ジャンクフードと俺物語

認識番号8830

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44.「てげうめぇ」の速射砲・前編 ~宮崎グルメ~

 これを書いてる時点での円相場は1ドル=155円。ピークの1ドル=160円の超円安から若干円高に振れたものの、2011年の1ドル=75円の史上最高値を見たことがある人間からすれば信じられないような状況だ。
 円安は私のような貧しき小市民に牙を剥く。そしてその剥き方たるや、まさにズル剝けと言っても過言ではない。食料品や日用品の価格が上昇するので普通に生活しているだけなのにフルボッコ状態だ。特に生活必需品であるバーボンウイスキーは完全なる輸入品なので円安デメリット直撃の大惨事。私が常日頃から愛飲しているジムビームも以前は近所のディスカウントストアで1本1,000円前後だったのが今では約1,300円と高騰中。小売価格が高くなろうとも飲み続けるのが「職業・酔っぱらい」である私の義務とは言えちょっとつらい。政府は何をしているのだろうか?あまりにも無策だ。一時的に酒税を減税したりしてドランカーたちの負担を減らすべきではなかろうか。

 まあ、「洋酒が高い!」で愚痴ってる私はまだ傷が浅い方なのかもしれない。この歴史的に指折りの円安下で海外への新婚旅行を計画しているカップルにとっては笑えないどころか号泣必須のハードな局面。私のように他人への思いやりで溢れるナイスミドルからすれば思わず同情してしまう状況だ。

「嫁に来ないか」と、新沼謙治みたいに男らしいプロポーズを成功させ、ご両親への挨拶、上司への挨拶、式の準備、結婚式本番と目が回りそうなほど忙しく動き回った後にやっと訪れる休息の時間、それが新婚旅行。是非とものんびりと過ごしてもらいたい。そして新婚旅行といえば海外。社会人が長期休暇を取れる数少ない機会なので海外に行きたい気持ちは痛いほど分かる。
 しかし、繰り返すようだが今は超円安。仮に新婚旅行の行き先を1番人気のハワイにしたとしよう。ワイキキビーチ近くの「餃子の王将(※1)」で11.75ドルの天津飯と、5.85ドルの餃子を食べただけで2,728円だ。天津飯と餃子を頼んだだけでちょっとした鰻屋でちょっとした鰻重のお値段なんて正気の沙汰ではない。一生に一度の新婚旅行なので多少の散財は許されると思うが、正直、食事を頼む度にかなりの勇気と覚悟が必要とされるだろう。

※1・・・餃子の王将はハワイから既に撤退していているので、今営業しているのは王将チェーンとは無関係なお店という噂もあります。謎ですね。


 せっかくの新婚旅行なので海外に行きたい気持ちも分かる。だが、円安による厳しい予算的制約がある中で無理しての海外より、国内に視野を向けてみるのはどうだろう。私的におススメしたいスポットがある。宮崎県の「青島」だ。言わずと知れた昭和の新婚旅行のメッカ。音楽やファッションが何度もリバイバルされるように、今や一周回ってホットな新婚旅行スポットだ。悪い事は言わない、新婚旅行は青島に行こう。

 そこで今回は「認識番号観光株式会社」による「新婚旅行・宮崎編」をお届けさせて頂きたい。「みんなの食卓でありたい」は松屋だが、「ご当地グルメを通してお客様にギンギンになって欲しい」が当社のキャッチコピー。そんなギンギンなプレゼンをするのは当社の首席ツアープランナーである私、認識番号8830です。それでは、よろしくお願いします。

 
 さて、私は宮崎出身の友人がいるのでかの地には何度も行った事がある、言うなれば「南国のベテラン」だ。控えめに言っても宮崎は食に関してはパラダイス。何が美味しいかと言えば肉と魚と野菜と果物。つまりほぼ全部が美味しい。いわゆる手が付けられないというやつだ。宮崎は「てげうめぇ※2」食べ物で溢れている。ここは大船に乗った気持ちで南国経験者である私のアドバイスに貴方の新婚旅行を委ねて頂きたい。

※2・・・宮崎弁で「とても美味しい(very delicious)」を表す。
 
 まずは出発する空港か駅で軽い朝食だ。朝食から宮崎名物でスタートしたいのはやまやまだが、宮崎県は西日本でもかなり西の方に位置する。空腹の状態で行くにはそこそこ遠い。空腹と言うものは厄介なもので、我慢し続けると1周回って食欲がなくなる事があるし、さらには2周回って胃酸が胃にダメージを与えて食事どころではなくなる事さえある。特に今回は予習をした宮崎グルメへの期待によって大量分泌された胃酸が粘膜筋板を超えるほどの致命的損傷を与える可能性も危惧される。軽く何か口にしておく方が無難だ。

 仮に羽田空港出発、宮崎空港着のルートなら空港で肉の万世の「万カツサンド」を買って搭乗前、もしくは機内で軽い朝食だ。個人的な経験で恐縮だが、羽田から旅行へ出発する際によく万世のカツサンドを買っていたので、羽田発の旅行と言えば「肉の万世」しか考えられない。厚めなカツに濃厚なソースで食べ応え充分。これでしっかりとエネルギーをチャージしてこれからの旅行に備えて欲しい。ただ、ボリューミーなので1人で全部食べるとそこそこ腹にたまるので昼食に差し支える危険性もはらんでいる。ゆえにここは新婚のお二人で半分ずつ食べてもらうくらいが丁度良い。万世のカツサンドは6切れなので、結婚式で「分かち合う云々~」と誓った二人にぴったりの割り切れる数字。3切れずつを分かち合って欲しい。これで準備万端だ。

「万カツサンド」ではなく万世の「ハンバーグサンド」という選択もある。こちらも濃厚なソースがフライしたハンバーグにジャストフィットしている傑作だ。肉汁が爆発している分、カツサンドより攻撃的な味わいがあるので朝から攻めたい人はこちらでも良いが、もし食べるなら機内で食べるのはご遠慮頂きたい。こいつは匂いの面でもカツサンドより攻撃的だ。空腹時の機内でこいつの匂いを嗅がされるのはちょっとした拷問。慎み深い二人に限ってそういう罪を犯さぬよう、ハンバーグサンドを選んだ際は空港のベンチかどこかで食べて欲しい。


 そうこうしているうちに宮崎到着。早速昼食だ。もちろん宮崎と言えばチキン南蛮。食堂やレストランは勿論のこと、喫茶店、居酒屋、焼肉屋等々、宮崎のあらゆる飲食店のメニューに入っている県民食だ。これは絶対に外せないし、これを外すなら何をしに来たのか分からないといっても過言ではないメニューだ。そんな宮崎人に「チキン南蛮と言えば?」と尋ねると、全ての人から同じ答えを聞くことになるだろう。そう、朗らかな笑顔をした人の良さそうな中年のコックさんのイラストが目印のあのレストラン。「味のおぐらチェーン」だ。
 県民各々がお気に入りの店を持っているらしいが、おぐらチェーンはチキン南蛮を象徴する別格の存在。何故なら「揚げた鶏むね肉の一枚肉に甘酢とタルタルソース」という様式美を確立させたのはその朗らかなイラストのコックさん。彼こそがチキン南蛮のディスカバラー、0から1を生み出した偉人である。故におぐらチェーンはチキン南蛮の発祥の聖地。この原点とも言えるチキン南蛮を食せば必ずや「てげうめぇ」との呟きが貴方の口から漏れ出すことだろう。



 そんな聖なるメニューであるおぐらのチキン南蛮。もも肉ではなく胸肉を使ってるせいだろう、とにかく猛々しいほどに肉々しい。脂身の少なさからくる若干のパサつき感がいかにも「肉を喰ってる」と感じさせ、現代人の中に眠っている肉食の本能を呼び覚ます。もも肉を使ってるやよい軒のチキン南蛮定食を心から愛する私だが、これはこれで無性に食べたくなる。どうも最近のチキン南蛮はもも肉ばかりな気がする。そういうお上品なアレンジも悪くないが、敢えて胸肉を使う武骨なスタイル、そしてその根底にある「安い部位でも美味しく食べられるように」という熱いスピリットは後世まで伝えていきたいものである。
 もう1つの特徴はタルタルの量が多い事。多いどころかやり過ぎと言いたくなるほどだ。個人的な感想だが、やよい軒よりマイルドなソースなのでより一層肉の味を感じられる。この溢れんばかりのタルタルソースを大胆に絡めて食べるとまさに至福だ。肉とタルタルの比率が1:1みたいな状況になる。こうなるとタルタルを食べてるのか、タルタルを飲んでいるのか分からなくなる。この非現実感を是非とも味わってほしい。このチキン南蛮を食べ終えた新婚さんたちがおぐらのイラストばりに朗らかな笑顔になっている場面が目に浮かぶ。

 宮崎県民が心から愛するこのおぐらチェーン。その愛情は他の地域に住む人からすれば信じられない程。それゆえに彼らは何かにつけておぐらの話をしたがる習性がある。大学時代の友人もよくそこら辺の弁当屋で買ったチキン南蛮弁当を食べながら「やっぱりおぐらの方が美味いな。ああ、おぐら喰いたいな」みたいなことをブツブツ呟いていた。物心ついた時から首ったけな宮崎のチキン南蛮でなく、よく分からないチンチクリンなチキン南蛮を食べざるを得ない現実に対する鬱屈した感情が彼の中に存在しているのが伺えた。
 この現象は私の友人に限った事ではない。最近、東村アキコ先生(宮崎県出身)の自伝的エッセイ漫画を読んだのだが、第一話目が「おぐらチェーンの思い出」についてだった。これまた私の勝手な想像だが、「新連載の一発目。宮崎県出身の私の自伝的な話。なら、おぐら一択だわ」とでも思ったのだろう。その姿勢には宮崎県人としての誇りすら感じる。
 ちなみにその話に登場する人物全てが「それにつけても彼らは何なの?おぐら一つにキリキリ舞い」してるおぐら狂いだった。宮崎人の性質を知らない人からすれば話を盛ってるんじゃないかと思うだろう。だが、前述の大学時代の友人を通じて宮崎人がどういう人種なのか多少は知っている私からすれば間違いなくリアルな話だと断言できる。宮崎人は基本的におぐらでキリキリ舞いだ。
 このように誰もかれもがおぐら狂信者と思われるほど宮崎県民の南蛮愛は深い。

 
 ちなみにこの「おぐら信仰」の影響はこの地のHotto Mottoのメニューにも反映されている。全国のHotto Mottoでは一部の地域と一部の店舗を除き、

「チキン南蛮弁当」・・・本場宮崎風。店内手作りのタルタルソースを直接オン。具がゴロゴロ入ったそのスタイルはオグライムズを継承している

「九州チキン南蛮弁当」・・・アレンジ系。チキン南蛮ソースと甘酢の小袋が添付。チキン南蛮ソースはドレッシングのような粘度で甘くてクリーミー、そして具無し。オグライズムとは一線を画す

上記の2種類のチキン南蛮が販売されている。この2種類を総称して広義の意味で我々は「チキン南蛮」と呼んでいるわけだが、タルタルソースを使ったトラディッショナルなチキン南蛮以外は認められないのだろうか、Hotto Mottoの宮崎の店舗では「チキン南蛮ソース」を使ってる「九州チキン南蛮弁当」は販売されていない。つまり、タルタルソースを使ったチキン南蛮弁当一択というわけだ。きっとこれは「チキン南蛮はタルタルしか認めない」という宮崎県民の拘りからくるものだろう。
 
 しかし、同時に別の謎が明らかになった。実は九州の宮崎以外のHotto Mottoではタルタルソースを使った宮崎風のチキン南蛮弁当が提供されていない。不可思議な状況としか言いようがないが、タルタルソースを使わない「九州チキン南蛮弁当」しか販売されていないのだ。宮崎から距離的に離れている福岡、佐賀、長崎はまだ話が分かるのだが、隣接する大分、熊本、鹿児島が非タルタル圏になるのは実に不思議だ。宮崎を包囲する形で反タルタルソース連合が形成されているこの事実は食の民俗学的にも興味深い話だ。

 話のついでだが、執筆にあたりHotto MottoのHPでメニューを確認したら九州以外は「チキン南蛮弁当」と「九州チキン南蛮弁当」の両方が提供されていると書いてあった。ただ、私の経験上、かなりのお店が「九州チキン南蛮弁当」しか提供していない気がする。少なくとも関東で働いていた頃の職場近くのHotto Mottoではそうだった。店内で手作りしたタルタルソースを必要とする「チキン南蛮弁当」よりも工場で作ったソースを付けるだけの「九州チキン南蛮弁当」の方がオペレーション的には遥かに楽なはず。ゆえにメニューから「チキン南蛮弁当」を外している店舗があるのではと勘繰ってしまう。
 まあ、これは筆者が利用していた店舗がたまたまそうだった、もしくは勘違いの可能性もある。それにこれ以上Hotto Mottoの闇に踏み込んでしまい、親会社のプレナスからの刺客から消されても困るのでこの話は忘れて欲しい。

 
 ちょっと長くなってしまったのでここまでを前編として今回は終了したいと思う。チキン南蛮を通して絆がより一層深まった二人だが、旅はまだ序盤中の序盤。彼らを待つのはまたしても宮崎グルメだ。東京砂漠では食べられない美味が二人の愛を更に激しく燃え上がらせるだろう。
 
 二人の「てげうめぇ」を求める旅はまだ始まったばかりだ。
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