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9章 驕り少女が我儘すぎる!123~

その3 ヒウタと運命少女

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 運命はあるか?
 と聞かれれば、珍しい出来事を目の当たりにするように、人と人が結ばれるように、誰かと意外な共通点が見つかるように、確かに運命はあると答える。
 だが、それらが良いことばかりかは別である。
 今日は駅前のパンでも買ってから帰ろう、ヒウタは思った。
 学校に残って実験レポートを済ませた後、友人のハクと大学最寄りの駅まで歩く。
 そこから電車で数駅進む。
 パン屋は二十一時まで営業している。
 ハクが聞いたらしいが、パン屋の主人が遅くまで頑張る人のために営業時間を延ばしているそうだ。
 改札を出る。
「何が美味しいんだっけ?」
「パイコロネのチョコと生クリーム、抹茶かな。時間ギリギリだから売ってるか分からないぞ」
「ああ。寒いな」
「流石は冬か。冬休みだ!」
「ほとんど期末レポート、実験レポートの再提出、テスト勉強だ」
「ヒウタ、クリスマスって知ってるか?」
「知ってる」
「デートしてくる。大丈夫だと思うか?」
 甘える子犬のような上目遣い。
 ヒウタは顔を青くして下がった。
「ヒウタ?」
「ちょっと驚いた」
「何に?」
「何だろう」
「うん?」
「まあ、おめでとう」
「メリアさんだよ」
「そうか」
「俺から誘った。けどヒウタを洗脳した本人だろ?」
「ああ。大丈夫とは思うけどな。もうしないって言ってたし、次は俺もシュイロさんも絶対許さないし」
「そっか」
 ハクは手袋を着けた両手を合わせる。
 白い息を吐いた。
「ああ」
「上手くいくだろうか? そういうの初めてだ」
「俺が言えるのは、せっかくだからドキドキしてわくわくして楽しんで来いってことだけだ」
「ありがとう。そうするよ」
「ハクもメリアさんも恋の当事者だから」
「語呂がいいな、それ」
 パン屋に着く。
 主人が次々と会計を済ませていた。
 小麦の香りが店内を包む。
「パイコロネ、ある。あと二個ずつか。奇跡だ」
「良かった」
 それからヒウタはカレーパンとメロンパン、ハクはクリームパンとガーリックトーストを買った。
 会計を終えて店を出ようとしたそのときだった。
「おい、パイコロネ。私の分がなくなった」
 ピンク色の髪の女性。お団子ツインテールに纏めていて、冬にしては薄いワンピースから体のラインが浮き出ている。
「え、あ、その」
「どうするヒウタ?」
「ごめんなさい。でも早い者勝ちじゃないかな?」
 ヒウタは遠慮がちに言って女性の顔色を窺う。
 女性のツリ目がヒウタを睨む。
 それからヒウタに顔を近づけた。
 ……身長同じくらいだ、ヒウタは衝撃を受けた。
「今、運命って思ったでしょ?」
「ん?」
 ヒウタは疑問を表情に示したが、女性は頬に力を入れて勝ち気な態度で迫る。
「運命とは、最も期待したい未来のことだ。ただ私はこの出会いを運命とは思っていない。進展したいとは思わないからだ。自分一人で舞い上がって誰よりも美しい私を見て、未来を望んで、運命って思っただけだ」
 女性は人差し指を立ててヒウタの鼻を抑える。
 鼻が豚のようになる。
「な、なんだこいつ?」
「そんなに私の連絡先を知りたいのか。上等だ。私は卯夏うなつ黄縫きぬい。私のためにそれを貢ぐならまた会ってもいい」
「あげませんが?」
「きゃはは。強がっても仕方ない。私の美しさには貢ぐ価値がある」
「嫌ですけど?」
「うんうん、丸い目だ」
「スマホ、しまってください。僕はあげません。それに、綺麗な人とは思いますが、好きな人いるので」
「え、あ、ふわあ」
 キヌイは泣いた。
 ヒウタは頭を掻く。
 そして、キヌイがパンを買うのを待って、外の広場に出た。
「分かりました。半分あげますよ」
「きゃはは。施しは必要ない。貢ぐなら別。君は大学一年生、あの大学の子」
「どうして?」
「初々しいって思った。君の学校では琴春ことはるさんは有名? 下の名前はカワクロ」
「え? あ」
「有名なんだ。私も私の大学では有名だ。ピンクの髪が目立つのもある。それにしてもカワクロの名を出したときの反応が不思議。うんうん、もしかして愛蓮あいれんさんを知ってる? なら、麦科むぎしな。マッチングアプリのアルバイトをしてるんだ。にしてもトアオの名を出したとき不自然だって思った。きゃはは、君がヒウタだね」
 ヒウタがパイコロネを準備している間に名前が特定されてしまった。
 怖い、けど。
 逆に言えば。
「君は何者?」
「気づいてると思うけど、敢えて言おう。私は『七つの大罪』の『傲慢少女』キヌイ」
「シュイロさんの知り合いか」
「きゃはは。そういうことになるね。パイコロネ、美味しく食べよう」
 キヌイはヒウタのコロネを三つとも齧ってしまった。
 サクッと生地の音がする。
 ヒウタは呆然としていた。
「目当ての物は食べた。愛蓮さん、私は嫌いだけど。兄が妙に気に入ってて、今でも気にしてるんだってね。次に会うときはもっとおしゃれにしてくる。きゃははは。じゃね!」
 去り際に手を振って。
 キヌイという女性は帰ってしまった。
「ヒウタ?」
「ああ」
「コロネ半分にするか?」
「いや、それはハクのものだ」
「でも」
「それよりさ。あの人、嫌な何かを感じた」
「気分の悪い態度だったよな」
「そうじゃなくて。たぶん、悪意だ」
「悪意?」
「シュイロさんで反応する俺を見て、明確に嫌そうな態度に変わった。本当に嫌いなんだって感じた。それに俺を特定する洞察力。怖いって思った」
「そうか。どうするんだ?」
「シュイロさんに連絡する。『傲慢』に会ったことは伝えるべきだ」
「そっか」
 運命はあるのだろう。
 ただ良いものばかりではないらしい。


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