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第1章
10 初任務・急
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俺の足は自然と二人を尾行するモードに切り替わっていた。
メアは、望んでアイツと一緒に居るのだろうか。はたまた停泊を快諾して貰う過程で、何か良からぬ条件を提示されたのだろうか。俺の不安は募る。
やがて彼らは、昼行った施設とも真逆の方向へ歩いて行った。俺はさらに尾行を続ける。よもや、このまま快楽街に行く気だろうか。そうであっても、俺に引き返す気は無い。
「おや~? メアちゃん。眠たくなっちゃったかな~?」
オッサンの下種(げす)な声が聞こえる。悪役としては百点満点の声色だ。しかし、快楽街へ進む感じはない。そもそもこの町にはそう言った施設群が無いらしい。
そうして見張っていると、メアが途端に千鳥足になった。まだ体は子供だろうに、付き合いの勢い余って酒でもひっかけたか? あのオッサン、メアに何したんだ……。
空はすっかり夜になった。いつもの様に深緑の夜空だ。
その頃になると、二人はとっくに人気の無いところまで来ていた。こうなると、あまり接近するとバレてしまうな。速度を落として距離を取り、尚も警戒しながら追跡を続ける。
「あ」
不意にオッサンが、ふらつくメアを抱き上げた。メアはじたばたと身体を動かしているが、あれは嫌がっているのか、はたまた酔っぱらっているだけで何の意味もない挙動なのか。
今、彼女らの間に割って入れば、俺は彼女を助けられるだろう。しかし、それはオッサンに悪意があった場合だ。二人が同意の下、また喜びのもと楽しんでいるとしたら……俺はただの邪魔者になってしまう。
俺から見れば、あんなオッサンと懇(ねんご)ろになるなど、とても幸せには思えないが、それはすべて決めつけである。
俺は、美男美女の幸せの在り方を知らない。
「ほらメアちゃん。もうすぐ着くからねぇ~」
オッサンが急に角を曲がった。危うく見逃す所だった。俺は急ぎ足で曲がり角に駆け寄る。
角の向こうには、なんとも巨大な屋敷があった。手入れされた庭園。これ見よがしの噴水。背よりも高い鉄の柵。さらにそこを何人もの警備員が取り囲んでいる。
オッサンは、鼻歌交じりに門を通過した。ココは、奴の屋敷か。警備の者達ともえらく仲が良いらしい。何人かはメアの顔を撫で回し、オッサンと顔を見合わせてはゲラゲラと笑っている。
もう、取り押さえに行くべきか? しかし今だと多勢に無勢だ。それに俺は、喧嘩が強いとはお世辞にも言えない。若返ったと言っても小心者で運動音痴だ。
なので俺は、オッサンの通過を見届けた。警備がわんさか居る状態より、せめて屋敷内に行ってくれた方が、一対一を作りやすいと判断したのだ。一対一なら、このゲーム機に収納できる。きっとそういった隙が生まれやすくなるだろう。
では肝心な、どうやって侵入するかという話になってくる。そこに関して、策は簡単だった。
<具現化コマンド実行 『神帝コイン』を具現化します>
「ん? おいボウズ、何の用だ」
「あぁえっとですね、実は~ボクの友人が屋敷に間違えて入っちゃったみたいで~迎えに来たんですけど~」
「は? そんな話信じる訳ないだろ。とっとと帰れ」
「……まぁ何が言いたいかと言うと……このコインあげるんで、中に入れてください」
「ん? こいん……?」
俺は『神帝コイン』を差し出す。あらゆる物と交換可能、ならば”権利”とも交換可能だろう、と予想したのだ。
警備の一人がコインを凝視する。不気味な真顔だ。
「よし。通れ」
「おぇ? あ、は、はい!」
よし!
「……あぁしかし、ダルマン様はお楽しみ中だ。邪魔はするなよ」
「……ダルマンって、さっきの大柄な方ですか?」
「あぁそうさ。今日は久しぶりに中々の上玉だった。俺たちも壊れた後で良いから使わせてもらいてぇな~。お前もそう思うだろ? はっはっは!」
俺は何も言えなかった。
……それよりも急がなくてはならない。その一心で屋敷の中に突き進んで行く。
屋敷内は、蝋燭の淡い明かりで照らされていた。それだけでも屋敷内は十分明るい。隅々まで光が届いているのだ。そのせいか、室内は外観で見た感じよりも狭く感じた。
さてあのオッサン、ダルマンとかいう男は何処へ行ったのか。周囲を見渡しても人影すら見えない。暗い事も相まって、視覚情報を頼りには出来なさそうだ。ならば、音を頼りにするか。
耳を澄ました。不意に微かな足音が聞こえた。気のせいかもしれないが、ともかくそちらの方に歩いてみる事にする。
「待ってろよ……」
今になって、やはり俺は”お呼びで無い”んじゃなかろうかと考え始めた。俺は性行為の喜びは知らないし、それを邪魔される鬱陶しさも知らない。ダルマンは勿論怒るだろう。しかし彼の事はどうでもいい。俺はメアの為に行動しているのだ。
しかしもし、メアが性行為を望んでいたら、俺はどうなるだろう。
足取りは次第に重くなる。しかし進んでいない訳ではないので、俺は音の鳴る方へ少しずつ近付いていた。その時、扉の閉まる様な音が鳴り響いた。何処かの部屋に入ったか。また厄介な展開になった。
「この部屋か……」
とある一室から、ダルマンの鼻歌が聞こえて来た。恐らく、ココに奴が、そして彼女が居る。俺はそう見立てた。この部屋に、唐突に突入したらば意表をつけるだろう。そうして収納してしまえば俺の勝ちだ。
自身を奮い立たせるために、何度もイメージトレーニングを繰り返す。“きっと失敗しない”と思えるまで、何度も何度もだ。自己暗示の実績ならある。
その時だった。部屋の中から、消え入りそうな嬌声が聞こえた。メアの声だ。
自身の体温が、急激に冷えていくのを感じる。もう突入しなければ……ココに来た、意味がない。
「ぁぁあ……クソっ!」
もう背に腹は代えられず、俺は扉をこじ開け突入を計った。
眼前には豪華な部屋が広がる。メアは何処だ、ダルマンは何処だ。何度も首を動かし薄暗い室内を凝視した。
そして、メアを見つけた。
「メア!」
俺は思わずそう叫んだ。どうやら何かに縛り付けられているが、まだ辛うじて無事らしい。良かったと、一瞬気が抜けてしまった。
それが、命とりだった。
「あっ」
顔面を殴打される。激痛と衝撃。一瞬、何が起きたか分からなかった。
ハッとした時には俺は、部屋の奥まで転がっていた。
「おぉいおぉい。何だこのガキは」
「だ、ダルマン……? ゴホッゴホッ……」
視界が揺らぐ。顎にでもかすったか、身体もろくに、動かない……。
「どぉっから入ってきたぁ? 警備をかいくぐぅった訳じゃあるめぇし」
俺は目を疑った。コイツは、本当にあのダルマンなのか? もっと言えば、本当にただの人間なのか……?
図体が、知っているものよりも倍くらい大きい。腕や肩の皮膚が襞(ひだ)の様にめくれ上がり、また触手の様にうねっている。体中が分泌液に覆われ、酷い匂いだ。
何より、人相も到底人間ではない。鬼の様な、虎の様な骨格だ。そしてまた剛毛である。
「な……お、お前……何なんだよ……その見た目」
「ぶはははは! おうおう、まぬけな感想だねぇ! オレの姿が恐ろしいか? えぇ??」
怪物がゆっくりと近づいて来る。足取りから察するに、どうやら動きは鈍そうだ。
それとも、俺の恐怖をじっくり煽って楽しんでいるのか……。どのみち生きた心地がしない。
「てめぇは、あの女の連れかぁ?」
「はぁ……はぁ……だったら何だよ……あ」
俺の身体は、両手で軽々と持ち上げられた。高校時代の身長体重は百七十センチ前後の六十キロアンダー。もちろん、軽々となんて持ち上げられた事は初めてだ。
しかし、俺にとっては好機だった……。今なら容易に触れ、ゲーム機に入れられる。
無我夢中に、俺は怪物に触れ、〇ボタンを連打した。
<収納コマンド実行不可 『フロップリズム』の成分を感知 収納できません>
「あ、え?」
実行不可……? できないって?
俺は一気に冷や汗をかく。なんだよ……なんだよフロップリズムって……そんなの知らねぇよ。
「ぶはは。どぉれ、どう始末するか」
俺を抱き上げた怪物は、その両手に思いきり力を入れた。その瞬間、骨の軋む音が聞こえる。そしてそれ以上の激痛が走った。意識がわずかに、そして何度も飛び、みるみる思考が鈍っていく。
危ない……死ぬ。
いいや……死んで堪るか……。
<具現化コマンド実行 『ネロ・ハンネス』を具現化します>
「んん? なんだぁ? コイツは」
俺の足元に、金髪の少年を具現化した。あの日の、怪物だ。
そこからは、本当に一瞬だった。
金髪の少年が怪物の顔面に飛びかかる。そうして両手を上顎に、片足を下顎に引っ掻け、一気に上下に引き裂いた。
「ぐぎゃああああっ!!」
泥の様な血が天井にまで吹き上がり、瞬く間に異様な匂いが充満した。鉄の錆びというよりは、焦げた油の様な匂いだ。
そのまま怪物は後方へ、力なく倒れ込んだ。
<具現化コマンド実行 『回帰の雫溜り』を具現化します>
こ、これで身体を治そう……。とはいえ、コイツを握るだけでも激痛が走る重症具合だ。誰か助けてくれねぇかなぁ……。
「ねぇねぇ! おじさん!」
「あ? あ」
金髪の少年が俺を覗き込む。何をする気か、まるで分からない表情だ。恐ろしい。しかし、命の恩人でもある。それに、敵意は感じなかった……。
「おじさんがさっきのヤツ出したの?? あんなんじゃ楽しくないよ!」
「は?」
「次はさぁドラゴン出して! 山より大きいの!」
なんだコイツ。敵意が無いにしてもウザすぎんだろ。俺はそれどころじゃねぇってのに……。
しかし、こういうアホは利用しやすい。俺は適当に話を合わせる。
「あ、あぁ……ドラゴンな、オッケ~。その代わり、お前ちょっと俺を背負え」
「約束だよ! やった~!」
金髪は、俺を片手でひょいと背負い上げる。その時もとんでもない激痛が……。
「いってぇ……! オイ、お前もっと慎重に……まぁいいや」
「ねぇねぇ! ココ何処? さっきまで船の上に居たよね? ね! ね!」
「うるせぇな~……とにかく、あの女の子のトコに運んでくれ」
「よ~し! しゅっぱーつ!」
俺は、『回帰の雫溜り』のをメアに使った。これで彼女の顔や身体に付いた傷は治せる。
しかし恐怖の記憶を消す事は出来ない。結局俺の驕(おご)り高ぶった判断が、メアの心に永遠の傷を付けたのだ。後々バレたら、メアに一層嫌われるかもな。ただでさえ嫌われてんのに。
「あれ? ねぇねぇおじさん、何で泣いてるの?」
「うるせぇな……イケメンには分かんねぇ悩みだよ。後、俺は冴根仁兎だ……おじさんじゃねぇ」
「そっか! 僕はネロ! よろしくね!」
能天気な奴だ。なんか話も要領得ないし、サイコかアスペか……。
ともかく俺は助けられた。今くらいは、コイツに感謝しておくべきだろう。でないと、きっとバチが当たる。
メアは、望んでアイツと一緒に居るのだろうか。はたまた停泊を快諾して貰う過程で、何か良からぬ条件を提示されたのだろうか。俺の不安は募る。
やがて彼らは、昼行った施設とも真逆の方向へ歩いて行った。俺はさらに尾行を続ける。よもや、このまま快楽街に行く気だろうか。そうであっても、俺に引き返す気は無い。
「おや~? メアちゃん。眠たくなっちゃったかな~?」
オッサンの下種(げす)な声が聞こえる。悪役としては百点満点の声色だ。しかし、快楽街へ進む感じはない。そもそもこの町にはそう言った施設群が無いらしい。
そうして見張っていると、メアが途端に千鳥足になった。まだ体は子供だろうに、付き合いの勢い余って酒でもひっかけたか? あのオッサン、メアに何したんだ……。
空はすっかり夜になった。いつもの様に深緑の夜空だ。
その頃になると、二人はとっくに人気の無いところまで来ていた。こうなると、あまり接近するとバレてしまうな。速度を落として距離を取り、尚も警戒しながら追跡を続ける。
「あ」
不意にオッサンが、ふらつくメアを抱き上げた。メアはじたばたと身体を動かしているが、あれは嫌がっているのか、はたまた酔っぱらっているだけで何の意味もない挙動なのか。
今、彼女らの間に割って入れば、俺は彼女を助けられるだろう。しかし、それはオッサンに悪意があった場合だ。二人が同意の下、また喜びのもと楽しんでいるとしたら……俺はただの邪魔者になってしまう。
俺から見れば、あんなオッサンと懇(ねんご)ろになるなど、とても幸せには思えないが、それはすべて決めつけである。
俺は、美男美女の幸せの在り方を知らない。
「ほらメアちゃん。もうすぐ着くからねぇ~」
オッサンが急に角を曲がった。危うく見逃す所だった。俺は急ぎ足で曲がり角に駆け寄る。
角の向こうには、なんとも巨大な屋敷があった。手入れされた庭園。これ見よがしの噴水。背よりも高い鉄の柵。さらにそこを何人もの警備員が取り囲んでいる。
オッサンは、鼻歌交じりに門を通過した。ココは、奴の屋敷か。警備の者達ともえらく仲が良いらしい。何人かはメアの顔を撫で回し、オッサンと顔を見合わせてはゲラゲラと笑っている。
もう、取り押さえに行くべきか? しかし今だと多勢に無勢だ。それに俺は、喧嘩が強いとはお世辞にも言えない。若返ったと言っても小心者で運動音痴だ。
なので俺は、オッサンの通過を見届けた。警備がわんさか居る状態より、せめて屋敷内に行ってくれた方が、一対一を作りやすいと判断したのだ。一対一なら、このゲーム機に収納できる。きっとそういった隙が生まれやすくなるだろう。
では肝心な、どうやって侵入するかという話になってくる。そこに関して、策は簡単だった。
<具現化コマンド実行 『神帝コイン』を具現化します>
「ん? おいボウズ、何の用だ」
「あぁえっとですね、実は~ボクの友人が屋敷に間違えて入っちゃったみたいで~迎えに来たんですけど~」
「は? そんな話信じる訳ないだろ。とっとと帰れ」
「……まぁ何が言いたいかと言うと……このコインあげるんで、中に入れてください」
「ん? こいん……?」
俺は『神帝コイン』を差し出す。あらゆる物と交換可能、ならば”権利”とも交換可能だろう、と予想したのだ。
警備の一人がコインを凝視する。不気味な真顔だ。
「よし。通れ」
「おぇ? あ、は、はい!」
よし!
「……あぁしかし、ダルマン様はお楽しみ中だ。邪魔はするなよ」
「……ダルマンって、さっきの大柄な方ですか?」
「あぁそうさ。今日は久しぶりに中々の上玉だった。俺たちも壊れた後で良いから使わせてもらいてぇな~。お前もそう思うだろ? はっはっは!」
俺は何も言えなかった。
……それよりも急がなくてはならない。その一心で屋敷の中に突き進んで行く。
屋敷内は、蝋燭の淡い明かりで照らされていた。それだけでも屋敷内は十分明るい。隅々まで光が届いているのだ。そのせいか、室内は外観で見た感じよりも狭く感じた。
さてあのオッサン、ダルマンとかいう男は何処へ行ったのか。周囲を見渡しても人影すら見えない。暗い事も相まって、視覚情報を頼りには出来なさそうだ。ならば、音を頼りにするか。
耳を澄ました。不意に微かな足音が聞こえた。気のせいかもしれないが、ともかくそちらの方に歩いてみる事にする。
「待ってろよ……」
今になって、やはり俺は”お呼びで無い”んじゃなかろうかと考え始めた。俺は性行為の喜びは知らないし、それを邪魔される鬱陶しさも知らない。ダルマンは勿論怒るだろう。しかし彼の事はどうでもいい。俺はメアの為に行動しているのだ。
しかしもし、メアが性行為を望んでいたら、俺はどうなるだろう。
足取りは次第に重くなる。しかし進んでいない訳ではないので、俺は音の鳴る方へ少しずつ近付いていた。その時、扉の閉まる様な音が鳴り響いた。何処かの部屋に入ったか。また厄介な展開になった。
「この部屋か……」
とある一室から、ダルマンの鼻歌が聞こえて来た。恐らく、ココに奴が、そして彼女が居る。俺はそう見立てた。この部屋に、唐突に突入したらば意表をつけるだろう。そうして収納してしまえば俺の勝ちだ。
自身を奮い立たせるために、何度もイメージトレーニングを繰り返す。“きっと失敗しない”と思えるまで、何度も何度もだ。自己暗示の実績ならある。
その時だった。部屋の中から、消え入りそうな嬌声が聞こえた。メアの声だ。
自身の体温が、急激に冷えていくのを感じる。もう突入しなければ……ココに来た、意味がない。
「ぁぁあ……クソっ!」
もう背に腹は代えられず、俺は扉をこじ開け突入を計った。
眼前には豪華な部屋が広がる。メアは何処だ、ダルマンは何処だ。何度も首を動かし薄暗い室内を凝視した。
そして、メアを見つけた。
「メア!」
俺は思わずそう叫んだ。どうやら何かに縛り付けられているが、まだ辛うじて無事らしい。良かったと、一瞬気が抜けてしまった。
それが、命とりだった。
「あっ」
顔面を殴打される。激痛と衝撃。一瞬、何が起きたか分からなかった。
ハッとした時には俺は、部屋の奥まで転がっていた。
「おぉいおぉい。何だこのガキは」
「だ、ダルマン……? ゴホッゴホッ……」
視界が揺らぐ。顎にでもかすったか、身体もろくに、動かない……。
「どぉっから入ってきたぁ? 警備をかいくぐぅった訳じゃあるめぇし」
俺は目を疑った。コイツは、本当にあのダルマンなのか? もっと言えば、本当にただの人間なのか……?
図体が、知っているものよりも倍くらい大きい。腕や肩の皮膚が襞(ひだ)の様にめくれ上がり、また触手の様にうねっている。体中が分泌液に覆われ、酷い匂いだ。
何より、人相も到底人間ではない。鬼の様な、虎の様な骨格だ。そしてまた剛毛である。
「な……お、お前……何なんだよ……その見た目」
「ぶはははは! おうおう、まぬけな感想だねぇ! オレの姿が恐ろしいか? えぇ??」
怪物がゆっくりと近づいて来る。足取りから察するに、どうやら動きは鈍そうだ。
それとも、俺の恐怖をじっくり煽って楽しんでいるのか……。どのみち生きた心地がしない。
「てめぇは、あの女の連れかぁ?」
「はぁ……はぁ……だったら何だよ……あ」
俺の身体は、両手で軽々と持ち上げられた。高校時代の身長体重は百七十センチ前後の六十キロアンダー。もちろん、軽々となんて持ち上げられた事は初めてだ。
しかし、俺にとっては好機だった……。今なら容易に触れ、ゲーム機に入れられる。
無我夢中に、俺は怪物に触れ、〇ボタンを連打した。
<収納コマンド実行不可 『フロップリズム』の成分を感知 収納できません>
「あ、え?」
実行不可……? できないって?
俺は一気に冷や汗をかく。なんだよ……なんだよフロップリズムって……そんなの知らねぇよ。
「ぶはは。どぉれ、どう始末するか」
俺を抱き上げた怪物は、その両手に思いきり力を入れた。その瞬間、骨の軋む音が聞こえる。そしてそれ以上の激痛が走った。意識がわずかに、そして何度も飛び、みるみる思考が鈍っていく。
危ない……死ぬ。
いいや……死んで堪るか……。
<具現化コマンド実行 『ネロ・ハンネス』を具現化します>
「んん? なんだぁ? コイツは」
俺の足元に、金髪の少年を具現化した。あの日の、怪物だ。
そこからは、本当に一瞬だった。
金髪の少年が怪物の顔面に飛びかかる。そうして両手を上顎に、片足を下顎に引っ掻け、一気に上下に引き裂いた。
「ぐぎゃああああっ!!」
泥の様な血が天井にまで吹き上がり、瞬く間に異様な匂いが充満した。鉄の錆びというよりは、焦げた油の様な匂いだ。
そのまま怪物は後方へ、力なく倒れ込んだ。
<具現化コマンド実行 『回帰の雫溜り』を具現化します>
こ、これで身体を治そう……。とはいえ、コイツを握るだけでも激痛が走る重症具合だ。誰か助けてくれねぇかなぁ……。
「ねぇねぇ! おじさん!」
「あ? あ」
金髪の少年が俺を覗き込む。何をする気か、まるで分からない表情だ。恐ろしい。しかし、命の恩人でもある。それに、敵意は感じなかった……。
「おじさんがさっきのヤツ出したの?? あんなんじゃ楽しくないよ!」
「は?」
「次はさぁドラゴン出して! 山より大きいの!」
なんだコイツ。敵意が無いにしてもウザすぎんだろ。俺はそれどころじゃねぇってのに……。
しかし、こういうアホは利用しやすい。俺は適当に話を合わせる。
「あ、あぁ……ドラゴンな、オッケ~。その代わり、お前ちょっと俺を背負え」
「約束だよ! やった~!」
金髪は、俺を片手でひょいと背負い上げる。その時もとんでもない激痛が……。
「いってぇ……! オイ、お前もっと慎重に……まぁいいや」
「ねぇねぇ! ココ何処? さっきまで船の上に居たよね? ね! ね!」
「うるせぇな~……とにかく、あの女の子のトコに運んでくれ」
「よ~し! しゅっぱーつ!」
俺は、『回帰の雫溜り』のをメアに使った。これで彼女の顔や身体に付いた傷は治せる。
しかし恐怖の記憶を消す事は出来ない。結局俺の驕(おご)り高ぶった判断が、メアの心に永遠の傷を付けたのだ。後々バレたら、メアに一層嫌われるかもな。ただでさえ嫌われてんのに。
「あれ? ねぇねぇおじさん、何で泣いてるの?」
「うるせぇな……イケメンには分かんねぇ悩みだよ。後、俺は冴根仁兎だ……おじさんじゃねぇ」
「そっか! 僕はネロ! よろしくね!」
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