記憶の中の彼女

益木 永

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第1話

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  *

 近所にあるいつも遊びに行く公園。ブランコや、滑り台といったいくつかの遊具が置かれるぐらいにはスペースの広い公園でその日、一人で遊んでいた。
 けれど、それはたまたま一人だっただけだ。いつも遊んでいる友だちはその日は用事があってこられなかったからだ。一人で、遊んでいた。ブランコに乗ってギコギコとした音を鳴らしながら左右に揺れ動くのを楽しんでいる。たった一人で遊んでいるのは寂しい筈なのに、けれど自分の動きに答えるようにブランコが動くのがとても楽しかった事を覚えている。

 それだけの。本当は、残りもしないような記憶なのに、何故かはっきりと残っている記憶だった。

  *

「和也~、ちょっと見てくれよ」

 龍が勉強用のノートと問題集を目の前に置いてくる。

「ちょっと見てくれって……この問題は自分で解くって言ってなかったか?」
「言ったけどなあ! 難しいんだわ、これが!」

 机にバンバン叩きつけるような動き……本当にそれっぽいという動きだけで、叩きつけている訳ではないが、そんな仕草を見せる。
 目の前で困っている友人を見て、和也は頭を悩ませる。先ほど言った様に、この問題は自分で解くと宣言しておきながら、困って自分に頼ってきているのだ。折角の自分で解くと宣言したのを自分で捨てていく行動だからこそ、正直に教えよう……とはならなかった。

「龍はいつも俺に頼ってばっかじゃ駄目だ! たまには自分で解かないとな! って言ってただろ。それなら自分で解かないと」
「ぐっ……そんな宣言しなきゃ良かった」

 挙句の果てに自分の宣言に後悔まで言い出す状態だ。これでは埒が明かないが、かといって安易に教えるというわけにはいかない。自分で言い出した事は守ってほしいと思う。

「まあ、頑張って問題の答えを書くぐらいやったら教えてもいいけとは思うけどな」

 これなら一応自分で考えて問題の答えを解こうとしたって事になる。その前にそれをやってから教えてくれと言ってもらいたいものだったが。

「問題の答えを書いて、それで正解だったら猶更良いし」
「本当か?! やっぱ持つべきものは友人だな!」

 急に上機嫌になる龍を見て、和也は……やっぱり教えなくても良いかな、という考えが少しよぎってきた。

 和也は、自分の通っている三十木高等学校……の現在、二年生。成績は、龍が頼ってくる様に良い方ではあるのだが、そもそもこんな事をしているのは何故なのか。
 それは、龍が泣きついてきたからそのままの流れで彼の勉強に付き合う事になったからだ。というのも、これはいつもの事だけど。

「城築、前回は赤点だっただろう。次また赤点だったらその時は……」

 先生からそう言われたから助けてくれ、と言ったのが今日の始まり。そう、龍は割と今成績が落ちてきてピンチである事だ。勉強している様子はそんなになかったので当たり前ではあるのだけど。
 前回も補修を受けた際も手助けはしたのだが、付きっ切りという訳ではなくちょっと教えたぐらいだった。けれど、今回はそれだけじゃ駄目だと言ってきたのだ。

「付きっ切りで教えてくれよ! 場所は図書室で! お礼もするから!!」

 そう迫られて現在進行形で図書室閉室間際までぎっしり詰め込んで猛勉強中に付き合う事になった。一応、親にはもう連絡済みなので心配されることはない。

「いや~それにしても助かった~! ほい、出来たぞ」
「日頃からやっていたら俺の助け無くても大丈夫だろうけど……」

 龍はにへらにへらとした表情は崩さない。全くだ、と思う。
 とりあえず、龍の解いた問題の答えの確認だ……少し見て、和也は少し冷めた気持ちになる。

「龍……いくらなんでも適当に答えすぎじゃないか?」
「なっ……! これでも真剣にやったんだぞ!」
「しー!」

 和也は龍を静かにするように促す。ここは図書室なのでそう頻繁に叫ばれると困る。図書室では静かにする事が一番のマナーなのだ。

「すまん……それで、どうだったんだ?」
「問題の答えと正解がかすりもしてない。これだと結構詰め込まないと駄目だ」

 え~、とクレームの声が。これも原因はお前にあるだろと思いながらも、和也は丁寧に問題の解答を教えていく。
 それにしても、二学期早々大変ではあった。こうして龍の勉強の面倒を付きっ切りで見るなんて、入学から初めての事。自分でも慣れない事はまあまああるけど、何だかんだと復習にもなるから和也としても助かる事は非常に多かった。
 とりあえず、その日は本当に閉室間際まで龍の勉強の面倒を見る事になった。

「マジでありがとう! ホント助かった!」
「まあ明日もやるけど」
「はあ?! 明日は休んでもいいんじゃ」
「駄目だ。明日もやるぞ」

 マジかよ……とうなだれる様子を見ると呆れが出る。普段から喜怒哀楽の激しい龍は何だかんだとクラスでは人気がある。そんな龍らしい反応の数々を見ていると、少し可笑しな気持ちになる。

「それじゃあ、また明日な。一応お礼もするって言ってたよな?」
「お、おう。一週間何か昼飯おごるって考えてるけどそれでいいか?」
「一週間かよ……まあ、それでいいか」

 そこまで欲深い訳ではないので、昼食をおごるくらいでも大丈夫ではあった。そんな形で今日のテスト前の勉強会は終了した。

 和也は龍と別れて、下駄箱の所へ向かうために廊下を歩いていると。

「ごめん、ちょっと良い?」

 声を掛けられた。

「あ、……何かあった?」

 声を掛けてきたのはあまり知らない女子生徒だった。身にまとっている高校の制服はきっちりと着こんでいる様子が見て取れるような子だ。

「急に話しかけてごめんなさい。もし、良かったら上の方にあるボールを取ってくれない?」

 そう言われて、天井を見上げるとそこにはボールが引っ掛かっていた。ここ廊下は一階で、外のグラウンドとは壁なしで繋がっているとはいえ、結構な引っ掛かり方だ。

「この辺りを見ていたら、引っ掛かったまま放置されていたのに気づいたのよ。私一人だと、身長が低くて取れないから、どうしようかと悩んでて」

 確かに、和也と比べると彼女の背は割と低い方だ。これだと天井近くには確実に届かない。和也なら何かしらの台があれば届くだろうが……。

「あ~。それなら手伝うけど、何か台は無い?」
「台? ……ああ、確かに必要ね。ごめん、取ってくるからちょっと待ってもらっていい?」

 一瞬台と言われて困惑していたが、すぐにその意図を理解したようで彼女はそう言うとその場から離れていった。しばらくすると彼女は椅子を持って戻ってきた。

「たまたま準備で使っていた椅子が一つ片づけてなかったみたい。本当は片づけないと良くないんだけど、今回に関しては運が良かったわ……はい、お願いね」

 彼女はボールのある天井付近に椅子を置いた。和也はその置かれた椅子の上に立つと、手は余裕で引っ掛かっていたボールに届いた。

「よし、取れた」
「やった! じゃあこのボールは職員室に持って行かないとね。誰のかわからないし」

 確かに、この高校ではこのボールは置いていないだろう。手に取ってはっきりとわかったが、授業用のものとボールの見た目が違う。本当にこのまま放置したんだろうな……って思う。

「ありがとね……えっと、あなたの名前は。せめて苗字だけでも」
「え、俺の苗字は高野……だけど」

 反射的に和也はそう答える。

「そうなんだ。それじゃあ私も答えないと」

 これを自然と言える辺り、きっちりとしたタイプなんだろうなっと和也は考える。というより、彼女は何でこの時間にまだ学校にいるのだろうか……準備と言っていたから、もしかしたらあれが理由なのだろう。

「私は……伊豆野凛。苗字でも、名前でもいいわ! 今日はありがとう」

 彼女……凛は自分の名前を伝えた。これは、必然的に約束された……出会い、だったのかもしれない。和也は後々、振り返ってそう思う様な出来事だった。
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