昼下がりの太陽が大きな窓から射し込んでくるテーブルの上では、もう、お茶がすっかり冷めてしまっていた。人払いをしたので誰も魔力でお茶を保温してくれていないので仕方がないのだが、いつもお茶を熱くしてくれる人がいたことを思い出して、熱いお茶を好むリシャールは、冷めてしまったお茶を哀し気に眺めている。
「・・・では、どうしても引き受けてはいただけませんか」
セヴランの頑なな固辞に、現宰相のコンスタン・ラガルドはため息をついた。
「申し訳ありません」
セヴランの態度は神妙だが、ブルーグレーの眸には苛立ちの色が隠せない。とにかくこれ以上の重責は御免被りたい、無能のアホ共から余計なやっかみをかうのは真っ平だという心の声が聞こえてくるようだ。
「仕方ないよ、ラガルド。これ以上セヴにばっかりいろいろやらせるのは、逆にセヴの未来を潰しかねないと思う」
めずらしく助け船を出してくれて、少し気味が悪いけれど、リシャールの言っていることは紛れもなく本質をついている。セヴランを自分の次の宰相にしたければ、ラガルドはこれ以上の無理は言えなかった。
 ラガルドは、このブルーグレーの眸の青年の資質を高く評価していた。知識も胆力もあり、武勇にも優れ、人の上に立つカリスマ性も備えた美丈夫であり、オランド公爵に入り婿にと所望される、申し分のない逸材・・・、のはずだった。異世界人の少女を繋留し、オランド公爵令嬢との婚約を破棄してしまうまでは。
 先日の不毛にして茶番の裁判は、ラガルドもこっそり傍聴していた。セヴランが繋留したポッチャリとした少女の口から紡ぎ出される異世界の法律に驚嘆し、しかもそれを丸暗記しているのが法律の専門家でも法律を学ぶ学生でもなく、まだ成人前の少女である、という事実に、呆気にとられた。叶うことなら異世界の、この少女が受けていた教育を受けてみたいとすら思った。セヴランの口から聞くアルヴィーンの帝都のような、高度な文明社会が思い浮かべられ、少女の価値を正確に理解した。
 会話は普通に成立するけれど、この世界の文字を読み書きすることができない少女から異世界の法律をすべて聞き取り書き留めるには、一年やそこらはかかるのではないかとセヴランは言う。だから遣アルヴィーン使の件は辞退すると言われれば、ラガルドはごり押しはできなかった。アルヴィーンに留学経験があるセヴランであれば、此度の遣使でベルチノア側が望むことをアルヴィーンに受け入れてもらって、全面的にアルヴィーンの庇護下に入り、シエストレムから国体を守る最高の朝貢成果を出せる。そしてセヴランに後を任せてのんびりと隠居することを夢見ていたのだが、なかなかそう希望通りには、ことは進んでくれないらしい。
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