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腰痛と小豆洗いと羊羹(後)

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「チャの病魔はこの絵からして……腰痛だな。かがんでデンデン小川で小豆を洗うから、長年のツケが回ってきたんだな。治療のあと、処方箋出すから猫又薬局で貼り薬をもらって、しばらく仕事を休んだ方がいい」

 環が描いた病魔絵の腰の部分がどよんでいた。

「腰痛か……だがの、わたしゃの小豆を好きで、待つ人がいるんだ仕事は休めない」

 チャはあやかし横丁で大人気の、のっぺら坊の和菓子屋に小豆を卸している。
 あそこの餡子は小豆の味が濃く、粒も大きく、一度食べるともう一度と食べたくなる有名なお店だ。

「そういや、チャの息子も独り立ちしてもいい歳だろ? 小豆洗いとしてやっていけないのか?」

「息子のトマのことか……そうだな。あいつもそろそろ、わたしゃの後を継いでも良いの」

 と、チャに寝室ベッドに寝てもらい。シンヤが手をかざして治療をはじめようとすると、ガラガラと年代物のガラス張りの診察室の扉が開いた。

「先生、シンヤ先生、お隣の油すましに聞いた、親父が病魔に犯されたって本当か? で、どこが悪いんだ?」

 あやかし第三治療院に行ったと聞いて、飛んできたのだろう、チャの息子のトマが駆け込んできた。シンヤは目線で環に説明を頼むと言ってきた。
 環も分かったと頷き。

「トマさん、こちらにどうぞ」

 環は診察室の隣にある、休憩室にトマを案内するとテーブル席に座らせた。
 休憩室には小さなキッチンとコンロ、電子レンジ、ポットがある。
 そのポットから急須に五十度のお湯でじっくり旨みを抽出したお茶と、のっぺら坊が作った人気の羊羹をお皿に乗せた。それをテーブルに置くと、トマの対面に腰掛け先ほどの診察結果を彼に伝えた。

「ハァ? 腰痛?」
 
「はい、チャさんはどうやら働きすぎみたいです」

(……お、美味しい、絶妙な塩加減とすっきりした甘さのバランスがいい、甘いものが苦手な人でも一切れペロッと食べれちゃう――んんっ、朝早くから並んだ甲斐があったわ、ここの羊羹最高!)

「そうか、親父は働きすぎ……僕がまだ未熟だからだな」

 環は羊羹を咀嚼して飲み込み、お茶でほっこりして伝えた。

「いいえ、トマさん。チャさんはそんなこと言っていませんでしたよ。トマさんに『仕事を任せてもいい』とおっしゃってました」

「ほんと?」と、トマは環の手を掴むと、ずいっと顔を近付けた。

(ちっ、近い……)

 そこにシンヤがチャの治療を終えて入ってくる。

「環、チャの治療終わったよ……おお、のっぺら坊の羊羹だ、いただき……うおっ、うめぇ。お茶は木魂の所のか? いい味だ」

 シンヤは環とトマには目もくれず、一目散に羊羹に近付き指でつかむと、一口で環の羊羹を食べてしまった。
 環が早朝ニ時間も並んで買った、のっぺら坊の羊羹。
 その羊羹を一口でペロッと、食べたシンヤに怒りが込み上げる。――もちろん、木霊さん家のお茶もだ。 

「ちょっと、シンヤ君! 今あんたが食べたのは私の羊羹とお茶!」

「ああ? うっせぇなぁ。まだ、冷蔵庫にあるだろう? 俺の分食べていいから」
 
「え、シンヤ君の食べてもいいの? それならいいわ、チャさんとトマさんを送ってきます」

 機嫌を直して、受付に移動すると環は処方箋とあやかしお薬手帳を渡して、チャとトマを見送った。

「チャさん、あやかしお薬手帳を猫又薬局で提出して、シップを受け取りください。お大事にしてください」
 
「ありがとうね、環ちゃん」
「お世話になりました。僕、がんばります」

 まだ見習いの環と、シンヤは患者から代金を取れない。
 見習いは全国あやかし病魔治療師、あやかし病魔絵師協会から、月締めにお給料が振り込まれる。学生の間は経験つみの時期だ。

 環は手を振りニ人を見送って、次の患者の向い入れる準備をはじめた。
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