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冷めた食事とクマたん
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「ロー様の部屋で食事!」
そう思った瞬間から、わたくしの胸は高鳴っていた。
――えっ、うそ。
部屋に、運ばれてきた食事に箸を伸ばした瞬間、その冷たさにびっくりする。味はたしかに美味しい。けれど、すべての料理は毒味済みで、温かさを失ってしまっていたのだ。
(……いまロー様は、わたくしの家で温かい食事を食べているのかしら? そうだったらいいな)
そう思いながら、冷めた食事をそっと口に運んだ。
⭐︎
朝食後、ロー様の部屋を探索していると、コンコンとノックの音。
現れたのはモスリンお兄様だった。
「ローエン様、執務のお時間です」
「執務? は、はい」
お兄様と一緒に執務室へ向かい――扉が開かれた瞬間、私は息を呑む。
「……え……」
壁一面に飾られていたのは、私の絵。
微笑む顔、舞踏会でのドレス姿、窓辺で本を読む横顔……どれも、私を見つめるロー様の視線を感じるスケッチばかり。
(このタッチはわたくしの専属メイド……リマさん? そして、ロー様の噂の相手……)
「ローエン様? どうなさいましたか?」
「……いいえ、なんでもないわ」
わたくしは無理に微笑み、ローエンの執務机に腰を下ろした。そして、目の前に置かれたものに――再び息を呑んだ。
それは、彼女が誕生日に贈った、手作りのクマさんのぬいぐるみだった。丸い瞳とふわふわの手足、赤いリボンが胸元で揺れている。
(……ロー様、大切にしてくださっているのですね)
頬がゆるむのを感じた、その時。
兄・モスリンの口から、衝撃のひとことが飛び出す。
「ローエン様。今日は挨拶されないのですか?」
「……え? 挨拶ですか? (お兄様には、もうしたはず……)」
「いえ、クマたんにですよ。いつも通り……」
「く、クマたん……?」
モスリンは、ごく自然に続けた。
「いつも『ミミ、今日も頑張るね』『疲れたよ、ミミ癒して』『終わった、ミミ』とお話しされてますよね」
(……ふ、ふぇぇ……!? ロー様、クマたんが……わたくしの代わり……!?)
嬉しさが込み上げて、顔がニヤけそうになる。
(ど、どうしましょう……。嬉しすぎて、顔が緩んでしまいますわ)
「……ふふ。クマたん。執務、がんばりますね」
⭐︎
そうして始まった“ロー様”の執務。
「ローエン様、この書類に印をお願いいたします」
「わかったわ」
わたくしは頷いて、ペンと印を手に取った。
(あら? これなら、わたくしにもできそう)
提出書類に目を通し、ハンコを押した。
そう思った瞬間から、わたくしの胸は高鳴っていた。
――えっ、うそ。
部屋に、運ばれてきた食事に箸を伸ばした瞬間、その冷たさにびっくりする。味はたしかに美味しい。けれど、すべての料理は毒味済みで、温かさを失ってしまっていたのだ。
(……いまロー様は、わたくしの家で温かい食事を食べているのかしら? そうだったらいいな)
そう思いながら、冷めた食事をそっと口に運んだ。
⭐︎
朝食後、ロー様の部屋を探索していると、コンコンとノックの音。
現れたのはモスリンお兄様だった。
「ローエン様、執務のお時間です」
「執務? は、はい」
お兄様と一緒に執務室へ向かい――扉が開かれた瞬間、私は息を呑む。
「……え……」
壁一面に飾られていたのは、私の絵。
微笑む顔、舞踏会でのドレス姿、窓辺で本を読む横顔……どれも、私を見つめるロー様の視線を感じるスケッチばかり。
(このタッチはわたくしの専属メイド……リマさん? そして、ロー様の噂の相手……)
「ローエン様? どうなさいましたか?」
「……いいえ、なんでもないわ」
わたくしは無理に微笑み、ローエンの執務机に腰を下ろした。そして、目の前に置かれたものに――再び息を呑んだ。
それは、彼女が誕生日に贈った、手作りのクマさんのぬいぐるみだった。丸い瞳とふわふわの手足、赤いリボンが胸元で揺れている。
(……ロー様、大切にしてくださっているのですね)
頬がゆるむのを感じた、その時。
兄・モスリンの口から、衝撃のひとことが飛び出す。
「ローエン様。今日は挨拶されないのですか?」
「……え? 挨拶ですか? (お兄様には、もうしたはず……)」
「いえ、クマたんにですよ。いつも通り……」
「く、クマたん……?」
モスリンは、ごく自然に続けた。
「いつも『ミミ、今日も頑張るね』『疲れたよ、ミミ癒して』『終わった、ミミ』とお話しされてますよね」
(……ふ、ふぇぇ……!? ロー様、クマたんが……わたくしの代わり……!?)
嬉しさが込み上げて、顔がニヤけそうになる。
(ど、どうしましょう……。嬉しすぎて、顔が緩んでしまいますわ)
「……ふふ。クマたん。執務、がんばりますね」
⭐︎
そうして始まった“ロー様”の執務。
「ローエン様、この書類に印をお願いいたします」
「わかったわ」
わたくしは頷いて、ペンと印を手に取った。
(あら? これなら、わたくしにもできそう)
提出書類に目を通し、ハンコを押した。
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