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第130話 ライセンス生産とOEM

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「アルト、私と一緒にお父様の領地へ行ってほしいの」
「ちょっとコーヒー飲み終わるまで待ってもらえるかな」

 俺が冒険者ギルドの自分の席でコーヒーを飲んでいると、そこに焦った顔のオーリスがやってきた。
 お父様の領地というのは、旧フォルテ公爵領であり、現在のカイロン侯爵領のことだ。
 引き抜きにしては堂々とし過ぎているな。
 そんな話はコーヒーを飲むのよりも優先度が低い。

「さて、コーヒーも飲み終わったし話だけは聞いてもいいけど」
「実はここだけの話ですけど、隣国がお父様の領地に攻め込む気配を見せていますわ」
「どうして」

 俺の疑問はオーリスが説明してくれた。
 元々フォルテ公爵は国家に弓を引こうと軍備に力を入れていた。
 隣国のカジャールはまさかフォルテ公爵がクーデターを狙っているとは思わずに、自国に攻めてくる準備だと思って、それに対抗すべく軍備増強をはかっていたのである。
 ところが、フォルテ公爵の反乱がおこり、それが鎮圧されたことで、初めてその目的に気が付いたのだった。
 そして、暫くじっくりと観察していたところ、新しく侯爵が赴任して領地経営をすることになったようであるが、領軍の配備が遅れており、攻め込んで領土を奪う絶好の機会であると考えたのだ。
 それでも軍を動かすというのは直ぐにできるようなものではなく、傭兵の募集や物資をかき集めるといった行動をこちらから送り込んだ草が察知し、本国に情報をもたらしてきたと。

「それで、なんで俺が呼ばれるんだ?」
「お父様の参謀であるオッティが、アルトを呼ぶように言ったそうですわ」
「あいつめ」

 はっきりいて戦争なんて俺の出番はないだろう。
 品質管理が必要になってくる戦争なんて、もっと時代が進んでからじゃないのか。
 国民総動員による大量生産の総力戦。
 遠方での兵器の部品の調達のための共通規格の整備。
 ライセンス生産による物資の調達が可能になってこそ、戦闘が継続できるというものだ。
 つまり、戦国時代に自衛隊がタイムスリップしても、イージス艦が第二次世界大戦の真っただ中にタイムスリップしても、補給ができないから結局は勝てないっていうことだ。
 ライセンス生産っていうのはライセンス料、ロイヤリティを支払って製造させてもらうことだ。
 これなら一つの工場が爆撃されて破壊されても、別の工場で同じものを生産することができる。
 破壊されなくても、需要が旺盛な場合、それに応えるためのライン増設をしなくてすむ。
 ダイハツのハイゼットは、イタリアや韓国でライセンス生産されてた。

 それに対して、同じものを生産するのではなく、一つの会社で生産したものを、別の会社の名前で販売するのがOEMだ。
 original equipment manufacturerの略で、読み方は「おーいーえむ」である。
 水島のこちらの名前でもあるオッティは日産の名前であり、製造元の三菱自動車ではekワゴンであった。
 また、日産のセレナはスズキにOEM供給されランディとして販売されている。

 話を元に戻すと、ライセンス生産が必要ならば、俺の品質管理のジョブは有効だろう。
 だが、剣も槍も盾も規格の特に決まっていないこの時代で、品質管理をする必要なんてないだろう。
 三八式歩兵中みたいに、同じ銃なのに弾によっては撃てたり撃てなかったりというのはないぞ。
 相手にダメージを与えられたらそれでいいんだから。
 ファランクスにはある程度同じ長さの槍が必要なのかもしれないが、そんなもんの公差なんて有って無いようなもんだ。
 CIWSのM61とかだったら俺の出番かもしれないけどな。
 MIL規格とか暫く見てないから、うろ覚えなんだけどさ。
 MIL規格っていうのはアメリカ軍の規格のことね。
 って、また話がそれているか。
 とにかく、俺が行ったところで、この時代では武器の優劣なんて殆どないから役に立たないぞ。

「お願い、お父様を助けて。このままじゃ国軍の準備が整うまでに、敵国の侵略を受けて殺されてしまいますわ」

 涙目のオーリスに見つめられると断りにくい。
 オッティとグレイスのことも気になるし、一度顔を出してみるくらいならいいか。

「わかった。侯爵領にすぐに向かおう」

 俺はギルド長に訳を話して長期休暇をもらった。
 今回ばかりはシルビアを巻き込むわけにはいかないので、俺とオーリスだけで侯爵領に向かう。
 まあ、オーリスには当然使用人とか護衛がつくんだけどさ。
 馬車に同乗させてもらったが、サスペンションがないのでお尻がいたい。
 あとで板バネをプレゼントしてあげよう。

 カイロン侯爵領の領都へは予定通り到着。
 領都は戦争に備えて騒然としているかと思ったが、見た限りではそうでもない。
 そのまま居城へと入り、直ぐに謁見となった。
 カイロン侯爵、オッティ、グレイスと揃っており、そこに俺とオーリスが加わる。

「よく来てくれた」
「オーリスに泣かれましたので」

 カイロン侯爵は疲れ切った顔で俺に礼を言う。
 心底疲れているんだろうな。
 泣いた事を俺が言ったら、オーリスに足を踏まれた。
 安全靴だから痛くないけど。
 みんなも履こう安全靴。
 安全靴っていうのは、靴の中に鉄板とか強化樹脂が入っていて、靴の上に物を落としても怪我をしない靴のことだ。
 会社によっては着用が義務付けられている。

「では状況の説明をお願い致します」

 俺の一言から作戦会議が始まった。
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