転生個人投機家の異世界相場列伝

犬野純

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初めての仕手戦

04 過去の値動きを調べる

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「では今回は100万マルクということで」

「いつもありがとう」

 今日もヨーナス商会で黒コショウを換金した。
 ヨーナスから貨幣を受け取る。
 ヨーナスの話では黒コショウの売れ行きは順調なようだ。
 嗜好品であるため、買い手は限られるのだが貴族や他の商人が買っていくのだとか。
 最近ではヨーナスに次の入荷はいつかとせかされるようになっている。
 順調でなによりなのだが、月に叢雲花に風、禍福は糾える縄の如し。
 どこかでこの流れが変わる事があるかもしれないので、気は緩めない。

「あ、そういえば」

 帰ろうとしたときに、ヨーナスが思い出したように言う。

「何か?」

「ほら、マクシミリアン様が以前塩の先物取引をやってみたいっておっしゃっていましたよね」

「ああ、確かにそう言った記憶がある」

 フィエルテ王国では塩も先物取引の対象となっていた。
 塩を扱う職業の者からすれば先物取引で予め将来の仕入れ価格を決めておくことが出来れば、価格の変動に影響されないというのは魅力的だろう。
 ローエンシュタイン辺境伯領でも盛んに塩の先物取引が行われている。
 特に、内陸部の領地であり、塩湖などが存在しない領地なので塩は輸入に頼っている。
 だから価格の変動には敏感なのだ。

「例年よりも塩の取引価格が高いのですよ」

「ふうん。行商人が盗賊に襲われたとか、沿岸部の製塩所で何かあったのかな」

「いや、それなら他の都市も値上がりしそうなもんですが、隣のシェーレンベルク公爵領とヒルデブラント伯爵領は例年と同じくらいの価格なんです。そちらも塩を自領で産出しているわけではないので、誰かが意図的に買い占めている感じなんですよねえ」

 我がローエンシュタイン辺境伯領はシェーレンベルク公爵領とヒルデブラント伯爵領と魔の山脈に囲まれている。
 魔の山脈は魔物が跋扈しており、傭兵や寄り子の貴族が時折魔物を狩っている。
 山脈を越えた先に何があるのかは誰もしらない。
 なにせ、奥に進むと魔物が強くなっていき、誰も生きてそこを通過して帰ってきた者がいないのだ。
 そして、人の住む領域はシェーレンベルク公爵領とヒルデブラント伯爵領に接している。
 ローエンシュタイン辺境伯領はフィエルテ王国の最果てという訳だ。

 さて、僕はヨーナスのその話が非常に気になった。
 なにせやり手の商人が価格がおかしいというのだから、なにかしらの影響があるのだろうし、そこに儲けるヒントがあるのだろう。

「ありがとう。時に、僕が先物取引の注文を出したら受けてくれるのかな?」

「証拠金さえ積んでいただければ、直ぐにでも受けますよ」

「どれくらい?」

「1枚100万マルクです。レバレッジは100倍ですね。現引きするなら別途倉庫代をいただきますが」

 注文単位は枚。
 1枚のレバレッジ、つまり倍率が100倍となっている。
 塩1キログラムが5万マルクだとしたら、証拠金100万マルクで100キログラムの塩500万マルク分が扱えるのだ。
 先物には受渡日が設定されており、これを精算日と読んでいる。
 それは毎月設定されており、建玉は一年先の限月まで建てられる。
 建玉(たてぎょく)というのは持っているポジションのことで、限月(げんげつ)というのは何月の精算日かを表す。
 6月限(ろくがつぎり)なら6月の精算日の建玉だ。
 なお、建玉は売りでも買いでも建てる事ができる。
 塩を売る業者と買う業者のどちらもが先物取引を利用する理由だ。

「じゃあ、今もらったお金を証拠金として積むよ。追証は?」

「よくそんな言葉をご存知ですね」

 ヨーナスが驚いてみせた。
 演技っぽさがないので、本当に驚いたのかな。

「まあね。家で聞いたのを覚えていたから」

「左様でございますか。追証は維持率100%を切ったらですね。勿論値洗い時です。でも株式取引は20%ですからお間違えのないように」

「わかったよ。これから家で過去の値動きを調べてみるね。注文をする時はまた来るから」

「承知いたしました」

 ヨーナスは僕から金貨を受け取ると、それをマジックアイテムに入力した。
 なんでも、過去の大賢者が発明したそのマジックアイテムは、取引所とつながっており、追証などの計算をしてくれるのだという。
 コンピューターみたいなものだな。

 さて、ヨーナスから塩の価格の異常を聞いてしまったら、矢も盾もたまらずまっすぐ家に帰り直ぐにゲルハルトに塩の取引価格の記録を出してもらった。
 塩は戦略物資であり、領主として備蓄もしなければならないため、常に取引価格を記録して残してあるのだ。
 それを確認しながら用意した上にローソク足を描いていく。
 ローソク足というのはメジャーなチャート、つまり値動きを記したグラフであり、四本値という始値、高値、安値、終値で構成されている。
 何故四本値が必要なのかといえば、取引の勢いが見ればわかるようになるからだ。
 本当なら毎日の値動きを調べたかったのだが、そこまでの記録は残っておらず、週単位のものしか残っていなかった。
 なので、ローソク足は月足になっている。
 週の価格を一ヶ月単位でまとめて、それでローソク足を描いていった。

 そんな作業を夜中まで続ける。
 途中でゲルハルトが心配して止めに来たが、こんな面白いことを止められるわけもなく、心配してくれてありがたいが、彼には邪魔をしないようにお願いした。

「季節性の値動きはあるのか」

 記録を確認してわかったのだが、夏場は安くなり冬場に向かって価格が上がっていく。
 多分、冬場の方が塩浜の稼働率が悪いのと、輸送が難しくなる事が要因だろう。
 僕の魔法なら一年中塩を作り出せるが、売るなら冬のほうが高く売れるのか。
 ただ、一気に売りに出せば需要と供給のバランスから、夏場くらいの価格になってしまうだろう。
 それでも元手はかからないから十分やっていけるのだが、他の商人が廃業してしまう。
 なので、アイテムボックスに入っている大量の塩も使うことなく、生活費になる程度の少量を作って売る程度だなあ。

 その他突発的に値段が跳ね上がった記録もあり、ローエンシュタイン家の歴史と照らし合わせてみたら、戦争が起こっていたことがわかった。
 戦争に参加する兵士のために、塩を買い入れたので需要と供給のバランスが崩れて値上がりしたのだろう。
 もしくは、物流が混乱したことによる物価の上昇だろうな。

 他には夏場でも価格が下がらない年があった。
 天候不順で塩浜での製塩が捗らなかったのかと思う。
 その年の夏の記録を確認すると、雨が続いたと書いてあったからだ。

 そういったのを除けば、ほぼ毎年似たような値動きになっている。
 今回そんな特殊な要因が無いとするなら、これは仕手戦になる可能性があるな。
 今の時期は夏から秋に変わっていくところで、これから塩の価格が上がりやすいとはいえ、ベテランの商人が違和感を感じる価格なのだから。
 明日もう一度金融街に行って、金融商品取引所の建玉を確認してみよう。
 そう決めて、既に日がのぼろうとしているので、急いで自分の部屋に戻ってベッドに入った。
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