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2話
専属メイドが淹れたお茶で死ぬだなんて、どうしても信じられなかった。私が死ぬ原因だと思い込んでいた、カサロとの婚約を破棄してもなお、毒による死の運命からは逃れられなかった。
(今回で巻き戻りも十回目。もう、疲れた……)
それなら毒で殺される前に、ここから飛び降りたらどうなるのだろう。そう考えた瞬間、耳元で誰かが囁いた。
『なら、そこから飛び降りてみたら?』
その声は甘く、誘うような声だった。
でも、その声は私を納得させた。そうか毒じゃなく先に死ねば、この巻き戻りから抜け出せるかもしれない。ぼんやりとバルコニーの向こうを見つめ、私はふらりと足を運びそのまま身を投げた。
……グッ。地面に叩きつけられる衝撃と、全身を貫く激痛。確かに“死”を感じたはずなのに私は、生きていた。
しばらくその場で呆然としたが、私はふらつく足で部屋へ戻った。周りを見渡し、テーブルの上にある果物籠からナイフを取り出し、今度は自分の腕を切りつけた。
「……いっ」
血は流れて、確かに傷ついた。
けれど次の瞬間、傷口は塞がり、まるで最初から存在しなかったかのように消えていく。
どうして。
なぜ――?
どれだけ傷つけても痛みだけが残り、痕跡すら残らない。
「そんな、私は毒でしか死ねないの?」
だけど毒で死んでも、私はまたここへ戻される。
終わりたいと願っても、終われない。
逃げ場のない運命に、胸が締めつけられる。
途方に暮れて立ち尽くしていた、そのときコン、コン、コン。静かなノックの音が部屋に響いた。
「ルルーナお嬢様、お茶をお待ちいたしました」
――お茶の時間?
専属メイドの姿を思い浮かべ、私は自分の姿を見下ろす。泥にまみれ、血で汚れたドレス。この姿を見られるわけにはいかない。それに毒が入っていたら巻き戻って、十一度目が始まる?
「お茶は、いまいいわ。あとで頼むから」
「はい、かしこまりました」
扉の向こうで足音が遠ざかり、ほっとした。
私、毒でしか死ねない体だけど、少しずつ毒にならすことはできないのかしら? そのために毒の知識を高めなくちゃ。私は汚れてしまったドレスを捨てて、着替えた私はテーブルへ移動し、ペンを握った。
(いまの私の知識にもなるし、巻き戻った私にも覚えられる)
事細かく一度目の死からどの毒で、どんなふうに死んだのかを震える手で、ノートに文字と絵で書き記しはじめた。カリカリと静かな部屋に、ペン先が紙を引っかく音だけが響いている。
二度目は空腹に耐えきれず、食べてしまったのはサロ毒キノコ。落ちた毒沼。カサロに送られた花はシロミの花。調べて名前はわかったけど、どれもこの国には存在しない毒。だから入手は困難で解毒草も期待できない。
比較的に入手しやすい毒は、ないのかしら?
脳裏にふと一つの記憶が浮かぶ。
(十回目の巻き戻る前に、メイドが淹れてくれたリラックス効果のある、スワーロンの花茶なら手に入らないかしら?)
実物を知らない私は翌日、屋敷の書庫へ向かい植物図鑑を開く。図鑑に載っているスワーロンの白い花を見て、私は驚きを隠せない。なぜなら、お母様と庭に出たとき「ルルーナ聞いて、庭に植えた白い花が咲いたの」と見せてくれた花にそっくりだった。
あの花は毒⁉︎ お母様が花を花茶にして飲んでいたら……大変なことになる。図鑑を抱えて花が咲く庭へ向かい、ドレスの汚れも気にせずその花の前に座り、持ってきた図鑑を開いた。
「ルルーナお嬢様……。いきなり土の上に座っては、綺麗なスカートが汚れますぞ」
急に庭へとやって来て地面に直接座った私を見て、声をかけてきたのは長年庭師として働くジロウおじい。
「ジロウおじぃ、ちょうどよかった。この図鑑の文字を読める? 私にはまだ難しくて……」
「図鑑の文字ですか? わかりました。少々お待ちください」
ジロウじいは首にかけていた老眼鏡をかけ、私が開いた図鑑のページを読もうとした。だが、図鑑を見たジロウじいの表情が徐々に青ざめていく。
「な、なんと、これは……! ルルーナお嬢様、いますぐこの花から離れてください。その花には毒があります!」
そう言いながら私を花から引き離すと、庭師小屋へ向かい自分の古い図鑑を取り出し、さらに調べ始めた。しばらくして眉をひそめ、私に部屋へ戻るよう伝えたジロウじいはお父様の元へ走って行った。
(よかった、ジロウじいが気づいてくれて……。これで、この花が毒だと分かってもらえる)
部屋に戻り窓から庭を見ていると、ジロウじいがお父様のもとから戻り、花の調査を始めているのが見えた。
⭐︎
翌日、屋敷は早朝から使用人たちが騒然としている。
庭に植えられていた白い花は、スワーロンの花ではなく、毒花スノーフレだったと判明した。
――え? あの花はスワーロンの花じゃなくて、スノーフレの花?
ルルーナお父様はこの事態を重く見て、急ぎ早馬で王宮に報告した。報告を受けた陛下は緊急に、王城や貴族の庭園を調査させたが、どこにもスノーフレの花はなくストレス軽減のスワーロンの白い花だった。
なぜか、うちの屋敷だけ毒花スノーフレが咲いていたのだ。
(スワーロンの花に似た、スノーフレという花があるとわかってよかったけど……。なぜ、うちの庭だけ毒花のスノーフレが植えられていたんだろう? 長年庭師を務める、ジロウじいが植え間違いなんてありえない)
――いったい誰が、公爵家の庭に毒花を植えたのだろう。
(今回で巻き戻りも十回目。もう、疲れた……)
それなら毒で殺される前に、ここから飛び降りたらどうなるのだろう。そう考えた瞬間、耳元で誰かが囁いた。
『なら、そこから飛び降りてみたら?』
その声は甘く、誘うような声だった。
でも、その声は私を納得させた。そうか毒じゃなく先に死ねば、この巻き戻りから抜け出せるかもしれない。ぼんやりとバルコニーの向こうを見つめ、私はふらりと足を運びそのまま身を投げた。
……グッ。地面に叩きつけられる衝撃と、全身を貫く激痛。確かに“死”を感じたはずなのに私は、生きていた。
しばらくその場で呆然としたが、私はふらつく足で部屋へ戻った。周りを見渡し、テーブルの上にある果物籠からナイフを取り出し、今度は自分の腕を切りつけた。
「……いっ」
血は流れて、確かに傷ついた。
けれど次の瞬間、傷口は塞がり、まるで最初から存在しなかったかのように消えていく。
どうして。
なぜ――?
どれだけ傷つけても痛みだけが残り、痕跡すら残らない。
「そんな、私は毒でしか死ねないの?」
だけど毒で死んでも、私はまたここへ戻される。
終わりたいと願っても、終われない。
逃げ場のない運命に、胸が締めつけられる。
途方に暮れて立ち尽くしていた、そのときコン、コン、コン。静かなノックの音が部屋に響いた。
「ルルーナお嬢様、お茶をお待ちいたしました」
――お茶の時間?
専属メイドの姿を思い浮かべ、私は自分の姿を見下ろす。泥にまみれ、血で汚れたドレス。この姿を見られるわけにはいかない。それに毒が入っていたら巻き戻って、十一度目が始まる?
「お茶は、いまいいわ。あとで頼むから」
「はい、かしこまりました」
扉の向こうで足音が遠ざかり、ほっとした。
私、毒でしか死ねない体だけど、少しずつ毒にならすことはできないのかしら? そのために毒の知識を高めなくちゃ。私は汚れてしまったドレスを捨てて、着替えた私はテーブルへ移動し、ペンを握った。
(いまの私の知識にもなるし、巻き戻った私にも覚えられる)
事細かく一度目の死からどの毒で、どんなふうに死んだのかを震える手で、ノートに文字と絵で書き記しはじめた。カリカリと静かな部屋に、ペン先が紙を引っかく音だけが響いている。
二度目は空腹に耐えきれず、食べてしまったのはサロ毒キノコ。落ちた毒沼。カサロに送られた花はシロミの花。調べて名前はわかったけど、どれもこの国には存在しない毒。だから入手は困難で解毒草も期待できない。
比較的に入手しやすい毒は、ないのかしら?
脳裏にふと一つの記憶が浮かぶ。
(十回目の巻き戻る前に、メイドが淹れてくれたリラックス効果のある、スワーロンの花茶なら手に入らないかしら?)
実物を知らない私は翌日、屋敷の書庫へ向かい植物図鑑を開く。図鑑に載っているスワーロンの白い花を見て、私は驚きを隠せない。なぜなら、お母様と庭に出たとき「ルルーナ聞いて、庭に植えた白い花が咲いたの」と見せてくれた花にそっくりだった。
あの花は毒⁉︎ お母様が花を花茶にして飲んでいたら……大変なことになる。図鑑を抱えて花が咲く庭へ向かい、ドレスの汚れも気にせずその花の前に座り、持ってきた図鑑を開いた。
「ルルーナお嬢様……。いきなり土の上に座っては、綺麗なスカートが汚れますぞ」
急に庭へとやって来て地面に直接座った私を見て、声をかけてきたのは長年庭師として働くジロウおじい。
「ジロウおじぃ、ちょうどよかった。この図鑑の文字を読める? 私にはまだ難しくて……」
「図鑑の文字ですか? わかりました。少々お待ちください」
ジロウじいは首にかけていた老眼鏡をかけ、私が開いた図鑑のページを読もうとした。だが、図鑑を見たジロウじいの表情が徐々に青ざめていく。
「な、なんと、これは……! ルルーナお嬢様、いますぐこの花から離れてください。その花には毒があります!」
そう言いながら私を花から引き離すと、庭師小屋へ向かい自分の古い図鑑を取り出し、さらに調べ始めた。しばらくして眉をひそめ、私に部屋へ戻るよう伝えたジロウじいはお父様の元へ走って行った。
(よかった、ジロウじいが気づいてくれて……。これで、この花が毒だと分かってもらえる)
部屋に戻り窓から庭を見ていると、ジロウじいがお父様のもとから戻り、花の調査を始めているのが見えた。
⭐︎
翌日、屋敷は早朝から使用人たちが騒然としている。
庭に植えられていた白い花は、スワーロンの花ではなく、毒花スノーフレだったと判明した。
――え? あの花はスワーロンの花じゃなくて、スノーフレの花?
ルルーナお父様はこの事態を重く見て、急ぎ早馬で王宮に報告した。報告を受けた陛下は緊急に、王城や貴族の庭園を調査させたが、どこにもスノーフレの花はなくストレス軽減のスワーロンの白い花だった。
なぜか、うちの屋敷だけ毒花スノーフレが咲いていたのだ。
(スワーロンの花に似た、スノーフレという花があるとわかってよかったけど……。なぜ、うちの庭だけ毒花のスノーフレが植えられていたんだろう? 長年庭師を務める、ジロウじいが植え間違いなんてありえない)
――いったい誰が、公爵家の庭に毒花を植えたのだろう。
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