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第一章
5. あなたのことはいいお友だちだと思っています
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今日も校舎には特別な音があふれている。
吹奏楽部の奏でる音色。
運動部の掛け声。
ボールの跳ねる音。
ドラムとエレキギターの鳴き声。
駆け抜ける足音。
笑い声。
また明日とあいさつする声。
この階段だけが静かだ。
僕が降り、西町さんが降りていくこの階段だけが。
図書室は二階にある。
文芸部の部室は三階。
どちらも階段のすぐそばなので、移動は二、三分で済む。
しかしいまは、その時間が無限に感じられた。
部室を出てから西町さんは一言も発していない。
図書室で怜先輩の本を返却すると、西町さんは「さ、行きましょう」とすぐ踵を返した。
予想どおりではあったけれど、やっぱり図書室に用があるというのは嘘だった。
もちろん僕も用事はないので、そのまま図書室を出る。
階段を上る。
三階を過ぎ、四階へ。
一年生の教室と昇降口は四階にある。
遠衛高校の校舎は珍しいつくりをしている。
外階段が二階、三階、四階にそれぞれつながっていて、各階に昇降口がある。
「……もういいでしょ、環くん」
四階手前の階段途中で、西町さんがいきなり振り返った。
「言いたいことがあるなら、早く言えば」
西町さんは背が高い。
一七〇センチ弱の僕より気持ち小さいくらい。
西町さんはいま階段二段分上に立っている。
すると彼女の顔を見上げる形になる。
多分、意図的にこの場を選んだんだろう。
狙いは十分成功している。
彼女に見おろされ、僕は捕食される小動物の気持ちになっている。
「別に言いたいことはないんだけど」
「嘘。そうやって焦らしたって無駄だから」
西町さんが言葉をぶつけてくる。
「えっと、何の話? こないだのことなら大丈夫。誰にも言ってないから、」
「環くん、わたしのこと好きでしょう」
「はい?」
「ほら認めた!」
身を守るように、両手でギュッと自分の体を抱きしめる西町さん。
「違うって! いまの『はい?』は疑問形! 好きじゃないから!」
「ごめんなさい。あなたのことはいいお友だちだと思っています」
「ごめん。僕はそう思えてない」
「何でわたしがフラれたみたくなってんの!」
「フラれてないし、フッてもないよ。いったん落ち着こう? ね?」
両手のひらを下に向け、どうどうと落ち着かせるポーズ。
サッカーのゲーム中にはよくやるけれど、日常生活でやったのはこれが初めてだ。
「環くん、わたしのことが好きで、握った弱みをネタに脅迫していやらしいことしようとしてるんでしょ」
「落ち着いて! アクセル踏まないで!」
いったいどこからそんな勘違いを生み出したんだ。
……ああ、もしかして。
「西町さん。教室で目があったのも、食堂で隣になったのも偶然だよ?」
「偶然っていう証拠は?」
う。
証拠といわれると困る。
何を出せば信じてもらえるんだ。
「……しょうがない。僕も本当のこと言うよ」
「やっと観念した? ちょっと待って録音するから」
「録音は話聞いてからにして!」
スマホを取りだした西町さんを押し止める。
「誰にも言わないでね。僕だけ秘密知っちゃってるのはフェアじゃないから言うけど、本当は墓場まで持っていくつもりだったんだから」
西町さんはカバンにスマホを戻し、まっすぐに僕を見た。
「実は僕、くらら先輩のことが好きなんだ」
「え! わたしじゃないの?」
西町さんは目を見開き、すっとんきょうな声を上げた。
「だから違うんだって」
「……言われてみればたしかに。環くん、よく先輩のほうチラ見してるし、話しかけられたときもオドオドしてるし」
「あああああっ!」
思わず頭を抱えしゃがみこむ。
一生の不覚。
誰にも知られないまま三年すごして高校を卒業するつもりだったのに。
「元気だして。脈はないけど、生きていればいいことあるよ」
階段を降りてきた西町さんが、頭上から優しい声音で優しくない言葉をかけてくる。
「やっぱり、脈ないかな」
「ごめん。つい口が滑っちゃったけど、本当のところはわからないね」
「でもくらら先輩と怜先輩って仲いいし、距離近いし……つきあってたりしないのかな」
「うぐっ」
胸を押さえた西町さんが、僕の隣にしゃがみこむ。
「自爆テロやめて。環くんの自虐はわたしにもダメージくるんだから」
「……今日も仲よく一緒に帰るみたいだね」
「だからやめてって!」
「うぐっ」
「ほら、自分だってダメージ受けるのに」
「不毛だからやめよっか」
「環くんって案外Sっ気あるというか、おちゃめ? おバカ?」
「西町さんは意外と変態リアクション芸人だよね」
「だからなんで戦争しかけてくるの。悲しみの連鎖は止めようよ!」
立ち上がり、再び階段を上り始める西町さん。
僕も腰を上げついていく。
「整理しましょう。わたしたちはいま、お互いを破滅させ得る兵器を持っています。この状況の最適解は何ですか? はい、環くん」
「どちらかというと西町さんの秘密のほうが破滅に近いよね」
「ブブー、0点です。この状況でマウントとりにきたら開戦待ったなしだよ!」
「ごめんつい。言いたいことはわかってる。お互い秘密にしようってことだよね」
自分が相手の秘密をバラしたら、自分の秘密もバラされる。
お互いがお互いの命綱を握り合い、片方が動けばもう一方も破滅する。
結局はどちらも動けないという構図だ。
「秘密協定を結びましょう。お互い、なかったことにするのが一番でしょ?」
「同感。じゃあ明日からは、これまでどおり何もない僕たちということで」
西町さんとうなずき合う。
四階の廊下を無言で歩く。
僕たちは同じ学年で同じ部活に属すだけの他人。
だから、これ以上話すことなんてない。
「じゃあね、環くん」
そして西町さんは、さっさとローファーに履き替えて昇降口から出ていった。
吹奏楽部の奏でる音色。
運動部の掛け声。
ボールの跳ねる音。
ドラムとエレキギターの鳴き声。
駆け抜ける足音。
笑い声。
また明日とあいさつする声。
この階段だけが静かだ。
僕が降り、西町さんが降りていくこの階段だけが。
図書室は二階にある。
文芸部の部室は三階。
どちらも階段のすぐそばなので、移動は二、三分で済む。
しかしいまは、その時間が無限に感じられた。
部室を出てから西町さんは一言も発していない。
図書室で怜先輩の本を返却すると、西町さんは「さ、行きましょう」とすぐ踵を返した。
予想どおりではあったけれど、やっぱり図書室に用があるというのは嘘だった。
もちろん僕も用事はないので、そのまま図書室を出る。
階段を上る。
三階を過ぎ、四階へ。
一年生の教室と昇降口は四階にある。
遠衛高校の校舎は珍しいつくりをしている。
外階段が二階、三階、四階にそれぞれつながっていて、各階に昇降口がある。
「……もういいでしょ、環くん」
四階手前の階段途中で、西町さんがいきなり振り返った。
「言いたいことがあるなら、早く言えば」
西町さんは背が高い。
一七〇センチ弱の僕より気持ち小さいくらい。
西町さんはいま階段二段分上に立っている。
すると彼女の顔を見上げる形になる。
多分、意図的にこの場を選んだんだろう。
狙いは十分成功している。
彼女に見おろされ、僕は捕食される小動物の気持ちになっている。
「別に言いたいことはないんだけど」
「嘘。そうやって焦らしたって無駄だから」
西町さんが言葉をぶつけてくる。
「えっと、何の話? こないだのことなら大丈夫。誰にも言ってないから、」
「環くん、わたしのこと好きでしょう」
「はい?」
「ほら認めた!」
身を守るように、両手でギュッと自分の体を抱きしめる西町さん。
「違うって! いまの『はい?』は疑問形! 好きじゃないから!」
「ごめんなさい。あなたのことはいいお友だちだと思っています」
「ごめん。僕はそう思えてない」
「何でわたしがフラれたみたくなってんの!」
「フラれてないし、フッてもないよ。いったん落ち着こう? ね?」
両手のひらを下に向け、どうどうと落ち着かせるポーズ。
サッカーのゲーム中にはよくやるけれど、日常生活でやったのはこれが初めてだ。
「環くん、わたしのことが好きで、握った弱みをネタに脅迫していやらしいことしようとしてるんでしょ」
「落ち着いて! アクセル踏まないで!」
いったいどこからそんな勘違いを生み出したんだ。
……ああ、もしかして。
「西町さん。教室で目があったのも、食堂で隣になったのも偶然だよ?」
「偶然っていう証拠は?」
う。
証拠といわれると困る。
何を出せば信じてもらえるんだ。
「……しょうがない。僕も本当のこと言うよ」
「やっと観念した? ちょっと待って録音するから」
「録音は話聞いてからにして!」
スマホを取りだした西町さんを押し止める。
「誰にも言わないでね。僕だけ秘密知っちゃってるのはフェアじゃないから言うけど、本当は墓場まで持っていくつもりだったんだから」
西町さんはカバンにスマホを戻し、まっすぐに僕を見た。
「実は僕、くらら先輩のことが好きなんだ」
「え! わたしじゃないの?」
西町さんは目を見開き、すっとんきょうな声を上げた。
「だから違うんだって」
「……言われてみればたしかに。環くん、よく先輩のほうチラ見してるし、話しかけられたときもオドオドしてるし」
「あああああっ!」
思わず頭を抱えしゃがみこむ。
一生の不覚。
誰にも知られないまま三年すごして高校を卒業するつもりだったのに。
「元気だして。脈はないけど、生きていればいいことあるよ」
階段を降りてきた西町さんが、頭上から優しい声音で優しくない言葉をかけてくる。
「やっぱり、脈ないかな」
「ごめん。つい口が滑っちゃったけど、本当のところはわからないね」
「でもくらら先輩と怜先輩って仲いいし、距離近いし……つきあってたりしないのかな」
「うぐっ」
胸を押さえた西町さんが、僕の隣にしゃがみこむ。
「自爆テロやめて。環くんの自虐はわたしにもダメージくるんだから」
「……今日も仲よく一緒に帰るみたいだね」
「だからやめてって!」
「うぐっ」
「ほら、自分だってダメージ受けるのに」
「不毛だからやめよっか」
「環くんって案外Sっ気あるというか、おちゃめ? おバカ?」
「西町さんは意外と変態リアクション芸人だよね」
「だからなんで戦争しかけてくるの。悲しみの連鎖は止めようよ!」
立ち上がり、再び階段を上り始める西町さん。
僕も腰を上げついていく。
「整理しましょう。わたしたちはいま、お互いを破滅させ得る兵器を持っています。この状況の最適解は何ですか? はい、環くん」
「どちらかというと西町さんの秘密のほうが破滅に近いよね」
「ブブー、0点です。この状況でマウントとりにきたら開戦待ったなしだよ!」
「ごめんつい。言いたいことはわかってる。お互い秘密にしようってことだよね」
自分が相手の秘密をバラしたら、自分の秘密もバラされる。
お互いがお互いの命綱を握り合い、片方が動けばもう一方も破滅する。
結局はどちらも動けないという構図だ。
「秘密協定を結びましょう。お互い、なかったことにするのが一番でしょ?」
「同感。じゃあ明日からは、これまでどおり何もない僕たちということで」
西町さんとうなずき合う。
四階の廊下を無言で歩く。
僕たちは同じ学年で同じ部活に属すだけの他人。
だから、これ以上話すことなんてない。
「じゃあね、環くん」
そして西町さんは、さっさとローファーに履き替えて昇降口から出ていった。
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