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1.和唐ナナイに安息は無い
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西上コズハを一言で表すのなら、『支離滅裂な女』だ。
身長140cmと小柄な体に、分厚い丸メガネにおさげ。本を携さえた姿はまさに文学少女。その外観でバスケ部のエース並みに動き回れる。帰宅部なのに。
頭脳は明晰で、中学の校内模試では全科目の一位を総ナメにしていた。ところが授業の半分は寝ているし、起きていても教科書をカバーにして読書をしている。真面目に授業を受けたところなど小学校の頃から一度も見たことがない。
淡々とした丁寧な口調とポーカーフェイスは常に崩れない。何事にも動じない堅物さは優等生の風格を出している。しかし口から飛び出るのは突拍子もない冗談ばかり。無表情故に嘘か本当か分からないのでタチが悪い。
遠巻きに見れば光る優等生、あやしがりて寄りてみれば燦然と輝く奇人。友人にするなら文句なしで面白いだろうがそれ以上はちょっと、という女。
そんな超人・西上コズハの隣に立つ、揚げ物の下のレタスくらい萎びた男。
それが俺、和唐ナナイである。
学力は中の下、運動もそこそこ、背も170くらいで高いか低いかと言われると言及しにくい。切れ長で人相の悪い目を除けば、言及できる個性などひとつも無い。
たった一つの小さな願いを叶えるため、孤軍奮闘する俺は、西上コズハ唯一の幼なじみであり最大の被害者なのだ。
その凄惨たる被害の、具体例を挙げるならば。
「今日はエイリアンを捕まえに行きます。支度をしてください」
深夜二時の玄関先、こんな無茶を言うのが西上コズハである。考える気力が失せた俺は、どす黒い天を仰いだ。
コズハは丸メガネに白いネグリジェ姿、手には虫取り網を持っている。相変わらず、こいつの周りだけTPOが死んでいる。
「どうかしましたか、ナナイ君?」
コズハは無表情のまま、首を傾げた。
4月に入ったとは言え、深夜は底冷えしている。近くに理解者がいないなら尚更だ。サンダルの上の素足から、薄手のパジャマの足に冷気が昇ってくる。こいつが俺を呼ばなければ、今頃暖かい布団で夢の中だったと言うのに。身震いしつつ、コズハを睨んだ。
「どうかしてるのはお前の方だ。今何時だと思ってやがる」
「それでも、ナナイ君は起きて来られたではないですか」
「夜中に38回もイタ電されたら誰だって起きるわ」
「失敬な、何がイタ電ですか。可愛い可愛い幼馴染からのラブコールですよ。寛大な心で許してください」
「ラブってのは人を思いやる感情じゃねえのかよ。俺はとっとと帰って寝たいんだが」
「釣れないですね。そう仰らずに……へっくち!」
くしゃみをしたコズハは顔をしかめ、ずびびと鼻を鳴らした。
よく見ると白い腕には鳥肌が立っている。寒空の下、腕も足もさらけ出した薄手のネグリジェ一枚なのだから無理もない。むしろ何て貧弱な格好で出てきたんだ。このまま駄弁っていては、二人揃って風邪をひきかねない。
「はぁ……とりあえずジャンバーか何か取ってくるから、そこで待ってろよ。話はそこからだ」
「恩に着ます。ジャンバーだけに」
「やっぱ閉め出してやろうかな、こいつ」
部屋に引き返した俺は、冬物のダウンを二着取ってきた。一着をコズハに着せて、もう一つを俺が羽織る。先程と比べて随分着膨れた俺らは、夜の住宅街の点々と続く街灯の下を歩き始めた。
寂れたアスファルトの上、先程履き替えた長靴のゴムの音だけが響いている。相変わらず風は冷たいが、薄着で立ち尽くしているよりはずっといい。
身体が徐々に温まってきた頃、
「さて、忘れん坊なナナイ君のために補足しますが、私たちはこれからエイリアンを捜して捕まえます」
と、コズハは切り出した。
目的も行動も破綻しているが、下手に抵抗するとコズハが拗ねる。ここは形だけでも受け入れつつ、安全に帰れる道を模索しよう。
「今日はエイリアン探しか。……ってことは、エイリアンが今向かってるところにいる訳か」
興味ありげに、呟いてみる。
「正確に言えば、目撃情報が頻発しているスポットに向かっています」
「場所はわかってるのか?ここら近辺なら近道も知ってるかも──」
「そう言って引き返そうとしても無駄ですよ。私たちの道案内役は、天下のスマホ様が担ってくれています」
コズハはそう言って、俺の手首を掴んだ。しまった、先手を打たれた。もはや観念するしかあるまい。
俺はガックリと肩を落とした。
「エイリアンを捕まえ次第すぐ終わりますので。それまで我慢ですよ、ナナイ君」
「……はぁ。一応聞いておくが、エイリアンを捕まえてどうする気だ?」
「そこまで決めているはずが無いでしょう。単なる好奇心です」
「またそれか」
俺は呆れながら呟いた。
西上コズハの好奇心はとめどない。
これが最後にして最大の特徴で、俺が普通の日常生活を送れない理由である。
コズハは行動原理が好奇心で、頭から爪先まで好奇心で構成された、生ける好奇心である。
目の前に気になることがあれば、何がなんでも首を突っ込んで解き明かす。
小学校ではこいつが条件付け実験をしたせいで、学校の七不思議が消えた。まさに現代に生きる神秘殺し。好奇心だけで成し遂げているのだから、なおのことタチが悪い。
策を弄しても一手先を突かれる。体力も正直分が悪い。俺はコズハに誘われたが最後、共犯にならざるを得ないのだ。
しばらく歩いて雑木林の前に着くと、コズハは俺にスマホを渡した。
「光源はナナイ君に託しました。同時に撮影もお願いいたします」
「動画なんか撮ってどうすんだよ。配信者でも始める気か?」
コズハは首を横に振った。
「目視の方で収穫が無くとも、撮影さえしていれば死角に映り込んでいるかもしれません。それを次に活かします」
「そんなに頭が回るんなら、深夜二時に友人を叩き起したらどうなるかくらい考えろよ頼むから」
俺の発言に、コズハは振り返る。さすがに思うところでもあったのだろうか。
「ナナイ君なら断らないだろうと確信していましたので、そこも折り込み済みです」
無表情なのは相変わらずだが、それでもコズハは得意げに言った。心底不服だが、期待の眼差しを拒めない俺がいるのもまた事実。
「……はぁ」
思考が止まりかけた頭を振り、ため息をひとつ吐く。
「……わかった。さっさと終わらせるぞ」
「無論です、始業には間に合わせましょう」
「お前、何時間粘る気だよ」
結局、雑木林に踏み込んだものの何も見つからず、その日の捜索は幕を閉じた。
その後学校に向かい、ボロボロの体で授業をこなし、放課後と夜はコズハに連れ回される。これが俺の毎日だ。
小学校の辺りから、コズハは好奇心によって暴走するようになった。その度に俺は巻き込まれて酷い目にあっている。
しかし俺らは今年から高校生。こんな生活を続けていると、学業に支障が出る。……主に俺の方に。
加えて俺は青春というものを片鱗でもいいから味わいたいのだ。深夜二時に叩き起されない、放課後山や海に拉致されない、平穏な日常が欲しいのだ。この暴走機関車に揺られていては、いつまでも血みどろの日々から脱出できないことだろう。
この物語は俺、和唐ナナイが平々凡々な青春を得るため……取り急ぎ今は生き残るため、奮闘する日々の記録である。
身長140cmと小柄な体に、分厚い丸メガネにおさげ。本を携さえた姿はまさに文学少女。その外観でバスケ部のエース並みに動き回れる。帰宅部なのに。
頭脳は明晰で、中学の校内模試では全科目の一位を総ナメにしていた。ところが授業の半分は寝ているし、起きていても教科書をカバーにして読書をしている。真面目に授業を受けたところなど小学校の頃から一度も見たことがない。
淡々とした丁寧な口調とポーカーフェイスは常に崩れない。何事にも動じない堅物さは優等生の風格を出している。しかし口から飛び出るのは突拍子もない冗談ばかり。無表情故に嘘か本当か分からないのでタチが悪い。
遠巻きに見れば光る優等生、あやしがりて寄りてみれば燦然と輝く奇人。友人にするなら文句なしで面白いだろうがそれ以上はちょっと、という女。
そんな超人・西上コズハの隣に立つ、揚げ物の下のレタスくらい萎びた男。
それが俺、和唐ナナイである。
学力は中の下、運動もそこそこ、背も170くらいで高いか低いかと言われると言及しにくい。切れ長で人相の悪い目を除けば、言及できる個性などひとつも無い。
たった一つの小さな願いを叶えるため、孤軍奮闘する俺は、西上コズハ唯一の幼なじみであり最大の被害者なのだ。
その凄惨たる被害の、具体例を挙げるならば。
「今日はエイリアンを捕まえに行きます。支度をしてください」
深夜二時の玄関先、こんな無茶を言うのが西上コズハである。考える気力が失せた俺は、どす黒い天を仰いだ。
コズハは丸メガネに白いネグリジェ姿、手には虫取り網を持っている。相変わらず、こいつの周りだけTPOが死んでいる。
「どうかしましたか、ナナイ君?」
コズハは無表情のまま、首を傾げた。
4月に入ったとは言え、深夜は底冷えしている。近くに理解者がいないなら尚更だ。サンダルの上の素足から、薄手のパジャマの足に冷気が昇ってくる。こいつが俺を呼ばなければ、今頃暖かい布団で夢の中だったと言うのに。身震いしつつ、コズハを睨んだ。
「どうかしてるのはお前の方だ。今何時だと思ってやがる」
「それでも、ナナイ君は起きて来られたではないですか」
「夜中に38回もイタ電されたら誰だって起きるわ」
「失敬な、何がイタ電ですか。可愛い可愛い幼馴染からのラブコールですよ。寛大な心で許してください」
「ラブってのは人を思いやる感情じゃねえのかよ。俺はとっとと帰って寝たいんだが」
「釣れないですね。そう仰らずに……へっくち!」
くしゃみをしたコズハは顔をしかめ、ずびびと鼻を鳴らした。
よく見ると白い腕には鳥肌が立っている。寒空の下、腕も足もさらけ出した薄手のネグリジェ一枚なのだから無理もない。むしろ何て貧弱な格好で出てきたんだ。このまま駄弁っていては、二人揃って風邪をひきかねない。
「はぁ……とりあえずジャンバーか何か取ってくるから、そこで待ってろよ。話はそこからだ」
「恩に着ます。ジャンバーだけに」
「やっぱ閉め出してやろうかな、こいつ」
部屋に引き返した俺は、冬物のダウンを二着取ってきた。一着をコズハに着せて、もう一つを俺が羽織る。先程と比べて随分着膨れた俺らは、夜の住宅街の点々と続く街灯の下を歩き始めた。
寂れたアスファルトの上、先程履き替えた長靴のゴムの音だけが響いている。相変わらず風は冷たいが、薄着で立ち尽くしているよりはずっといい。
身体が徐々に温まってきた頃、
「さて、忘れん坊なナナイ君のために補足しますが、私たちはこれからエイリアンを捜して捕まえます」
と、コズハは切り出した。
目的も行動も破綻しているが、下手に抵抗するとコズハが拗ねる。ここは形だけでも受け入れつつ、安全に帰れる道を模索しよう。
「今日はエイリアン探しか。……ってことは、エイリアンが今向かってるところにいる訳か」
興味ありげに、呟いてみる。
「正確に言えば、目撃情報が頻発しているスポットに向かっています」
「場所はわかってるのか?ここら近辺なら近道も知ってるかも──」
「そう言って引き返そうとしても無駄ですよ。私たちの道案内役は、天下のスマホ様が担ってくれています」
コズハはそう言って、俺の手首を掴んだ。しまった、先手を打たれた。もはや観念するしかあるまい。
俺はガックリと肩を落とした。
「エイリアンを捕まえ次第すぐ終わりますので。それまで我慢ですよ、ナナイ君」
「……はぁ。一応聞いておくが、エイリアンを捕まえてどうする気だ?」
「そこまで決めているはずが無いでしょう。単なる好奇心です」
「またそれか」
俺は呆れながら呟いた。
西上コズハの好奇心はとめどない。
これが最後にして最大の特徴で、俺が普通の日常生活を送れない理由である。
コズハは行動原理が好奇心で、頭から爪先まで好奇心で構成された、生ける好奇心である。
目の前に気になることがあれば、何がなんでも首を突っ込んで解き明かす。
小学校ではこいつが条件付け実験をしたせいで、学校の七不思議が消えた。まさに現代に生きる神秘殺し。好奇心だけで成し遂げているのだから、なおのことタチが悪い。
策を弄しても一手先を突かれる。体力も正直分が悪い。俺はコズハに誘われたが最後、共犯にならざるを得ないのだ。
しばらく歩いて雑木林の前に着くと、コズハは俺にスマホを渡した。
「光源はナナイ君に託しました。同時に撮影もお願いいたします」
「動画なんか撮ってどうすんだよ。配信者でも始める気か?」
コズハは首を横に振った。
「目視の方で収穫が無くとも、撮影さえしていれば死角に映り込んでいるかもしれません。それを次に活かします」
「そんなに頭が回るんなら、深夜二時に友人を叩き起したらどうなるかくらい考えろよ頼むから」
俺の発言に、コズハは振り返る。さすがに思うところでもあったのだろうか。
「ナナイ君なら断らないだろうと確信していましたので、そこも折り込み済みです」
無表情なのは相変わらずだが、それでもコズハは得意げに言った。心底不服だが、期待の眼差しを拒めない俺がいるのもまた事実。
「……はぁ」
思考が止まりかけた頭を振り、ため息をひとつ吐く。
「……わかった。さっさと終わらせるぞ」
「無論です、始業には間に合わせましょう」
「お前、何時間粘る気だよ」
結局、雑木林に踏み込んだものの何も見つからず、その日の捜索は幕を閉じた。
その後学校に向かい、ボロボロの体で授業をこなし、放課後と夜はコズハに連れ回される。これが俺の毎日だ。
小学校の辺りから、コズハは好奇心によって暴走するようになった。その度に俺は巻き込まれて酷い目にあっている。
しかし俺らは今年から高校生。こんな生活を続けていると、学業に支障が出る。……主に俺の方に。
加えて俺は青春というものを片鱗でもいいから味わいたいのだ。深夜二時に叩き起されない、放課後山や海に拉致されない、平穏な日常が欲しいのだ。この暴走機関車に揺られていては、いつまでも血みどろの日々から脱出できないことだろう。
この物語は俺、和唐ナナイが平々凡々な青春を得るため……取り急ぎ今は生き残るため、奮闘する日々の記録である。
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