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本命の彼はどこですか?

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 深夜2時。古いアパートワンルームの角部屋。
 電気も付けず、暗い部屋の中でテレビの明かりだけがついていた。その部屋のベッドの上で頭から負担を被り、ヘッドホンとコントローラーを握るジャージ姿、ボサボサ頭の女性がいた。

 テレビの画面に映される金髪碧眼の男性に「君が好きだよ」のセリフを見て、ベッドの上で声を上げずガッツポーズをした。

 ヤッタァ!

 スチルが全部集まった。全クリだ……やっと、隠しキャラの本命が選択できる。ここまでくるのに、全然タイプじゃない攻略対象の男性ばっかりプレイするのは……苦行の日々だった。

「愛しのシシ君に会える」
 
 
 ふわぁ、安心したからか……眠くなってきたかも。

 三徹もしてゲームを進めたから……ここいらで仮眠をとって、万全な体制で本命をゆっくり楽しもうっと。私はヘッドホンを外して、倒れるようにベッドへとしずんだ。

 スヤァ~。



「……ん?」

 目覚めて、自分が乙女ゲーム「恋する君と魔法の木の実」の悪役令嬢アーリャ・ダーソンに転生しているなんて誰が思う?

「アーリャお嬢様、起きてください」
「……アーリャ?」

 メイドに朝だと起こされて、頭はパニック⁉︎
 なんとか動揺を隠してメイドと会話をして、朝の身支度句を終え――今は1人部屋の中で姿見の前に立っていた。
 

「こ、これがわたし?」
 
 
 か、可愛い琥珀色の猫目、肌綺麗、細い腰、手足長。
 さすが悪役令嬢……16歳とは思えないカンペキなプロポーション、髪だって水色で綺麗でサラサラ。

 どんなドレスを着ても、アーリャは可愛い。
 ほんと、可愛いすぎない⁉︎

 でもさ。こんなに可愛いアーリャなのに、王子はヒロインを選んじゃうなんて、信じられない。王子と攻略対象の男共のは目ん玉どこに付いてんのって、話よ。

 そうだ今、思い出したことをノートに書いておいた方がいいわね、わたしは机に座りノートを開いた。
 この「恋する君と魔法の木の実」という、乙女ゲームがはじめる、ロローア学園に入学するまであと1ヶ月くらい。

 王子はヒロインの男爵令嬢のミミカと、学園で出会い恋に落ちる。悪役令嬢のアーリャは婚約者を取られて嫉妬して、ミミカをいじめて婚約破棄で――そのあとは国外追放。
 
 なにより、王子はわたしのタイプじゃないし。
 ヒロインをいじめるのも好きじゃない。

 2人が恋に落ちたら遠くで見守ろう。わたしは訳あって高校から一人暮らしでバイト経験もしいてるから、国外追放になっても別に問題なくどこでも働ける。


 +
 

 わたしがアーリャに転生して5日目。
 なんとか、ここでの生活にも慣れることが出来た。1番はお父様とお母様は優しく、周りの使用人、メイド達が優しいことかな……1人は誰でも寂しい。
 
 わたしが、乙女ゲームの世界に転生してしまったのは仕方がないけど。三徹もして全クリしたのに、1番の推しに会えなかったのが心残り。

「ああ、シシ君に会いたかった」

 ゲームの隠しキャラでオオカミ獣人のシシ君。
 サラサラな黒髪、キリリとした赤い瞳、モフモフな耳とモフモフな尻尾――お肉とお昼寝好きなんだ。

 ゲーム雑誌を見て一目惚れをして、ゲームを買ったのだけど、シシ君との恋物語には高い壁があった。それは全攻略キャラルートのクリアと、スチルを全部種類めないと、彼へのルートが開かれない。

 ようやく、全クリしたのに死んじゃうなんて。
 わたしは、彼に会いたかったぁ!



 ――あれ?


「……私、シシ君に会えるんじゃない?」

 わたしは乙女ゲームの、悪役令嬢アーリャ・ダーソン。
 2日前に開かれたお茶会で、婚約者で金髪、碧眼のカサル王子にお会いしたのだから――当然、シシ君も当然いる。

 毎日が大変過ぎて、そこまで考えが追いつかなかった。
 わたしはシシ君に会える、春からの学園生活が楽しみ。

 
 
 +

 

 シシ君に会えると、浮かれて学園に入学したのに肝心の彼がいない。同じ貴族クラスだから会えると期待したのに、入学式にも教室にもいない。まさか……彼はオオカミ族だからって、乙女ゲームどおり彼を傷つける人がいたりする?

 ――そんな輩、信じられない!

 あの、モフモフの耳と尻尾よ。
 触りたいぃ!
 モフリたい!
 モフモフは正義!

 天然ドジっ子なヒロインとタイプじゃない王子、攻略者達なら……イヤでも絡んでくるるのに。

 わたしの、愛しのシシ君はどこにいるの?
 
 食堂、書庫、裏庭、屋根の上、茂みの中……どこを探しても彼は見つからない。そうだ、乙女ゲームでシシ君とヒロインはどこで会うのかな? くやしい、少しでもプレイ出来ていたらわかったのに。

 残念だ。

 気持ちを切り替えて、入学当初から見たかった――乙女ゲームに登場する『魔法の木』を見に庭園へと向かった。

(へぇ、コレが乙女ゲームで重要な魔法の木……見た目は乙女ゲームと同じかな?)

 たしか……この木の下で意中の人に告白すると。リン、リリンと鐘の音が鳴って、ピンク色のリンゴが実ると両思い。鐘がならずリンゴが実らなければ、片思いだとわかるんだよね。

 告白と同時に、実ったピンクのリンゴを二人でかじれば、永遠にむすばれる。この不思議な木を、もっと近くで見ようと近付いた。

 リン、リリン。

 ――え? 告白していないのに鐘の音が聞こえた? まさか私の恋の相手?

 周りを見渡すと……ゲッ、木の近くにヒロインを囲むように、王子と攻略対象たちがいた。


 ま、まさか、あの中に私の運命の人がいる?


 あ、ああ……そこに実るのは、ピンク色のリンゴじゃない? バグ? 近付いただけで鈴の音は聞こえるし、バグしかない! わたしは実ったリンゴをもいで私は走り去った。

 

 その後ろで、葉がカサッと揺れた。木の上で昼寝をしていた、頭に耳とお尻に尻尾を持つ男性が目を覚ます。

(……ん? あれはアーリャ? ……彼女も同じ学園に来ていたのか)

 そう、この木の上にアーリャの愛しの、シシ君がいたのだ。そして――彼はアーリャを知っているらしく、走って行く後ろ姿をズッと見つめた。

 そのことを、つゆ知らずのアーリャは。

 シシ君以外はいやぁ! だと、ピンク色のリンゴを持って、走り去ったのだった。
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