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第80話 見知らぬ天井

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老眼が始まってしまい、図面の細かい文字を読むときには、眼鏡を外さないと見えなくなってしまった。
細かい傷検査は無理かなー。
そんなおっさんな作者の送る品質管理ファンタジー。
それでは本編いってみましょう。


「やっちまったよー、アルト助けてくれ」

 そう言って俺のところにやってきたのは、冒険者ギルドの買取部門責任者のギャランである。
 ギャランドゥがもさもさなわけではない男だ。
 今日も相談窓口には誰もおらず、いつもならシルビアかオーリスが遊びに来るのだが、それもなくとても暇を持て余していた俺には丁度良い来客だった。

「どうしました青い顔をして」
「冒険者から買い取ったキノコなんだが、毒キノコが混じっていたんだ。間違って売ってしまったかもしれない」

 話を詳しく聞くと、冒険者が迷宮で手に入れた迷宮マイタケを買い取ったのだが、その中に迷宮毒マイタケが混じっていたというのだ。
 両者は非常によく似ており、ベテランでも間違いやすい。
 迷宮毒マイタケはとても毒性が強いという訳ではない。
 食べれば下痢や嘔吐をする程度で済む。
 が、それでも体調によっては命の危険がある。
 買い取った後で、混入に気が付き選別方法を部下に教えて選別させたのだが、食材問屋が仕入れに来た後で売れ残った箱を見たら、毒マイタケが混入しているのに気が付いたというわけだ。
 既に売却した箱に毒マイタケが入っているかもしれないというわけである。
 全然丁度良くなかった。

「自分のところに来る前に、売った相手に事情を話して回収するのが先では?」
「いや、既に問屋から料理店に売られていると思ってな。時間的にはそんな感じだ」
「全部の店を回っていたのでは間に合わないか」

 対策よりもまずは回収だな。
 市場回収といえばリコールか。
 そういえばそんなスキルがあったな。
 時間もないし、試しに使ってみるか。

「今から回収のスキルを使ってみますね」
「頼む」

 俺は脳内でスキルの発動を念じる。

――【リコール】

 リコールが発動すると、リコール対象品をスキルが訊いてきた。

――何を回収しますか?

「冒険者ギルドが販売した迷宮毒マイタケを回収したい」

 そう回答すると目の前に三択が出てきた。

――リコールの種類を選んでください。
 ・リコール
 ・改善対策
 ・サービスキャンペーン

 なんて嫌な三択だ。
 そんなものを異世界に持ち込まないでほしい。
 いや、今回は助かったからあってよかったのか。

「リコールで」

――了承いたしました。

 スキルがそう回答したかと思うと、俺の目の前に冒険者ギルドが問屋に売った迷宮毒マイタケが回収された。
 回収されたのはごくわずかな量だったが、やはり市場流出してしまっていたようだ。

「これが売ったやつか。助かったよ。後は問屋に賠償の話をすれば……」

 ギャランの話す声が遠くに聞こえる気がする。
 ああ、なんだか眠くなってきたよ、パトラ……
 そこで俺は意識を失った。




「知らない天井だ」

 俺は目を覚ますと知らない部屋のベッドで寝ていた。
 いや、初号機に乗った訳じゃないから、そういうボケはいいか。
 ここじゃ誰もLD持ってないし。

「目を覚ましたようね」

 俺を心配そうに見るシルビアがいた。
 いつもと変わらない顔なので、あれから10年とかいうナレーションが入る心配もないな。
 ついでに、起きたら虫になっていて、リンゴを投げつけられるという状況でもない。
 ベッドの横で椅子に座って俺を見ているシルビアに、俺が気を失ってからの事を訊く。

「俺どうしてここにいるんだ?」
「ギャランから聞いたわよ。スキルを使って迷宮毒マイタケの回収をしたら倒れたって。それで冒険者ギルドの医務室に運ばれてきたのよ。全然目を覚まさないから心配したわ」

 そうか、冒険者ギルドの医務室か。

「どれくらい寝ていた?」
「半日くらいかしらね。もう深夜よ」

 言われてみれば室内はロウソクの明かりで照らされている。
 窓の外には神田が……、星が輝いている。

「なんか、『コッコーショーにチクった奴は誰だ』って何度も寝言を言っていたわよ」
「そう……」

 リコールのスキルの反動かな?
 簡単に何度も使えるスキルじゃないな。
 何度もリコールしても困るが。
 そうだぞ、何度もリコールするんじゃないぞ。
 同じ車で4回もリコールのお手紙貰う立場にもなってみろ。
 出す方も辛いけど。
 前世で○○のリコールでディーラーに行ったときに、整備士が一生懸命俺にリコール部品を説明したけど、その部品の品質確認試験をしたの俺だったと告白した時の微妙な空気を缶詰にして、みんなにおすそ分けしてあげたい。
 そりゃあ、変な寝言もいいますわ。
 いや、そうじゃない。

「心配したんだから……」
「ずっと付き添っていてくれたの?」

 俺はシルビアに訊ねた。

「ええ」
「ありがとう」

 お礼を言ってから暫く静寂が室内を支配した。
 その静寂を破ったのは意外な人物だった。

「シルビア、交代するぞ!」

 医務室のドアを勢いよく開けて入ってきたのはプリオラだ。
 なんでここにいるのだろうか?

「いや、いい。アルトも目を覚ました事だし」
「なんだ、目を覚ましたのか。良かったな。あんなに泣きそうな顔を見たのは初めてだったから心配したぞ」
「なっ……」

 言い返そうとして、黙るシルビア。
 ギギギギギという音が聞こえそうな動きでこちらに顔を向ける。

「べ、別にあんたの事なんて心配していないんだからね」

 ツンデレか!
 いや、いいものを見たな。

「じゃあ、お邪魔みたいだから去るわ」
「待って、あたしももう帰る」
「いればいいじゃない」
「帰る」

 と、シルビアはプリオラと一緒に出ていってしまった。
 残念だ、ぜひ「バカシンジ」って言ってもらいたかったのに。
 いや、そんなことはいい。
 今回の対策を考えないとな。
 奈須、じゃなかった毒キノコが市場に流出してしまったのだ。
 多分被害が出る前に食い止められたとは思うが、一歩間違えていれば大惨事だ。
 朝になったら関係者の聞き取りだな。



 というわけで、翌朝。

「アルト、もういいのか」
「ええ。特に後遺症もないのでね」

 ギャランから早速選別した作業者を紹介してもらう。
 作業したのはアトレオンという若い男だ。

「まず確認したいのは、迷宮マイタケと迷宮毒マイタケの区別は完璧にできますか?」
「はい。ギャランさんの指導で間違えることは無くなりました」

 そう答えるアトレオン。
 ふむ。

「では何故間違えないで選別したものが市場に出たのでしょうか?」
「買い取った迷宮マイタケを選別して箱に分けたのだけど、迷宮マイタケと迷宮毒マイタケの表示を箱にしなかったから、勘違いして混入させてしまったんです」

 なるほど。
 自分のしでかした不具合流出の原因を特定できるとは優秀だな。
 ありがちではあるが、急ぎの選別だと箱にOKNGの表示をしないまま作業することがある。
 当然勘違いによる混入の危険性は高い。

「選別時に箱に迷宮マイタケか迷宮毒マイタケかを表示するルールはありましたか?」
「無いです」

 ここが問題だな。
 選別自体は問題なく出来ていたのだが、箱になんの表示もなかったため迷宮毒マイタケの箱のうちいくつかが混入したのだ。
 じゃあ、表示をするようにすればよい。

「選別する時は面倒でも箱に表示をしましょう。それで選別前か選別後かもわかるようになります。いいですね」
「はい」

 これにて一件落着だ。
 折角の選別も、事後処理に失敗して不具合を流出させることはよくある。
 選別と云えども、不具合を流出させないためのルールは必要だ。
 選別品から同一不具合がでちゃうと、色々と大変なんだぞ。
 いや、本当に。

 こうして迷宮毒マイタケ流出事件は終わったのである。



品質管理レベル26
スキル
 作業標準書
 作業標準書(改)
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 硬度測定
 三次元測定
 重量測定
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 輪郭測定
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 塩水噴霧試験
 振動試験
 引張試験
 電子顕微鏡
 温度管理
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 蛍光X線分析
 シックネスゲージ作成
 ネジゲージ作成
 ピンゲージ作成
 ブロックゲージ作成
 溶接ゲージ作成
 リングゲージ作成
 ゲージR&R
 品質偽装
 リコール


※作者の独り言
逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ。
嘘です、逃して下さい。
うつ病になる前に逃げましょう。
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