冒険者ギルド品質管理部 ~生まれ変わっても品管だけは嫌だと言ったのに~

犬野純

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第250話 冒険者ギルド品質管理部~生まれ変わっても品管~

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前回までのあらすじ。
前までの話を読んでね。
今回が実質最終話。
それでは本編いってみましょう。


ドカッ――

 オーリスのすすり泣きを上書きするように大きな音がして、執務室の壁に穴があいた。
 建物の外からの力で壁が壊されたので、瓦礫は当然室内に飛んでくる。
 瓦礫の礫によって俺は吹っ飛ばされ、その衝撃でオーリスを放してしまった。
 部屋の中央でオーリスを抱いていたのに、ドア付近まで吹っ飛ばされる程の衝撃だ。
 咄嗟にオーリスを庇ってはみたものの、全ての礫を防ぐ事は出来ずに、幾つかはオーリスにも当たってしまった。
 彼女が部屋の中央付近で気を失って倒れているのが見えた。

「何があったの?」

 オーリスのスキルの効果が消えたようで、音に気づいたシルビアとスターレットが室内に雪崩れ込んできた。

「壁に穴が……」

 俺は倒れた体をおこし、穴のあいた壁を指差す。
 二人も俺の指す方を見た。

「ミゼット!?」

 三人が綺麗にハモる。
 穴から見えたのは、月明かりに照らされているミゼットだった。
 吹っ飛ばされた時は気づかなかったが、今見るとミゼットが中に浮いている。
 いつの間にそんなスキルを持ったのだろうか。
 いや、まだジョブがわかる歳じゃないはずだ。

「気を付けて。様子がおかしいわ」

 シルビアの言葉に俺とスターレットは首肯した。
 空飛ぶミゼットとか、どう考えても普通じゃない。
 変化点が大きすぎだ。

「ミゼット……なの?」

 スターレットが呼び掛ける。
 ミゼットはニヤリと笑うとフヨフヨと室内に入ってきた。
 そして、気絶しているオーリスの首に取り出したナイフをつき当てる。

「君達が邪神って呼ぶ存在って言えばいいのかな?」

 それはミゼットの声であったが、中身はまるっきり異質なものであった。
 だが、邪神という割には威圧感がない。
 ナイフでオーリスを人質にとるとか、凄く小物臭が漂ってるぞ。

「そんな風には思えないがな」

 俺の言葉に邪神は反論する。

「こちらにも事情があってね。分体をこの娘に憑依させて操っているのだよ。だから、攻撃しようと思うなよ。傷が付けば娘は死ぬぞ」

 邪悪な笑みを浮かべるミゼットに取り憑いた邪神の分体。
 俺達にはそれが事実なのか確かめる術がないので、今は信じるしかない。

「それで、その邪神の分体様がミゼットとオーリスを人質にとってどうするつもりだ?」

 なんでこんなところに来るんだよ。
 あっちいけ。
 心のなかで愚痴ってみたが、どうやら奴は心を読めるらしい。

「どうして?と思ったな。教えてやろう。それは封印の宝珠を奪うためだよ。それさえなければ、力を取り戻すまで安泰だ」

「力を取り戻すまで?」

「復活したばかりで神力が足りなくてね。信者どもの祈りが欲しいのだが、各地の拠点が制圧されて殺されているからな」

 なんて丁寧に説明してくれるのだろうか。
 事情がよく飲み込めたぞ。

「陽動に引っ掛からず、よくここに宝珠が有るとわかったな」

「神だからね」

 そうか。
 それなら納得だな。
 オーリスは情報を知り得る立場だったのでわかるが、邪神は神だからわかったのか。

「ふうん、転生者ねえ。【作業標準書】は面倒なスキルだから少し変えさせてもらうよ。そいつを使われると面倒だ」

 邪神は俺の記憶も読めるらしい。
 作業標準書のスキルを持った転生者ってばれた。
 それに、作業標準書を使えなくすることが出来るのか。
 神様もらったスキルを使えなく出来るとか、邪神も神様くらいの力があるのか?
 どんな風にスキルが封印されちゃうのかと思っていたが、

「何も変化はないぞ」

 少したっても何も起きないので、俺は邪神を馬鹿にした。

「作業標準書を貴様の元いた世界と繋げた。スキルとしては使えず、単なる紙に成り下がったよ」

 なんだ、ただの前世か。
 使えない作業標準書には馴れている。
 待てよ、ひょっとしたら前世の世界の作業標準書がチートになっているかもしれないな。

「それはない!」

 邪神の分体に否定されてしまった。
 残念だ。

「さて、そろそろ封印の宝珠を渡してもらおうか。この娘がどうなってもいいのか?」

 お決まりの台詞で脅してくる邪神の分体。
 だが、渡したところで命の保証がない。

「渡しても俺達が殺されないって保証がないだろ」

 そう言った瞬間、自分の体が後ろに飛ばされるのがわかった。
 作業標準書スキルの無くなった俺は、受け身もとれずにそのまま背中を壁に強くぶつける。
 その衝撃で呼吸が出来なくなった。
 こんなの中学の時、体育の授業で一本背負い食らって、受け身もとれずに背中から落ちた時以来だな。

「アルト!」

 スターレットが泣きそうな声を出して駆け寄ってくる。
 シルビアはショートソードを邪神の分体に向かって構えたままである。
 当然視線は邪神の分体から外さない。
 スターレットに背中をさすってもらい、何とか呼吸が出来るようになった。
 作業標準書が使えなくなるなんてな。
 昔のなにも出来なかった自分に戻ったのが凄く嫌だ。
 スターレットもシルビアも、ステラで知り合った人達も、みんな俺が無能になったのに呆れて、見下してくると想像すると怖くなってきた。

「さあ、封印の宝珠を渡せ!そうすれば、オーリスと言ったかな?この娘を助けてやろう。それに、貴様の【品質偽装】は使えそうだしな。私の配下になるならこの場にいる全員の命を助けてやろう」

「本当か?」

 ちょっと心が揺らいだ。
 作業標準書のスキルを封じられて、戦う手段が無くなった俺に何ができるというのだ。
 品質管理は世界を救う仕事じゃない。
 それに、ちょっと前にオーリスを守るとかいいながら、人質にされた彼女を助ける事が出来ない。
 俺は嘘つきじゃないか。
 彼女の信頼を失いたくない。
 ならば、いっそのことこの宝珠を渡してしまえば……

「本当にオーリスを助けてくれるなら、この宝珠を――」

「ダメよ、アルト!」

 少し前傾姿勢になった俺の体を、スターレットの腕が掴んだ。

「いつものアルトなら、こんなときでも解決策を見つけて来たじゃない!私が新人の時に困っていたのを助けてくれたように、好きな人も世界も守る方法を考えなさいよ!!」

 その言葉で俺は立ち止まる。
 見れば、スターレットは目を真っ赤にして涙を浮かべているではないか。
 そうだな、考えることをやめるなんて品質管理らしくなかったな。
 必ずどこかに解決策があるはずだ。
 弱っていた心にやる気が戻った。

「スターレット、よくやったわ。アルトが正気に戻ればこっちのものよ。アルトが解決策を思い付くまで、あたしが死んでも時間を稼いでみせる!」

 シルビアは背中で俺が正気に戻ったのを感じ取ったようだ。
 死にそうになったら逃げて欲しいが、その気持ちはありがたい。

「じゃあ死ねよ!」

 邪神の分体がそう言うと、シルビアの膝から血が吹き出した。
 ピストルで撃たれたような傷である。
 何らかのエネルギー波だろう。

「あぐっ」

「シルビア!」

 シルビアの苦しそうな声が聞こえた。
 そして、立っていられなくなり、片ひざをついてしまった。
 まずい、早く解決策を考えなければ。
 焦る俺に邪神の分体が話しかけてくる。

「早くして欲しいな。やっと呼び出してもらえたんだから、早く世界を滅ぼしたいんだよ」

 邪神の分体はイライラした様子だ。
 ん、呼び出し?
 俺はその言葉に閃く。

「なあ分体。本体もこの世界の何処かにいるんだよな」

「そうだよ。ステラの近くにいるさ」

「お前の本体はどうやって呼び出されたんだ?」

「神聖魔法に【コール・ゴッド】っていうのがあってね。高位の神官が命と引き換えに神を呼び出せるのさ。まあ、それなりの贄は必要だけどね」

 邪神の分体は俺を見下すように教えてくれた。

「そうか。実は俺も呼び出すスキルがあるんだよ」

「なっ!?」

 ミゼットの顔に驚きの表情が浮かぶ。

「【リコール】!!!」

――何を回収しますか?

 いつものようにスキルが訊いてくる。

「邪神をこの宝珠の中に」

 次の瞬間、俺が手に持っていた封印の宝珠が光る。

「ぎゃあああああああっっっ!!!」

 ミゼットの体からもやの様なものが飛び出す。
 そして宝珠の中へと吸い込まれていった。

「分体を吸い込んだってことは、本体もこの中だよな?」

 俺はじっくりと宝珠を眺めるが、その答えはわからない。

「そうだ、オーリス!!」

 俺は倒れているオーリスへと駆け寄る。
 彼女はまだ気を失ったままだ。
 俺はオーリスの体を抱き抱える。

「ヒールを元通り使えるのか?」

 作業標準書スキルでヒールを使ったら、無事に使うことが出来た。
 どうやら邪神が元いた世界と繋いでいたのは一時的なものだったようだ。
 それに、邪神が封じていた俺の作業標準書が使えるようになったのだから、リコールがちゃんと邪神を呼び出して封印できたって事だろうな。

「アルト?」

 オーリスが俺の腕のなかで目を覚ます。

「私、どうして抱かれているのかしら?」

「話すと長くなるんだけど、邪神から世界は救われたって事さ」

 俺は優しく微笑みかけた。
 オーリスは頷く。

「もう命を使って宝珠を発動させなくてもよろしいの?」

「そうさ。オーリスは俺と一緒にこの夜を楽しめばいい。そして、新しい朝を迎えよう」

「アル――ブフッ」

 目をつぶって、俺にキスの催促をするオーリスの顔をシルビアの手が押し退けた。
 床にはシルビアの膝から流れた血の跡がついている。
 ここまで這ってきたのか。

「二人で盛り上がる前に、あたしの膝を治癒しなさいよね。誰を庇って怪我したと思ってるのよ!」

 まだ血の止まらないシルビアを後回しにしたのはまずかったな。

「それが終わったらミゼットもね」

 ミゼットを抱いたスターレットにも言われる。
 ミゼットもいまだに気を失ったままだ。
 俺は二人をヒールで治癒した。

「ところで、何でオーリスがいるのよ?まさか、あんたがラパンで、宝珠を盗みに来たの?」

 傷のふさがったシルビアが、膝の感触を確かめるため、屈伸をしながら訊いてきた。
 その質問の返答につまってしまうオーリス。

「いや、その前に怪しい男が来た。そいつがラパンだ。オーリスはミゼットに抱えられて、ここまで連れてこられたんだよ」

 俺は助け船を出した。

「気絶していたんだから、オーリスが答えられなくて当たり前さ」

「それもそうね。疑って悪かったわ」

 シルビアは俺の答えに納得した。
 オーリスの衣装を見れば怪しいのだが、そんなことに気付く余裕は無いくらいに疲れているのかな?
 それとも察してくれたのか?

 その後は信者による封印された邪神の奪還を警戒して徹夜したが、朝になっても襲撃は無かった。

 そして、朝になるとステラの空に爆音が響く。
 空を見上げたスターレットが叫ぶ。

「見たこともない鳥のモンスターが!とても大きいわ。邪神の眷族よ!」

 知らないから無理もない。
 あれは鳥じゃなくて飛行機だ。
 しかも、Tu-160。
 通称「ブラックジャック」である。
 旧ソ連の爆撃機が何故ここに?
 犯人は一人しかいないけど。

 ブラックジャックは街の外に着陸した。
 しばらくの後、冒険者ギルドにオッティとグレイスが顔を出した。
 やはりオッティか。

「よう、アルト。神と戦うって聞いたから、助太刀に来たぞ」

 オッティの話では、グレイス領でも神託があったらしい。
 なので、急遽オッティが飛行機を作って飛んできたというわけだ。

「助太刀に来てもらったのはありがたいけど、何でブラックジャックなんだよ」

 オッティのすることはよくわからん。
 ファンタジーでブラックジャックっていったら、鉄や砂の入った袋を振り回す打撃武器だろ。
 あれか、ブラックジャック違いでしたっていうギャグなのか?

「神と戦うなら、武器はチェーンソーかブラックジャックだろ」

 胸を張って答えるオッティ。
 手にはチェーンソーを持っている。
 その言葉で俺はようやく理解した。

「オッティ、ここは北海道でもなければ、神は空飛ぶ前方後円墳に乗っているわけでもない」

 俺とオッティがそんな会話をしていると、グレイスが文句を言ってくる。

「そんな、クリスタル・トライアングルのラストシーンを言ったって、わかってくれる人なんて500人に1人よ。しかもSAGAは知ってる前提よね?」

 すっかり解説のお姉さんになってしまったグレイスをみて、俺とオッティは涙を流すのだったが、それがグレイスの気に障ってしまい、二人して正座させられた。
 納得いかない。
 オッティの方が責任は重いと思います。

 そんなことをしていると、ギルド長が帰ってきた。
 昨夜の経緯を説明し、邪神の封印に成功した事を伝える。
 ギルド長の方からは、教団を壊滅できたと報告があった。
 残念ながら、生け贄にされた人々は亡骸となって発見されたそうだ。
 せめて全員の身元が特定されるといいね。
 教団を壊滅できた事で、ステラの軍が封印の宝珠を王都まで運ぶことになったので、俺の肩の荷がおりた。
 徹夜したことだし、オーリス達とカフェで朝食を摂って、さっさと寝ようかと冒険者ギルドの外に歩いて出ようとしたところで、ギルド長が俺を呼び止めた。

「アルト」

「はい」

 俺は振り替えってギルド長を見る。

「相談係は今日で廃止だ」

「それって、解雇ですか?」

 ギルド長は首を横に振った。

「今日からは冒険者ギルドの品質管理部だ。よろしく頼むよ」

 俺は思わず苦笑いをしてしまった。
 生まれ変わっても品管だけは嫌だと言ったのに、気づいてみれば産業革命すら起こっていない世界で品質管理部になっていた。

「週休二日、残業なしなら喜んで。それ以外なら、泣きながら勤めさせていただきます!」

 俺はそう言うと、外で待っているオーリス達の元へ走っていった。

 品質管理?
 意外と悪くないかもね――


※作者の独り言
細かい部分で指摘はアルト思いますが、雰囲気と勢いで乗りきってください。
主人公がアルトだけに、ププ
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