転生個人投機家の異世界相場列伝

犬野純

文字の大きさ
44 / 71
材木相場

44 買い一色

しおりを挟む
 翌日からヨーナスはマクシミリアンの依頼で材木の現物を買いまくった。
 ヨーナスとハーバーも手張りで現物を買う。
 そして、目ざとい投機家の間でそのことが話題になると、次第に提灯が付き始める。
 先物にも買いが入り、スルスルと値を上げていった。
 なお、材木の先物は建玉1枚が100本分であり、証拠金は1枚500万マルクとなっていた。
 ユルゲンの建玉はおよそ1000枚程ある。
 が、それでも現在の利益は100億マルク程度だろう。
 高値で買い増しすることになったので、利益の伸びが悪いのだ。
 なにせ売り注文は提灯筋が買ってしまう。
 日本では提灯筋をイナゴ投資家と呼んでいたが、売り板を食い尽くす様は正しくイナゴである。

 そして、王都の金融商品取引所では、ブリュンヒルデ、ヨーナス、ハーバーの姿が今日もあった。
 ここでは仲買商と、彼らが招待した客が中に入ってトレードをする事ができる。
 勿論、マジックアイテムを使って自分の商会から注文も出来るのだが、あえて他の投機家や投資家に見せるように、金融商品取引所で派手に買いを入れていた。

「ヨーナス、材木の現物を5万本買い増しですわ」

「かしこまりました、お嬢様」

 こんなやり取りを見せつけられては、他の投資家は公爵家の令嬢が材木の値上がりを見越して買い占めを行っていると勘違いしてしまう。
 材木の先物取引の清算日まであと55日というところで、参加者が一斉に買いに走ったのである。
 材木の高値に目をつけて、売り玉を建てていた投機家は一斉に敗走を始めた。
 高値で踏まされての買い戻しである。

 更に翌日も翌々日も値上がりは止まらず、ユルゲンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべることとなった。
 彼は髪の毛も顎髭も加齢により真っ白となった、老齢の商人であった。
 その白い顎髭を手で触りながら、値動きの表示されているマジックアイテムのスクリーンを見て考え事をしている。
 彼の横にいる大番頭は、主人の機嫌が悪いのを察知して、いかに怒られるのを避けるかに脳のリソースを割く。

「まったく、あのご令嬢は相場というものがわかってない。こんな雑な買い方をしたら値がどんどん上がってしまうではないか。だから、ローエンシュタイン家に負けるのだ」

「まったくでございます」

 大番頭は恭しく頭を下げて相槌を打った。
 さらにユルゲンは続ける。

「おまけに、あの時の塩の取引で破産したものが多く、国内の金融商品取引所は値動きが大きくなると、すぐに証拠金を上げるようになってしまった。レバレッジがかけられないではないか」

 彼の言うように、マクシミリアンが派手にやりすぎたせいで、証拠金の改定が頻繁に行われるようになったのだ。
 片手では収まりきらない貴族や商人が破産したので、金融業界としては大きな事件だったのである。
 日本や海外の市場でも、相場環境が著しく変化するような時は、臨時で証拠金を引き上げる措置が取られる。
 しかも、既に建ててある玉もその対象となるのだ。
 だが、株の信用取引については、増担保規制は新規の建玉からとなっている。
 増担保規制とは、通常は信用取引は資金の三倍まで取引出来るのだが、その担保に要求する現金を増加させる行為である。
 相場が過熱した時に冷やす目的で実施されることが多い。

 そして今回、翌日の取引から建玉の必要証拠金が2,000万マルクに引き上げられる事が決まったのである。
 証拠金を一気に4倍も増額するのは過去に前例がない。
 金融商品取引所が値動きを警戒している証拠だ。

「大番頭、シュタイナッハ教皇猊下との席を設けなさい。追加の資金援助をお願いする必要が出てきました。直ぐにですよ、急ぎなさい」

「承知いたしました」

 大番頭は再び恭しく頭を下げた。
 ユルゲンはもっとゆっくりと建玉を増やしていく予定だったのだが、ブリュンヒルデたちのせいでそうも行かなくなった。
 そして、今回の仕手戦の金主はレオンハルト・フォン・シュタイナッハ教皇であった。
 自分の選挙資金を作るために、ユルゲンに資金を提供し、相場を張らせているのであった。
 何しろ、名前を表に出すわけには行かないので、ユルゲンの名前を借りることになる。
 なので、ユルゲンとしては証拠金が足りなくなったら、教皇に追加で資金を提供してもらうことになるのだ。

 早速その夜緊急の会談となった。
 教皇としても、選挙資金は最優先事項であり、何をおいても解決すべき問題であった。
 場所はユルゲンが用意した個室のある料理店、イメージでは料亭に近いだろうか。
 決して客の秘密を外に漏らさない店であった。
 その一室にユルゲンと鋭い目つきの太った中年男性がいた。
 ただ、どことなくギルベルトに似た顔立ちであった。
 親子なので当然ではあるが。

「それで追加の資金が必要になったと言うわけか」

 教皇はユルゲンをジロリと睨んだ。
 既にユルゲンから説明を受け、事の経緯はわかったのだが、選挙前のこの時期に大金を動かしてスキャンダルは抱えたくはなかった。
 教皇は個人資産が莫大ではあったが、ギルベルトが追加で要求してきたのは4000億マルクであった。
 総資産からすれば問題なく支払えるが、今すぐに現金としてそれを用意するのは難しい。
 となると、教会に信者が納めた浄財を使う必要があった。
 それを政敵の副教皇にでも見つかってしまえば、何かしらの攻撃材料に使われてしまうだろう。
 教皇はそれを恐れていた。
 投票権を持つ者の中には、清廉潔白で金で転ばないどころか、不正を嫌う者もいる。
 その者たちの票が他へ流れると、どう転ぶかわからないので、無理に動くのは即決出来ずにいた。

「今すぐにとなると難しい。しかし、資産を換金しながら段階的にであれば可能だが」

「それで問題ありません。要はあの日までに建玉があればよいのですから」

「油断して失敗するでないぞ」

「任せておいて下さいませ」

 二人のその姿はさながら、時代劇の悪代官と悪徳商人のものであった。
 もちろんその通りであるので、そう見えるのは当然であった。
 教皇がその地位にこだわるのは、教皇の座を追われると今までの悪事がバレる可能性があるからだった。
 更に、自分の愛でている少年聖歌隊を他人に取られたくは無いという理由もあった。
 ユルゲンにしても、教皇と癒着して甘い汁を吸ってきたのだが、それは教団にとって不利益なものも含まれていた。
 今は教皇の権力に守られているので、それに気付いたものがいたとしても握りつぶせるが、教皇がレオンハルトから変わってしまえばどうなるかはわからない。
 次の教皇にうまく取り入る事ができる保証は何処にもないのだ。
 一蓮托生なのである。

 こうして直ぐにではないが、ユルゲンが買い上がる準備は進んでいった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない

成瀬一
ファンタジー
HOTランキング1位感謝です!(2/3) 「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー) ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。 神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。 そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。 ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。 早く穏やかに暮らしたい。 俺は今日も、規格外に育った野菜を手に、皆の姿を眺めている。 【毎日18:00更新】 ※表紙画像はAIを使用しています

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...