冒険者ギルド品質管理部 ~生まれ変わっても品管だけは嫌だと言ったのに~

犬野純

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第89話 手直しからの二次被害

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「ティーノに紹介して欲しい?」

 俺の所に相談者が来ていた。
 相談者の男を連れてきたのはスターレットだ。
 相談者の名前はコロラド。
 料理人になりたいという若者だ。
 まさかスターレットの恋人か?

「そんなわけないじゃないですか」

 思ったことがつい口に出てしまった。
 そして速攻で否定された。

「俺にユーコンの経営する料亭を紹介して欲しいっていうのか?」
「いや、そっちじゃなくて、息子の方です」

 肉屋の息子があそこに入りたくて生肉勝負をする話になるかと思ったが違ったか。

「どうしてティーノの店なんだ?他にも料理を出す店ならいくらでもあるだろう」
「私はステラの街にある色々なレストランを食べ歩きました。その中であそこが一番新しい料理にチャレンジしていて、ぜひ修行をしてみたいと思ったのです。おでんやホイコーローなんて普通考えつきませんよ。それに、聞けば冒険者ギルドの名物どら焼きだって奥さんのメガーヌが考えたんだとか。お二人の元でぜひ学びたいんです」
「二人の結婚にもアルトが関わっているんでしょ」
「あ、ああ。そうか……」

 ごめん、発案者俺だわ。
 料理ができないから、俺の手柄だと大声で言えないけどな。
 聞けばコロラドのジョブは料理人ということで、単なる憧れだけというわけでもない。

「まあ、聞くだけ聞いてみようか」

 そういうことで、三人そろってティーノの店に行く事になった。
 時刻は14時。
 昼の客を捌き終わって、夜の準備の前に一休みという時間だ。
 この時間なら邪魔にはならないだろう。

「こんにちは」
「すません、昼はもう終わりましたよって、アルトか」

 店に入ると、片づけをしているティーノがいた。

「食事をしに来たわけじゃないんだ。実はこのコロラドがこの店で修業をしたいというんだけど」
「コロラドです。宜しくお願い致します」

 俺に横に並んで挨拶をするコロラド。

「修行かー」

 ティーノは困った顔をする。

「あら、いいじゃないの」

 奥から出てきたメガーヌは承諾してくれる。

「教えたことなんて無いから、ちゃんと教育できるか不安なんだよ」
「そんなもん、やり方を見せとけばいいのよ」
「そうか」

 と夫婦の間で会話があり、早速明日から修行となった。
 俺とスターレットはこれ以上いてもすることが無いので、コロラドを店に置いて先に帰る。
 まあ、あとは本人の頑張り次第だな。

 数日後、俺が相談窓口でコーヒーを飲んでいると、スターレットが暗い表情のコロラドを連れてやってきた。

「相談、いいかしら」
「スターレットか、相談ってコロラドの事?」
「ええ。さあ、コロラド話して」
「はい……」

 そうしてコロラドの口から語られたのはリンゴの飾り切りの失敗だった。

「つまり、リンゴの飾り切りの出来が良く無くて、修正を指示されたんだけど、修正した個所は良くなったが、別の場所に違う傷をつけてしまったわけだね。そしてそれに気が付かづにお客様に提供してしまったと」
「はい」

 よくある製品の手直しをしたら二次被害が出たという奴だな。
 手直しした場所のみを確認して、全体を確認しなかったことで、手直し時につけた傷に気が付かずに、手直しとは別の不良を流出させてしまうのだ。

「じゃあ、聞き取りを今から始めるから、正直に答えて欲しい。その傷は手直し時についたのかい?」
「はい。最初に飾り切りをしたときに確認をしていますから間違いありません」
「手直し時についた傷は、見ればわかったのかい?」
「はい。誰が見ても売り物にはならない傷でしたので」
「なんで手直しした場所以外を見なかったの?」
「指摘されて修正したところだけ見れば十分だと思っていました。まさか、包丁の刃が別の場所に当たっているとは思ってもいなかったので」
「成程ね」

 やはり、手直しした後に全体を確認していれば防げただろう。
 工場であれば、一度ラインアウトして手直しした製品は、検査工程に再投入する。
 手直しした作業者は、自分の作業に対して判断が甘くなるし、今回のように修正箇所以外を見ない事があるからだ。
 検査工程であれば、通常どおりの検査が行われるので、今回のような修正箇所以外の傷も見つけることができる。
 少人数の職場だと、検査工程に戻すのは難しいが、その時でも全体の確認はしなくてはならない。
 ティーノの店でも検査工程にという訳にはいかないが、コロラドが自分の作業後に確認するようにすれば、同様の不具合は防げるだろう。
 とコロラドには対策を教えた。

「それでね、コロラドったらティーノがお客さんに頭を下げるのを見て逃げ出しちゃったのよ」
「自分のミスで師匠に頭を下げさせたのですから、もうあそこで修業させてもらえなくなったと思いまして」

 うーん、意外と神経が細いようだな。
 ミスするたびに逃げ出していたら何も出来ないぞ。
 今回も、ティーノが追い出すなら仕方ないが、自分から出てきてしまったのでは、今後が心配だ。
 ミスしないならそもそも修行の必要もないだろうしね。
 どうしたものかと考えていたら、冒険者ギルドのドアが開いた。
 そちらを見ると

「ティーノ」
「師匠……」

 息を切らしたティーノが入ってきた。

「なんだ、ここにいたのか。探しても見つからないから、冒険者ギルドに捜索依頼をしようと思ったんだけど」

 ティーノがそういう。

「ティーノに頭を下げさせてしまったから、もうあの店にはいられないってここに来たんだよ」
「なんだ、そんなことか。俺は指導者として監督責任があるのに、確認もしないでお客様に提供してしまったのは俺が悪い。さあ店に戻って飾り切りを指導するから来い」

 そういって強引にコロラドの腕を引っ張る。

「馘じゃないんですか?」

 慌ててコロラドがティーノに訊く。

「一回のミスで馘にしていたら、人なんか雇えないだろ。ましてや修行中の身だ。失敗しなくなってから店から追い出すよ」

 そう言ってコロラドを連れて行ってしまった。

「一件落着ね」

 残されたスターレットが俺に言う。

「今回俺いらなかったよね」
「コロラドの弟にバットで襲われなかっただけよかったじゃない」

 そんな話ありましたね。
 生肉勝負だったら危なかったな。
 わざと馬刺しを出すところでしたよ。
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