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最終章
第38話 帰還
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慣れ親しんだ場所が電車の窓から視界に入る。改札を抜け、戻ってきた――。
晴天だが、冬の風がまだまだ冷たい。数日ぶりに戻ってきたこの場所。
溢れる落ち着きと数日離れただけなのに何故か感じる懐かしさ。黒スーツの殺し屋もいない。ようやく戻ってきた平穏。
駅周辺の街、閑静な住宅街を通り、ようやく戻ってきたそびえ立つ我が家。
モヤモヤと脳裏に浮き出る自分を狙ってズケズケとマンション内に上がってきた恐ろしい黒服の集団の姿。
事情聴取を受けて自由の身になれた直後、一緒に事情聴取のために連れて行かれたはずのイリアは忽然と姿を消していた。
『これをあんたに。彼女からだ』
すっかり夜になって、帰ろうとした時に蔭山から渡された一枚の封筒。
中には家の鍵――恐らくあの時くすねられた――数字の羅列が書かれた一枚の紙。IDとして、それを半信半疑のままスマホに登録すると早速、画面に吹き出しが浮き出た。
『明日、二子玉川のアンタの家に来て。それまでは来ちゃダメ』
来ちゃダメ――その意味を問おうと返信。が、その後既読はおろか返信も無し。やはりかと息をつき、一緒に入っていた一万円札でその日は渋谷の適当な安いホテルで世を明かす。
――正直、ジラされた気分でちっとも眠れなかったが。
だが、これまで逃げてきた道を戻っていくとその眠気も次第に覚めていった――。
廊下を歩き、自分の部屋の近くに到着する。
予想に反する目の前の光景。豪快に穴を開けられたはずの壁は何事もなかったかのように綺麗に元通りになっていた。
これではまるで穴を開けられ、少女に銃を突きつけられたのが嘘みたいだ。
尚更、中がどうなっているのか気になった。歩を早めて穴に鍵を差し込む。金属が動いた快感の良い音がした。
取っ手を掴み、恐る恐るドアを開く。
フローリングは綺麗に磨かれていて、家具は何も置かれていない――それよりも開けた直後から食欲を誘う暖かい匂いが流れ込んできた。
そう、冬には食べたくなる。あのクリーミーで肉、人参、ジャガイモが美味しいあの……
匂いを辿ると土台を置き、一つの鍋をおたまでかき混ぜている少女がいた。黒いリボンに水色のツインテールの髪が伸びている。
「イリア!? お前、人の家に勝手に上がって何をやってるんだよ!」
「ゲッ、思ったより早かったわね! まあいいわ」
見慣れた黒いコート――ではなく、黄色いエプロンを上に着た至って普通の格好で、あの時、銃口を向けてきた少女と一瞬見違えるほどだった。
とても家庭的で気は強くても普通の年頃の女の子の姿がそこにはあった。
「鉄生、アンタはリビングのミニテーブルでくつろいでて。朝ごはん、もうすぐ出来上がるから」
「朝ならとっくに食べてきたわ――」
ごく自然に放たれた言葉を耳にすると、まるで力が抜けたようにして大きく頭からズッコケた。
「あ、アンタねえ! せっかくあたしがアンタに詫びも兼ねて、手料理で暖か~いシチュー作ってあげてるのにどうして食べてくるのよ! 驚かせてあげようと思ったのに!」
あの決戦から一夜明け。疲労からか、それとも十四年の全てに終止符が打たれた翌日からか、無性に食欲が抑えきれなかった。
だから食べてしまった――みずみずしく、美味しく焼けてるハンバーグステーキを。
「……朝起きたら寝不足なのもあってメシ食いたくなったんだよ。ファミレスで食っちまった」
もはや目を逸らしながら歯切れの悪い言い訳をすることしか出来なかった。ツッコまれるとどうも強く出る気になれない。
可愛らしい少女が男のために手料理を作ってくれる――男なら一度は夢見るだろうシチュエーションに心揺れ動いた――のもそうなのだが。
脳裏に蘇ってくる成田の空港での一件。他にも、蘇るここ数日の非日常な出来事。
求めすぎてはいけない。今なら分かる。時々、自分が強く出過ぎて、相手の思いを踏みにじっていたことに。
大人しくリビングにある丸い白テーブルの前にあるクッションに腰掛けた――だが、どちらも見慣れない物だ。
晴天だが、冬の風がまだまだ冷たい。数日ぶりに戻ってきたこの場所。
溢れる落ち着きと数日離れただけなのに何故か感じる懐かしさ。黒スーツの殺し屋もいない。ようやく戻ってきた平穏。
駅周辺の街、閑静な住宅街を通り、ようやく戻ってきたそびえ立つ我が家。
モヤモヤと脳裏に浮き出る自分を狙ってズケズケとマンション内に上がってきた恐ろしい黒服の集団の姿。
事情聴取を受けて自由の身になれた直後、一緒に事情聴取のために連れて行かれたはずのイリアは忽然と姿を消していた。
『これをあんたに。彼女からだ』
すっかり夜になって、帰ろうとした時に蔭山から渡された一枚の封筒。
中には家の鍵――恐らくあの時くすねられた――数字の羅列が書かれた一枚の紙。IDとして、それを半信半疑のままスマホに登録すると早速、画面に吹き出しが浮き出た。
『明日、二子玉川のアンタの家に来て。それまでは来ちゃダメ』
来ちゃダメ――その意味を問おうと返信。が、その後既読はおろか返信も無し。やはりかと息をつき、一緒に入っていた一万円札でその日は渋谷の適当な安いホテルで世を明かす。
――正直、ジラされた気分でちっとも眠れなかったが。
だが、これまで逃げてきた道を戻っていくとその眠気も次第に覚めていった――。
廊下を歩き、自分の部屋の近くに到着する。
予想に反する目の前の光景。豪快に穴を開けられたはずの壁は何事もなかったかのように綺麗に元通りになっていた。
これではまるで穴を開けられ、少女に銃を突きつけられたのが嘘みたいだ。
尚更、中がどうなっているのか気になった。歩を早めて穴に鍵を差し込む。金属が動いた快感の良い音がした。
取っ手を掴み、恐る恐るドアを開く。
フローリングは綺麗に磨かれていて、家具は何も置かれていない――それよりも開けた直後から食欲を誘う暖かい匂いが流れ込んできた。
そう、冬には食べたくなる。あのクリーミーで肉、人参、ジャガイモが美味しいあの……
匂いを辿ると土台を置き、一つの鍋をおたまでかき混ぜている少女がいた。黒いリボンに水色のツインテールの髪が伸びている。
「イリア!? お前、人の家に勝手に上がって何をやってるんだよ!」
「ゲッ、思ったより早かったわね! まあいいわ」
見慣れた黒いコート――ではなく、黄色いエプロンを上に着た至って普通の格好で、あの時、銃口を向けてきた少女と一瞬見違えるほどだった。
とても家庭的で気は強くても普通の年頃の女の子の姿がそこにはあった。
「鉄生、アンタはリビングのミニテーブルでくつろいでて。朝ごはん、もうすぐ出来上がるから」
「朝ならとっくに食べてきたわ――」
ごく自然に放たれた言葉を耳にすると、まるで力が抜けたようにして大きく頭からズッコケた。
「あ、アンタねえ! せっかくあたしがアンタに詫びも兼ねて、手料理で暖か~いシチュー作ってあげてるのにどうして食べてくるのよ! 驚かせてあげようと思ったのに!」
あの決戦から一夜明け。疲労からか、それとも十四年の全てに終止符が打たれた翌日からか、無性に食欲が抑えきれなかった。
だから食べてしまった――みずみずしく、美味しく焼けてるハンバーグステーキを。
「……朝起きたら寝不足なのもあってメシ食いたくなったんだよ。ファミレスで食っちまった」
もはや目を逸らしながら歯切れの悪い言い訳をすることしか出来なかった。ツッコまれるとどうも強く出る気になれない。
可愛らしい少女が男のために手料理を作ってくれる――男なら一度は夢見るだろうシチュエーションに心揺れ動いた――のもそうなのだが。
脳裏に蘇ってくる成田の空港での一件。他にも、蘇るここ数日の非日常な出来事。
求めすぎてはいけない。今なら分かる。時々、自分が強く出過ぎて、相手の思いを踏みにじっていたことに。
大人しくリビングにある丸い白テーブルの前にあるクッションに腰掛けた――だが、どちらも見慣れない物だ。
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