記憶の中の彼女

益木 永

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第20話

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「もうすぐ文化祭だから、大変なのよね……」
 今日の昼休みは、廊下で話をしている中で凛はそう言うと、ため息を吐く。恐らくここ数日の疲れが溜まってきているのが、こうして反映されているのだろう。
「少しでもいいから、休憩した方がいいんじゃ?」
「そうかもだけど、皆が頑張っている中私が休んではいられないような……」
 和也の提案に少し遠慮気味な様子を見せる。責任感が強い事は大事ではあるが、こういう時こそ素直に休んでほしいと思う。
「それに、今日は最後の仕上げで遅くまでやるから猶更休んでいられないの」
「……でも、それで無理して倒れたら元も子もないと思う」
 和也は凛に休んでもらいたかった。こういう時だからこそ、少しでも休んだ方が良い。
「せめて、適度に休みながら頑張って明日の文化祭に間に合うようにした方がいい」
「でも……う~ん、高野くんが言う事も確かか」
 凛は少し気の迷いを見せてはいたが、和也の言う事が最もだと判断したようだった。この様子を見た和也は何だか少し、安堵をする。
 一方で和也には気になる事がずっとある。あの日、公園で……三度目の遭遇となったあの少年から告げられた事。今日、何かがあると言っていたあの言葉。けれど、昼休みに至るまで大事件らしい大事件は、起きていない。
 出鱈目な話かもしれないけれど、気がかりではあった。何だか、少し心配になってくる。
「……もし、今日何かあったら連絡……とか」
「えっ。どうしたの、高野くん?」
 凛がきょとんと、目を丸める様子を見て和也は急すぎたと自己反省をする。
「……ごめんなんでもない」
 その後、すぐにこの事を誤魔化す様に話題を変えた。なんだか、いつもより対応が不器用になっているようなそんな気がして仕方ない。

 放課後。凛と少し会話をしてから帰宅した和也はずっと、頭の中で引っ掛かった出来事を何度も、何度も反芻する。
『彼女と出会ってからその日に至るまでの事を忘れないでいて欲しい』
『じゃあ、その事はちゃんと忘れないようにしていてね』
『彼女が危険な事に遭わない様にできるのは、君だけだ』
 全部、あの少年から告げられたこと。まるで、自分を誘導するかの様にヒントを出しては消えて行っている。……それに、それを告げた後すぐにどこかへと消えていく。すぐに周囲を捜しまわしても、少年の影は一つたりとも見当たらない。
 正直、不気味な話である。言葉にするのは難しいのだが、通常の人とは何かが違う様な……そう。根本的な所から何か相違が出ている様な、超越したような。
 和也は、何度も脳裏に蘇る彼の言葉のその意味を考えながら、ずっと歩いていた。そして、気づいた時には家の前を過ぎていた。
「うわ……マジか」
 秋も中盤になり、暗くなるのも早くなっている。少し前なら夕日に照らされていた時刻だっただろうに、今となっては大分暗くなってきている様子だった。街灯が付いている様子さえ確認できる。
 和也はさっきまで歩いていたその道を戻りながら、また同じあの少年の言葉の事を考えていた。……やっぱり、気になる。

 そこに、スマートフォンから通知の振動が鳴る。

 和也は考えている最中に割り込んだその通知に少し驚きながら、なんとなくその通知を確認する。すると、画面に表示されたのは凛からの着信。
「……?」
 何故このタイミングで伊豆野さんから? と怪訝に思いながらも、和也はその電話に出る。
「もしもし」
「……け……て」
 あまりにもぼやけた音声が聞こえてきた時、和也は理解ができなかった。
「……は?」
「……が……て……!」
 電話の向こうから聞こえる彼女の声は、どこか力がない様子で、殆ど聞き取れない。和也はそれを認識した時、ただ事ではないと感じた。
「待って! 急いで行くから!」
 そして着信を切ると、和也はすぐに凛がいる場所……さっき出たばかりの高校へと戻って走り出した。

 和也が高校へ戻っていく最中、パトカーや消防車が高校の方角へ走り去っていく姿を見てただ事ではない、という直感を和也はより確信させていく。なんとかして早く、高校へ戻らないと、と一心不乱に激しく動いて疲れつつある足を無理に動かして走る。
 その足が、本当に限界を迎えそうなぐらい走り続けて辿り着いた高校の前。ぜぇ、はぁと絶え絶えになった息を吐いて、吸って整えて顔を見上げた和也の先にあったのは。
「……嘘だろ?」
 多数の見物客がいる、そしてその奥には消防車等が見える……そして、その更に奥にある高校が赤く染まっている。
 赤く染まっている、と言っても夕日などではない。それに、もう空は完全に真っ暗となっていて、夕日は全く見えない。……高校が、燃えていた。
 和也の目の前に映っていたのは二、三階で激しく燃えている校舎の様子だった。
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