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第13話 ラヴィリンスって言ったら〇馬のホテルだよね
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群れがいると聞いて俺は緊張する。
なにせ、戦闘に関する能力はない。
敵が接近してくる気配も感知できないのだ。
と思ったが、斥候の作業標準書を作ったじゃないかと思い出した。
作業標準書に記述してあったことを思い出す。
周囲の気配に気を配る方法を試した。
「50メートル先に5体の気配を感じる。気配の大きさからしてゴブリンだな。」
俺がそう言うと、コルベットが不思議そうな顔をした。
「私が感知出来ていないのに、それは無いでーす」
彼女の索敵範囲外なのか、それとも俺の勘違いなのか。
先に進めば判ることだな。
俺が教えを受けたのは金等級の斥候だ。
ギルド長が口を利いてくれたので、本来であれば接触できるような人ではないが、快くそのノウハウを伝授してくれた。
「はっ、適正ジョブが無いやつが、コルベットが察知できない敵を確認できるっていうのなら、適正ジョブを作った創造神もどうかしているって事だな」
シルビアに嫌味を言われる。
しかし、それは結果を見てからにしてもらいたい。
先入観からの予測など、現実の前には無意味だ。
脳内でつくったライン構成での見積もりを何度失敗したことか。
そうだ、いつだって三現主義が重要なのだよ。
ただ、シルビアは俺を馬鹿にしつつも、この先に敵がいるという前提で、気配を殺しながら進む。
そこいらへんはプロだな。
そして、ついにその場所を視認できる所まで来た。
――結果は
「本当に5匹いやがった。カビーネ、何匹を相手できる?」
「3匹は任せて下さい」
「よし、魔法を撃ち込んだのを合図に、あたしが切り込む」
「わかりました」
本当にいたよ。
この事から判断して、銅等級では索敵範囲が30メートルくらいか。
金等級では50メートル以上まで索敵できる事が判ったぞ。
作業標準書に従えば、誰でもそこまで到達できるのかは疑問だが。
「大気に潜みし雷竜よ、我が敵を滅ぼす雷槌となれ。【ライトニング】」
バリバリと轟音を立てて、雷が一直線にゴブリンたちに襲いかかる。
カビーネは自ら言ったように、射線上の3匹を倒した。
魔法が終わると同時に、シルビアが矢のような速さで飛び出す。
仲間がやられて呆気にとられているゴブリンをあっという間に斬り殺した。
見事としか言いようがない。
彼女はまたもゴブリンの耳を切り取ると、俺の方へズカズカと歩いてきた。
そして俺の胸ぐらを掴んだ。
「どうして斥候でもないお前がゴブリンが居ると判ったんだ。数まで当てたんだから偶然じゃないだろ」
「く、苦しい……」
俺が苦しんでいるのを見て、コルベットさんが間に入ってくれた。
なんて野蛮なんだ、普通に会話が出来ないのか。
「これが俺のスキルなんですよ。他人の能力を真似するとでもいいましょうかね」
作業標準書というのを説明するのが面倒だったので、真似すると簡単に説明しておいた。
作業標準書もベテランの真似だし、間違ってはいないな。
「そんな能力があるなら、お前が斥候として一番前を歩けばいいだろ」
「それだと、さっきみたいに矢を撃たれた時に回避出来ないので、死んじゃいますよ」
「それもそうか」
隊列は今までのままでも、俺ならコルベットよりも先に敵を発見できるので、見つけ次第シルビアに伝えるということで納得してもらった。
更に奥へと進んでいくが、中々罠にも敵にも遭遇しない。
ついでに言えば、他の冒険者にも遭遇しない。
このままでは引き返す時間になりそうだなと思っていたら、ついに俺の索敵範囲に敵が入ってきた。
それも多数だ。
「前方100メートル、数え切れないほどの敵がこちらに迫ってきます!!」
俺は焦った。
瞬時に数え切れないほどの敵なのだ。
こちらはシルビアとカビーネ以外は戦力にならない。
コルベットはそれでも少しは戦えるのだろうが、その実力はシルビア程ではないだろう。
「トレインか。カビーネ土壁を作れるか?」
「はい」
シルビアは冷静にカビーネに指示を出す。
土壁を作って、進軍速度を落とさせるのと同時に、一度に相手をする敵の数を減らすのだ。
すぐさまカビーネが土壁を迷路のように作る。
それが終わった時、前方から冒険者達がこちらに走ってくるのが見えた。
「来たか」
シルビアが前方を睨んで剣を構える。
「すまない、トレインになっている。すぐ後ろにモンスターの大群が来ているんだ」
先頭をはしる冒険者が叫んだ。
見れば後ろからはゴブリンやオーク、迷宮蟻に迷宮蟷螂まで見える。
全部で100体はいるんじゃないかな。
彼らは止まること無く、俺達の横を走り抜けていった。
俺も一緒に逃げたい。
「カビーネ、さっきの雷まだいけるか?」
「土壁で魔力を消耗したので、1回だけですね」
「それでいい、やってくれ」
シルビアがカビーネに再びライトニングを撃たせた。
密集したモンスターは、10体くらい焼け焦げただろうか。
そこで魔力の切れたカビーネは後方に下がる。
代わってシルビアが前に出た。
前に出たといっても、土壁で細くした通路の出口で待ち構えているのだが。
モンスター同士で圧迫された通路からやっと出てきた連中は、そこで待ち構えているシルビアに次々と倒されていった。
「これが銀等級の実力か」
俺は彼女の動きに目を奪われた。
全く無駄なく剣を振るうその姿は、戦乙女が権現したのではないかといわんばかりの神々しさだ。
彼女が剣を振るう度に死体の山が築かれていく。
徐々に通路の出口は通りづらさをましていく。
俺の索敵での反応もあと僅かとなり、終りが見えてきた。
「いける」
俺がそう口にしたのが良くなかったのか、次の瞬間、シルビアの横の土壁に大穴が空いた。
穴が空く時に飛んだ石礫で視界を奪われたシルビアに、巨大な拳の一撃がヒットした。
彼女の体は吹っ飛び、ダンジョンの壁に当たって止まった。
倒れ込んで起きてこない。
「オーガ……」
カビーネがモンスターの種類を教えてくれた。
オーガ、ファンタジー小説では人食い鬼として出現する強敵だ。
それはこの世界でも一緒である。
「こんな階層にオーガが出るなんて聞いた事ないでーす」
コルベットの言うように、オーガと戦う適正等級は銀等級以上であり、地下10階層には不釣り合いなモンスターだ。
さっき走り抜けていった連中は、どこからこんな大物を引っ張ってきたというのだ。
いや、そんな詮索は後だな。
まずは目の前の強敵をなんとかしないと。
俺の持っている作業標準書ではショートソードくらいしか戦闘に役立つものがない。
それでも、コルベットやカビーネよりはマシだろう。
オーガの筋肉をショートソードで切り裂けるか知らんが、兎に角俺がやるしかない。
腰に差したショートソードを鞘から抜いて、オーガに向かって走り出した。
「アルト、あんたのジョブでどうやって戦うのよ」
カビーネが悲痛な叫びを上げた。
「俺のことはいいから、シルビアの事を頼む」
シルビアはあれからピクリとも動かないので心配だ。
オーガの一撃をまともに喰らったのだ、かなりのダメージがはいったはずだ。
一刻の猶予もないので、早い所ポーションを飲ませてやってほしい。
「貴様以外は皆メスか。貴様を殺して、メスは孕み袋とさせてもらおう」
「それは遠慮させてもらいましょう。俺はまだ対策書が書けていないんでね」
オーガは俺以外は殺さないつもりのようだ。
まあ、生きている方が辛いことっていうのもあるけどな。
俺も、折角転生したので、こんなところで死にたくない。
生まれ変わっても品質管理だったが、だからといって人生を投げ出すほどではないのだ。
そうだ、今こそこの世界で初めて作った作業標準書を思い出すんだ。
「何を意味のわからんことを言っておる。まあよい、死ね」
オーガはシルビアを気絶させた一撃を俺にも放った。
まともに受ければ二の舞だ。
俺はそれを受け流す。
ショートソードをオーガの拳に横から当てて、その軌道を逸したのだ。
拳が空を切る。
「ぬっ」
オーガが不機嫌になったのがわかった。
相手の拳を躱してホッとしたのもつかの間、まだ生き残っていた迷宮蟻が横から襲ってきた。
そいつの首の付け根をショートソードで斬る。
蟻の首が宙に舞って、切り口から勢いよく血が噴き出した。
昆虫だけあって、頭部が無くなっても、暫くは動いていたが、やがて静かになった。
「ふう、やれるじゃないか」
俺は自分の腕が信じられなかった。
誰でも同じように作業ができるがお題目の作業標準書が、まさか異世界で本当に同じことをさせてくれるとは思ってもいなかった。
いままで馬鹿にしていてごめんよ。
俺は再びオーガに向かってショートソードを構える。
奴の筋肉を切り裂くのは無理だな。
目か口の中という鍛えられないところを狙おう。
2メートルを越えるサイズのオーガの首から上を狙うには、俺の身長ではリーチが足りない。
どうにかして奴に頭を下げさせないとな。
オーガの体を観察すると、下半身の生殖器官が鍛えられないのではないかと気がついた。
「うぉぉぉ」
俺は気合と共に、オーガの懐に飛び込む。
奴は相変わらずその拳で俺を狙ってきた。
再びショートソードでそれを受け流し、隙きが出来たのを見逃さず、股間部を狙う。
「グアアアアアアア」
ビチャリという音がして、生殖器官が地面に落ちた。
俺のショートソードがそれを斬り裂いたからだ。
叫びながら蹲るオーガ。
その口は空いたままだ。
そこに俺はショートソードを突き立てる。
鋼のような筋肉に守られていない口の中は、俺の力でも貫くことが出来た。
ショートソードは上顎から脳に到達し、オーガの生命活動を停止させる。
ショートソードを抜くと、返り血を思いっきり浴びてしまい、全身が真っ赤に染まった。
その血を拭うこと無く、残っていたモンスターを退治した。
強かったのはオーガのみで、後は危険もなく排除することが出来た。
「――ハアハア、作業標準書通りに動くことはできるが、体力が持続しないな。8時間の労働を考えたら、やはりこれには無理があるぞ」
生き残ったという感情よりも先に、作業標準書の分析をしてしまう自分のワーカホリックが憎い。
それでも判ったことをすぐに分析しないと、忘れてしまうので、今やらなくてはならないのだ。
この作業標準書に問題があるとすれば、トップスピードを常に求められる事というか。
ギルド長は最終的には金等級の冒険者だったと聞く。
彼の鍛えられた肉体でこそ実現できるこの動作を、大して鍛えていない俺が再現するには無理がある。
今までの鍛冶や斥候ならなんとかなったが、剣士の動きともなるとかなりきつい事が判明した。
これは明日は壮絶な筋肉痛が予想される。
「アルト、シルビアの意識が戻らなくて、ポーションを飲ませても吐き出しちゃうの」
俺が作業標準書の改定を考えていると、後ろからカビーネに呼ばれた。
いかんな、急がないとシルビアが死んでしまいそうだ。
人が死ぬのは重大な労働災害だ。
体制監査時に重大な指摘を喰らってしまう。
いや、そうじゃない。
人命をそう考えさせるようにした会社が憎い……
「口移しだな」
「口移しですか」
俺はシルビアの上半身を抱きかかえると、カビーネからポーションを受け取り、自分の口に含んだ後でシルビアに口づけして、そのポーションを流し込んだ。
高級ポーションなので、直ぐにでも意識が戻るかと思ったのだが、どうもそうではなかった。
「ダメージが思ったよりも大きいみたいですね。シルビアさん程鍛えていたので死ななかっただけで、他の冒険者だったら死んでいたのだと思います。でも、彼女もいつまでもつかわかりません」
カビーネが悲痛な表情をした。
「シルビアを助ける方法は無いかい?」
「癒し手のジョブを持った人がいれば。でもこんな迷宮じゃ偶然通りかかるのを待つしかないです」
「癒し手か」
そういえば、癒し手の人に教えてもらった作業標準書があったな。
俺は作業標準書を見ながら【ヒール】を使った。
ヒールは万能の回復魔法だと思ってもらえばいい。
瀕死の人間を死の淵から生還させ、四肢を失った者もそれを再生させてしまう。
ヤックデカルチャー!!
使い方あってる?
「――ん……」
ヒールの効果が出てきたのか、シルビアが意識を取り戻した。
最初からこれを使っていればよかった。
私のファーストキスを返して。
冗談はこれくらいにして、今日のところはここで引き返そう。
俺もいっぱいいっぱいだ。
「街に戻ろう」
俺がそう言うと、みんな無言で首肯した。
大量に積み上がったモンスターの死骸から、素材として使用できそうな物を剥いで、持てるだけ持った。
これがクエスト失敗理由のドロップアイテムが多すぎってやつか。
クエスト成功よりも、価値が高いなら、その選択もありだな。
やはり何事も体験だ。
冒険者の気持ちがよく理解できた。
街に戻り、冒険者ギルドで素材を買い取ってもらい、トレインをしていた冒険者を報告してパーティーメンバーと別れた。
彼女達は俺の護衛をしてくれていたので、素材を買い取ってもらい得たお金は三人で分けてもらった。
――品質管理の経験値+20,150
――品質管理のレベルが13に上がりました
脳内にいつもの声が響く。
ん、レベル13だと!
なんでこんなに一気にレベルがあがるんだろうか。
いや、経験値の入り方が異常なんだな。
所謂一つのパワーレベリングって奴だ。
レベル3だった俺が銅等級と銀等級の冒険者と一緒に迷宮に潜り、モンスターを倒したのだから、このレベルでは考えられないくらいの経験値を得たのだろう。
ステータス画面には、新規のスキルが灰色で表示されている。
これは選択次第で分岐があるということだろうか。
どれを取得するかでこの先が決まる予感がしてならない。
作業標準書(改)ですらその効果が判っていないのに、どのスキルを取得すればいいというのだ。
迷宮から無事帰還して、ゆっくり休めると思ったのに、頭を悩ますネタが増えてしまった。
なにせ、戦闘に関する能力はない。
敵が接近してくる気配も感知できないのだ。
と思ったが、斥候の作業標準書を作ったじゃないかと思い出した。
作業標準書に記述してあったことを思い出す。
周囲の気配に気を配る方法を試した。
「50メートル先に5体の気配を感じる。気配の大きさからしてゴブリンだな。」
俺がそう言うと、コルベットが不思議そうな顔をした。
「私が感知出来ていないのに、それは無いでーす」
彼女の索敵範囲外なのか、それとも俺の勘違いなのか。
先に進めば判ることだな。
俺が教えを受けたのは金等級の斥候だ。
ギルド長が口を利いてくれたので、本来であれば接触できるような人ではないが、快くそのノウハウを伝授してくれた。
「はっ、適正ジョブが無いやつが、コルベットが察知できない敵を確認できるっていうのなら、適正ジョブを作った創造神もどうかしているって事だな」
シルビアに嫌味を言われる。
しかし、それは結果を見てからにしてもらいたい。
先入観からの予測など、現実の前には無意味だ。
脳内でつくったライン構成での見積もりを何度失敗したことか。
そうだ、いつだって三現主義が重要なのだよ。
ただ、シルビアは俺を馬鹿にしつつも、この先に敵がいるという前提で、気配を殺しながら進む。
そこいらへんはプロだな。
そして、ついにその場所を視認できる所まで来た。
――結果は
「本当に5匹いやがった。カビーネ、何匹を相手できる?」
「3匹は任せて下さい」
「よし、魔法を撃ち込んだのを合図に、あたしが切り込む」
「わかりました」
本当にいたよ。
この事から判断して、銅等級では索敵範囲が30メートルくらいか。
金等級では50メートル以上まで索敵できる事が判ったぞ。
作業標準書に従えば、誰でもそこまで到達できるのかは疑問だが。
「大気に潜みし雷竜よ、我が敵を滅ぼす雷槌となれ。【ライトニング】」
バリバリと轟音を立てて、雷が一直線にゴブリンたちに襲いかかる。
カビーネは自ら言ったように、射線上の3匹を倒した。
魔法が終わると同時に、シルビアが矢のような速さで飛び出す。
仲間がやられて呆気にとられているゴブリンをあっという間に斬り殺した。
見事としか言いようがない。
彼女はまたもゴブリンの耳を切り取ると、俺の方へズカズカと歩いてきた。
そして俺の胸ぐらを掴んだ。
「どうして斥候でもないお前がゴブリンが居ると判ったんだ。数まで当てたんだから偶然じゃないだろ」
「く、苦しい……」
俺が苦しんでいるのを見て、コルベットさんが間に入ってくれた。
なんて野蛮なんだ、普通に会話が出来ないのか。
「これが俺のスキルなんですよ。他人の能力を真似するとでもいいましょうかね」
作業標準書というのを説明するのが面倒だったので、真似すると簡単に説明しておいた。
作業標準書もベテランの真似だし、間違ってはいないな。
「そんな能力があるなら、お前が斥候として一番前を歩けばいいだろ」
「それだと、さっきみたいに矢を撃たれた時に回避出来ないので、死んじゃいますよ」
「それもそうか」
隊列は今までのままでも、俺ならコルベットよりも先に敵を発見できるので、見つけ次第シルビアに伝えるということで納得してもらった。
更に奥へと進んでいくが、中々罠にも敵にも遭遇しない。
ついでに言えば、他の冒険者にも遭遇しない。
このままでは引き返す時間になりそうだなと思っていたら、ついに俺の索敵範囲に敵が入ってきた。
それも多数だ。
「前方100メートル、数え切れないほどの敵がこちらに迫ってきます!!」
俺は焦った。
瞬時に数え切れないほどの敵なのだ。
こちらはシルビアとカビーネ以外は戦力にならない。
コルベットはそれでも少しは戦えるのだろうが、その実力はシルビア程ではないだろう。
「トレインか。カビーネ土壁を作れるか?」
「はい」
シルビアは冷静にカビーネに指示を出す。
土壁を作って、進軍速度を落とさせるのと同時に、一度に相手をする敵の数を減らすのだ。
すぐさまカビーネが土壁を迷路のように作る。
それが終わった時、前方から冒険者達がこちらに走ってくるのが見えた。
「来たか」
シルビアが前方を睨んで剣を構える。
「すまない、トレインになっている。すぐ後ろにモンスターの大群が来ているんだ」
先頭をはしる冒険者が叫んだ。
見れば後ろからはゴブリンやオーク、迷宮蟻に迷宮蟷螂まで見える。
全部で100体はいるんじゃないかな。
彼らは止まること無く、俺達の横を走り抜けていった。
俺も一緒に逃げたい。
「カビーネ、さっきの雷まだいけるか?」
「土壁で魔力を消耗したので、1回だけですね」
「それでいい、やってくれ」
シルビアがカビーネに再びライトニングを撃たせた。
密集したモンスターは、10体くらい焼け焦げただろうか。
そこで魔力の切れたカビーネは後方に下がる。
代わってシルビアが前に出た。
前に出たといっても、土壁で細くした通路の出口で待ち構えているのだが。
モンスター同士で圧迫された通路からやっと出てきた連中は、そこで待ち構えているシルビアに次々と倒されていった。
「これが銀等級の実力か」
俺は彼女の動きに目を奪われた。
全く無駄なく剣を振るうその姿は、戦乙女が権現したのではないかといわんばかりの神々しさだ。
彼女が剣を振るう度に死体の山が築かれていく。
徐々に通路の出口は通りづらさをましていく。
俺の索敵での反応もあと僅かとなり、終りが見えてきた。
「いける」
俺がそう口にしたのが良くなかったのか、次の瞬間、シルビアの横の土壁に大穴が空いた。
穴が空く時に飛んだ石礫で視界を奪われたシルビアに、巨大な拳の一撃がヒットした。
彼女の体は吹っ飛び、ダンジョンの壁に当たって止まった。
倒れ込んで起きてこない。
「オーガ……」
カビーネがモンスターの種類を教えてくれた。
オーガ、ファンタジー小説では人食い鬼として出現する強敵だ。
それはこの世界でも一緒である。
「こんな階層にオーガが出るなんて聞いた事ないでーす」
コルベットの言うように、オーガと戦う適正等級は銀等級以上であり、地下10階層には不釣り合いなモンスターだ。
さっき走り抜けていった連中は、どこからこんな大物を引っ張ってきたというのだ。
いや、そんな詮索は後だな。
まずは目の前の強敵をなんとかしないと。
俺の持っている作業標準書ではショートソードくらいしか戦闘に役立つものがない。
それでも、コルベットやカビーネよりはマシだろう。
オーガの筋肉をショートソードで切り裂けるか知らんが、兎に角俺がやるしかない。
腰に差したショートソードを鞘から抜いて、オーガに向かって走り出した。
「アルト、あんたのジョブでどうやって戦うのよ」
カビーネが悲痛な叫びを上げた。
「俺のことはいいから、シルビアの事を頼む」
シルビアはあれからピクリとも動かないので心配だ。
オーガの一撃をまともに喰らったのだ、かなりのダメージがはいったはずだ。
一刻の猶予もないので、早い所ポーションを飲ませてやってほしい。
「貴様以外は皆メスか。貴様を殺して、メスは孕み袋とさせてもらおう」
「それは遠慮させてもらいましょう。俺はまだ対策書が書けていないんでね」
オーガは俺以外は殺さないつもりのようだ。
まあ、生きている方が辛いことっていうのもあるけどな。
俺も、折角転生したので、こんなところで死にたくない。
生まれ変わっても品質管理だったが、だからといって人生を投げ出すほどではないのだ。
そうだ、今こそこの世界で初めて作った作業標準書を思い出すんだ。
「何を意味のわからんことを言っておる。まあよい、死ね」
オーガはシルビアを気絶させた一撃を俺にも放った。
まともに受ければ二の舞だ。
俺はそれを受け流す。
ショートソードをオーガの拳に横から当てて、その軌道を逸したのだ。
拳が空を切る。
「ぬっ」
オーガが不機嫌になったのがわかった。
相手の拳を躱してホッとしたのもつかの間、まだ生き残っていた迷宮蟻が横から襲ってきた。
そいつの首の付け根をショートソードで斬る。
蟻の首が宙に舞って、切り口から勢いよく血が噴き出した。
昆虫だけあって、頭部が無くなっても、暫くは動いていたが、やがて静かになった。
「ふう、やれるじゃないか」
俺は自分の腕が信じられなかった。
誰でも同じように作業ができるがお題目の作業標準書が、まさか異世界で本当に同じことをさせてくれるとは思ってもいなかった。
いままで馬鹿にしていてごめんよ。
俺は再びオーガに向かってショートソードを構える。
奴の筋肉を切り裂くのは無理だな。
目か口の中という鍛えられないところを狙おう。
2メートルを越えるサイズのオーガの首から上を狙うには、俺の身長ではリーチが足りない。
どうにかして奴に頭を下げさせないとな。
オーガの体を観察すると、下半身の生殖器官が鍛えられないのではないかと気がついた。
「うぉぉぉ」
俺は気合と共に、オーガの懐に飛び込む。
奴は相変わらずその拳で俺を狙ってきた。
再びショートソードでそれを受け流し、隙きが出来たのを見逃さず、股間部を狙う。
「グアアアアアアア」
ビチャリという音がして、生殖器官が地面に落ちた。
俺のショートソードがそれを斬り裂いたからだ。
叫びながら蹲るオーガ。
その口は空いたままだ。
そこに俺はショートソードを突き立てる。
鋼のような筋肉に守られていない口の中は、俺の力でも貫くことが出来た。
ショートソードは上顎から脳に到達し、オーガの生命活動を停止させる。
ショートソードを抜くと、返り血を思いっきり浴びてしまい、全身が真っ赤に染まった。
その血を拭うこと無く、残っていたモンスターを退治した。
強かったのはオーガのみで、後は危険もなく排除することが出来た。
「――ハアハア、作業標準書通りに動くことはできるが、体力が持続しないな。8時間の労働を考えたら、やはりこれには無理があるぞ」
生き残ったという感情よりも先に、作業標準書の分析をしてしまう自分のワーカホリックが憎い。
それでも判ったことをすぐに分析しないと、忘れてしまうので、今やらなくてはならないのだ。
この作業標準書に問題があるとすれば、トップスピードを常に求められる事というか。
ギルド長は最終的には金等級の冒険者だったと聞く。
彼の鍛えられた肉体でこそ実現できるこの動作を、大して鍛えていない俺が再現するには無理がある。
今までの鍛冶や斥候ならなんとかなったが、剣士の動きともなるとかなりきつい事が判明した。
これは明日は壮絶な筋肉痛が予想される。
「アルト、シルビアの意識が戻らなくて、ポーションを飲ませても吐き出しちゃうの」
俺が作業標準書の改定を考えていると、後ろからカビーネに呼ばれた。
いかんな、急がないとシルビアが死んでしまいそうだ。
人が死ぬのは重大な労働災害だ。
体制監査時に重大な指摘を喰らってしまう。
いや、そうじゃない。
人命をそう考えさせるようにした会社が憎い……
「口移しだな」
「口移しですか」
俺はシルビアの上半身を抱きかかえると、カビーネからポーションを受け取り、自分の口に含んだ後でシルビアに口づけして、そのポーションを流し込んだ。
高級ポーションなので、直ぐにでも意識が戻るかと思ったのだが、どうもそうではなかった。
「ダメージが思ったよりも大きいみたいですね。シルビアさん程鍛えていたので死ななかっただけで、他の冒険者だったら死んでいたのだと思います。でも、彼女もいつまでもつかわかりません」
カビーネが悲痛な表情をした。
「シルビアを助ける方法は無いかい?」
「癒し手のジョブを持った人がいれば。でもこんな迷宮じゃ偶然通りかかるのを待つしかないです」
「癒し手か」
そういえば、癒し手の人に教えてもらった作業標準書があったな。
俺は作業標準書を見ながら【ヒール】を使った。
ヒールは万能の回復魔法だと思ってもらえばいい。
瀕死の人間を死の淵から生還させ、四肢を失った者もそれを再生させてしまう。
ヤックデカルチャー!!
使い方あってる?
「――ん……」
ヒールの効果が出てきたのか、シルビアが意識を取り戻した。
最初からこれを使っていればよかった。
私のファーストキスを返して。
冗談はこれくらいにして、今日のところはここで引き返そう。
俺もいっぱいいっぱいだ。
「街に戻ろう」
俺がそう言うと、みんな無言で首肯した。
大量に積み上がったモンスターの死骸から、素材として使用できそうな物を剥いで、持てるだけ持った。
これがクエスト失敗理由のドロップアイテムが多すぎってやつか。
クエスト成功よりも、価値が高いなら、その選択もありだな。
やはり何事も体験だ。
冒険者の気持ちがよく理解できた。
街に戻り、冒険者ギルドで素材を買い取ってもらい、トレインをしていた冒険者を報告してパーティーメンバーと別れた。
彼女達は俺の護衛をしてくれていたので、素材を買い取ってもらい得たお金は三人で分けてもらった。
――品質管理の経験値+20,150
――品質管理のレベルが13に上がりました
脳内にいつもの声が響く。
ん、レベル13だと!
なんでこんなに一気にレベルがあがるんだろうか。
いや、経験値の入り方が異常なんだな。
所謂一つのパワーレベリングって奴だ。
レベル3だった俺が銅等級と銀等級の冒険者と一緒に迷宮に潜り、モンスターを倒したのだから、このレベルでは考えられないくらいの経験値を得たのだろう。
ステータス画面には、新規のスキルが灰色で表示されている。
これは選択次第で分岐があるということだろうか。
どれを取得するかでこの先が決まる予感がしてならない。
作業標準書(改)ですらその効果が判っていないのに、どのスキルを取得すればいいというのだ。
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ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
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貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
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転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて
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森の国編 ヴェルトゥール王国戦記
大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。
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(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
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容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
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転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
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ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中に呆然と佇んでいた。
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