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第29話 新人教育のOJT
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その日、冒険者ギルドは騒然としていた。
新しい冒険者ギルドのギルド長が乗り込んできたのである。
ここで初めて相手のギルド長が誰であるのかを知った。
「カイロン伯爵だったのね」
シルビアは彼の事を知っていたようだ。
禿上がった頭に、中年太りのお腹。
それが豪華な服を着ているので、なんとか貴族だとわかるが、どう見ても安い居酒屋でくだを巻いている中間管理職といったイメージだ。
そのおっさんが冒険者ギルドのロビーで悪態をついている。
「古臭い建物だな。俺ならこんなところは取り壊して、新しく建て替えてやるぞ」
その言葉を聞いて、ロビーに駆け付けていた職員から罵声が飛ぶ。
しかし、伯爵はそんな罵声を受けても涼しい顔だ。
「ようこそいらっしゃいました」
ギルド長がカイロン伯爵を出迎えた。
「ふん、職員の教育がなっていないようだな。馘にしたらどうかね」
「彼らはよくやってくれていますよ。教育が至らないのは私の責任です」
そういうと二人は応接室に入っていった。
「なにかしらね」
シルビアが二人の消えていったドアを睨みながら俺に聞いてくる。
「ライバル企業のトップが直々に乗り込んで来たんだ。いい話じゃないだろうな」
「そうよね」
「ところで、シルビア。カイロン伯爵を知っているような感じだったけど」
「ええ、この街の貴族だから。むしろ知らなかったあんたが不思議なくらいよ」
そりゃあ、食うに困ってここに流れ着いたので、街の事なんて何もしらないんだよ。
知りあいだって、ここの職員とギルドに関わりのある少数だけだ。
「彼について知っていることを教えて欲しい」
「いいわよ。このステラは迷宮があるので、国の直轄地になっているの。代々将軍が街のトップを務めているのだけど、それを監視するのが貴族なのよ。カイロン伯爵はその監視役ね。だから、将軍からは煙たがられているわ。将軍の監視役だからある程度の爵位があるけど、他の伯爵と比べて領地は小さいわ。そのせいでお金が無いのよね」
「つまり万年金欠だったわけだ」
「そう。年に数回王都に監視結果を報告に行くのだけど、その費用にも苦労していたみたいよ。王都の屋敷の維持費だって馬鹿にならないわ。だから冒険者ギルドを自分で経営して、その利益を懐に入れたかったのでしょうね」
「そう言っても、冒険者ギルドだって税金を納めているのだから、そんなには儲からないだろう?」
そう、冒険者ギルドからの税金は馬鹿にならない。
だからこそ、この地が直轄地となっているのだ。
「そんなのどうにだってなるわよ。相手はこの街の監査役よ。彼を監視する人がいないんだもの」
「言われてみれば」
シルビアの方が頭の回転が速い。
どうしたことか。
いままで裏でこそこそやっていたのが、こうして乗り込んで来たんだ。
碌な事じゃないとは思うが、考えても仕方がないので、自分の席に戻ってコーヒーを飲んだ。
1時間くらいしてカイロン伯爵は部屋から出てきて、冒険者ギルドの中を少し見学して帰っていった。
カイロン伯爵が帰った後、心配した職員たちがギルド長を囲んだ。
「何を言われたんですか?」
「新しい嫌がらせですか?」
口々に質問をするので、ギルド長が困った顔をする。
「いや、普通の挨拶だったね。自分たちはノウハウが無いので、学ばせてもらいたいと。それから最近こちらのクエストを受けた冒険者と、あちらのクエストを受けた冒険者が迷宮でバッティングするのでトラブルが増えているんだ。以前は冒険者のトラブルは冒険者ギルドが仲裁していたけど、今は別々の冒険者ギルドからの依頼となっているので、それを仲裁する機関を作りたいと言っていたよ」
仲裁する機関か。
本来であれば街を管轄する将軍が、仲裁する機関を作ればよいのだが、カイロン伯爵は将軍に煙たがられているから、独自の仲裁する機関にしたいんだろうな。
「向こうの台所事情を考えると、かなり厳しいのでしょうね」
そう言ったのはトミーカイラ副部長だ。
副部長じゃないけど。
「どういうことでしょうか」
「いいかい、アルト。向こうはこちらよりも高値で素材を買い取っているんだ。でも売値は変わらないとすれば利益率は低い。それに、不慣れな職員が多いので、こちらよりも多くの職員を雇わないと同じ仕事量をこなせないから人件費もかかる。さらに、カイロン伯爵がその開業資金や運転資金を自前で用意できたとは思えないから、どこかから莫大な借金をしたのだろう。その返済を迫られている可能性があるんだよ」
つまりはキャッシュフローがヤバイってことか。
乗り込んで来たのは藁にも縋る思いなんだろうな。
いつか見た光景だ。
「結局のところ、儲かっているのを真似しようとしても、ノウハウが無ければ簡単には儲からないのだろうな。板金加工メーカーが金属切削に乗り込んで撤退したのを見ているようだ。まあ、次に考えられるのはノウハウを持った人間のヘッドハンティングだろうけど」
「板金加工や金属切削がよくわからないけど、ヘッドハンティングはありそうだね」
トミーカイラの予想通り、後日数名のスタッフがこちらを辞めて、向こうの冒険者ギルドに就職した。
「恩知らずよ!」
シルビアが怒っている。
引き抜かれたスタッフが、この冒険者ギルドを簡単に見限ったのが気に入らないのだ。
「そうはいっても、向こうのほうが給金が良かったんじゃないかな。それなら止めることはできないよ」
「それでも恩義ってものがあるでしょ」
こんな議論は散々やったな。
でも前世では、会社は俺達の事をそんなに思っていてはくれなかった。
だったら、給料が良いほうに流れるよね。
その点、ここの冒険者ギルドは違う。
少なくとも、役に立たない俺を拾ってくれたのだ。
俺は相手から提示された給料が良くとも、ここを捨てて出ていくつもりはない。
シルビアが言う事もわかる。
「まあ、こっちも引き抜かれた分忙しくなりそうだね」
俺の言った通り、後日補充した新人を教育しながらの業務に、各職場がヒイヒイと言っていた。
OJTと云えば聞こえは良いが、実際は未経験者を実践投入しているだけだ。
OJT、オン・ザ・ジョブ・トレーニングは実務の中で教育をしていく仕組みであり、戦争で例えるなら、古参兵と一緒に新人を戦場に立たせて鍛えるものである。
指導する側の能力で、新人の能力にばらつきがでるので、指導者の教育も必要となる。
そこをフォローするのが今回の俺の役割だ。
俺は各職場のベテランの話を聞きながら、指導するポイントと、評価すべき項目をまとめた資料を作成した。
ついでに【作業標準書】のスキルを使って、俺も作業を覚える。
これなら指導する際に空いた穴を俺が埋められる。
そんなわけで、受付、食堂、宿、売店と色々な職場をフォローした。
数日もすると新人たちはルーティンワークならこなせるようになり、俺はサポート業務から解放される事になった。
時を同じくして、引き抜かれたスタッフが向こうを辞めて、また戻ってきたいと相談に来た。
「面談が終わったわよ」
俺が遅い昼食を食堂で取っていると、そこにシルビアがやってきた。
「ギルド長は優しいから、彼等をもう一回雇用しようか迷っていたけど、トミーカイラが『新しく雇った者を解雇するつもりですか』って言ったら、ギルド長も諦めたのよね」
「抜けた穴を埋めるために、かなりの人数を雇い入れたからね」
そのおかげで、ずっと忙しかったのだ。
今更戻ってくると言われたら、俺も文句の一つも言ってやりたい。
「大体、向こうのほうが条件が良くて行ったんじゃなかったの?」
「それが、行ってみたら素人ばかりで、任される仕事がこっちよりも多かったんだって」
「ああ、ありがちだね」
ヘッドハンティングされた優秀な人が、新しい会社でやたらと仕事を任されて潰される話を聞いたことがある。
今回もそれか。
トラバーユする先の職場を、よく調べもしないと酷い目にあうんだよな。
職業選択の自由?
結局戻ってきたいといった人達は、その希望は叶わず今も向こうの冒険者ギルドで働いている。
きつい言い方だけど、自分で選んだ人生だからね。
※作者の独り言
OJTって結局うまく行かないのは、指導する側に余裕が無いからだよね。
新しい冒険者ギルドのギルド長が乗り込んできたのである。
ここで初めて相手のギルド長が誰であるのかを知った。
「カイロン伯爵だったのね」
シルビアは彼の事を知っていたようだ。
禿上がった頭に、中年太りのお腹。
それが豪華な服を着ているので、なんとか貴族だとわかるが、どう見ても安い居酒屋でくだを巻いている中間管理職といったイメージだ。
そのおっさんが冒険者ギルドのロビーで悪態をついている。
「古臭い建物だな。俺ならこんなところは取り壊して、新しく建て替えてやるぞ」
その言葉を聞いて、ロビーに駆け付けていた職員から罵声が飛ぶ。
しかし、伯爵はそんな罵声を受けても涼しい顔だ。
「ようこそいらっしゃいました」
ギルド長がカイロン伯爵を出迎えた。
「ふん、職員の教育がなっていないようだな。馘にしたらどうかね」
「彼らはよくやってくれていますよ。教育が至らないのは私の責任です」
そういうと二人は応接室に入っていった。
「なにかしらね」
シルビアが二人の消えていったドアを睨みながら俺に聞いてくる。
「ライバル企業のトップが直々に乗り込んで来たんだ。いい話じゃないだろうな」
「そうよね」
「ところで、シルビア。カイロン伯爵を知っているような感じだったけど」
「ええ、この街の貴族だから。むしろ知らなかったあんたが不思議なくらいよ」
そりゃあ、食うに困ってここに流れ着いたので、街の事なんて何もしらないんだよ。
知りあいだって、ここの職員とギルドに関わりのある少数だけだ。
「彼について知っていることを教えて欲しい」
「いいわよ。このステラは迷宮があるので、国の直轄地になっているの。代々将軍が街のトップを務めているのだけど、それを監視するのが貴族なのよ。カイロン伯爵はその監視役ね。だから、将軍からは煙たがられているわ。将軍の監視役だからある程度の爵位があるけど、他の伯爵と比べて領地は小さいわ。そのせいでお金が無いのよね」
「つまり万年金欠だったわけだ」
「そう。年に数回王都に監視結果を報告に行くのだけど、その費用にも苦労していたみたいよ。王都の屋敷の維持費だって馬鹿にならないわ。だから冒険者ギルドを自分で経営して、その利益を懐に入れたかったのでしょうね」
「そう言っても、冒険者ギルドだって税金を納めているのだから、そんなには儲からないだろう?」
そう、冒険者ギルドからの税金は馬鹿にならない。
だからこそ、この地が直轄地となっているのだ。
「そんなのどうにだってなるわよ。相手はこの街の監査役よ。彼を監視する人がいないんだもの」
「言われてみれば」
シルビアの方が頭の回転が速い。
どうしたことか。
いままで裏でこそこそやっていたのが、こうして乗り込んで来たんだ。
碌な事じゃないとは思うが、考えても仕方がないので、自分の席に戻ってコーヒーを飲んだ。
1時間くらいしてカイロン伯爵は部屋から出てきて、冒険者ギルドの中を少し見学して帰っていった。
カイロン伯爵が帰った後、心配した職員たちがギルド長を囲んだ。
「何を言われたんですか?」
「新しい嫌がらせですか?」
口々に質問をするので、ギルド長が困った顔をする。
「いや、普通の挨拶だったね。自分たちはノウハウが無いので、学ばせてもらいたいと。それから最近こちらのクエストを受けた冒険者と、あちらのクエストを受けた冒険者が迷宮でバッティングするのでトラブルが増えているんだ。以前は冒険者のトラブルは冒険者ギルドが仲裁していたけど、今は別々の冒険者ギルドからの依頼となっているので、それを仲裁する機関を作りたいと言っていたよ」
仲裁する機関か。
本来であれば街を管轄する将軍が、仲裁する機関を作ればよいのだが、カイロン伯爵は将軍に煙たがられているから、独自の仲裁する機関にしたいんだろうな。
「向こうの台所事情を考えると、かなり厳しいのでしょうね」
そう言ったのはトミーカイラ副部長だ。
副部長じゃないけど。
「どういうことでしょうか」
「いいかい、アルト。向こうはこちらよりも高値で素材を買い取っているんだ。でも売値は変わらないとすれば利益率は低い。それに、不慣れな職員が多いので、こちらよりも多くの職員を雇わないと同じ仕事量をこなせないから人件費もかかる。さらに、カイロン伯爵がその開業資金や運転資金を自前で用意できたとは思えないから、どこかから莫大な借金をしたのだろう。その返済を迫られている可能性があるんだよ」
つまりはキャッシュフローがヤバイってことか。
乗り込んで来たのは藁にも縋る思いなんだろうな。
いつか見た光景だ。
「結局のところ、儲かっているのを真似しようとしても、ノウハウが無ければ簡単には儲からないのだろうな。板金加工メーカーが金属切削に乗り込んで撤退したのを見ているようだ。まあ、次に考えられるのはノウハウを持った人間のヘッドハンティングだろうけど」
「板金加工や金属切削がよくわからないけど、ヘッドハンティングはありそうだね」
トミーカイラの予想通り、後日数名のスタッフがこちらを辞めて、向こうの冒険者ギルドに就職した。
「恩知らずよ!」
シルビアが怒っている。
引き抜かれたスタッフが、この冒険者ギルドを簡単に見限ったのが気に入らないのだ。
「そうはいっても、向こうのほうが給金が良かったんじゃないかな。それなら止めることはできないよ」
「それでも恩義ってものがあるでしょ」
こんな議論は散々やったな。
でも前世では、会社は俺達の事をそんなに思っていてはくれなかった。
だったら、給料が良いほうに流れるよね。
その点、ここの冒険者ギルドは違う。
少なくとも、役に立たない俺を拾ってくれたのだ。
俺は相手から提示された給料が良くとも、ここを捨てて出ていくつもりはない。
シルビアが言う事もわかる。
「まあ、こっちも引き抜かれた分忙しくなりそうだね」
俺の言った通り、後日補充した新人を教育しながらの業務に、各職場がヒイヒイと言っていた。
OJTと云えば聞こえは良いが、実際は未経験者を実践投入しているだけだ。
OJT、オン・ザ・ジョブ・トレーニングは実務の中で教育をしていく仕組みであり、戦争で例えるなら、古参兵と一緒に新人を戦場に立たせて鍛えるものである。
指導する側の能力で、新人の能力にばらつきがでるので、指導者の教育も必要となる。
そこをフォローするのが今回の俺の役割だ。
俺は各職場のベテランの話を聞きながら、指導するポイントと、評価すべき項目をまとめた資料を作成した。
ついでに【作業標準書】のスキルを使って、俺も作業を覚える。
これなら指導する際に空いた穴を俺が埋められる。
そんなわけで、受付、食堂、宿、売店と色々な職場をフォローした。
数日もすると新人たちはルーティンワークならこなせるようになり、俺はサポート業務から解放される事になった。
時を同じくして、引き抜かれたスタッフが向こうを辞めて、また戻ってきたいと相談に来た。
「面談が終わったわよ」
俺が遅い昼食を食堂で取っていると、そこにシルビアがやってきた。
「ギルド長は優しいから、彼等をもう一回雇用しようか迷っていたけど、トミーカイラが『新しく雇った者を解雇するつもりですか』って言ったら、ギルド長も諦めたのよね」
「抜けた穴を埋めるために、かなりの人数を雇い入れたからね」
そのおかげで、ずっと忙しかったのだ。
今更戻ってくると言われたら、俺も文句の一つも言ってやりたい。
「大体、向こうのほうが条件が良くて行ったんじゃなかったの?」
「それが、行ってみたら素人ばかりで、任される仕事がこっちよりも多かったんだって」
「ああ、ありがちだね」
ヘッドハンティングされた優秀な人が、新しい会社でやたらと仕事を任されて潰される話を聞いたことがある。
今回もそれか。
トラバーユする先の職場を、よく調べもしないと酷い目にあうんだよな。
職業選択の自由?
結局戻ってきたいといった人達は、その希望は叶わず今も向こうの冒険者ギルドで働いている。
きつい言い方だけど、自分で選んだ人生だからね。
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