記憶の中の彼女

益木 永

文字の大きさ
31 / 38

第31話

しおりを挟む

  *

「高野くん、どうしたの?」
 気づくと凛が隣から心配そうな様子で和也に声を掛けてくる様子が見えた。
「……伊豆野、さん?」
 和也は彼女の存在に気づくと、しばらくの間を置いた後に。
「大丈夫?!」
 そう、言い出す。
 すると、彼女はそう言われた時に心配そうな顔が一瞬で不思議そうな顔になっていた。
「……えっ、何が?」
「いや、さっき火事が」
「……? ちょっと待って」
 和也が火事の事に言及すると猶更、凛は不思議そうな顔になっていく。和也が、次の発言をする前に彼女はこう答えた。
「火事ってどういう事?」
「えっ……」
 予想外の言葉に息が詰まる和也は、周囲を見渡す。そこから見えたのは、何事も無く皆で集まっている手芸部の皆と先生……和也は、そこで何かを察した。
 もしかして、時間が巻き戻っているのか?
「高野くん、どうしたのかしら……もしかして疲れて……」
 先生がそんな事を言うから反射的に「疲れてないです! 大丈夫です!」和也は答えた。とにかく、この光景を見てわかったのはさっきのストーブが使えない、と先生に伝えられたタイミングである事が理解できた。
 しかし、和也には直前で突然起きた火の中にあの石を投げ込んだ記憶がある。流石に二度も時間が巻き戻る体験をしたら、すんなりと受け入れられてしまっている自分が怖い。
「……まあ、高野くんが大丈夫なら。とにかく、ストーブは残念ながら使えないので急いで作業を終わらせましょうか!」
 先生がそう宣言したのを皮切りに手芸部の面々は持ち場へと戻っていった。
「高野くん……あの、ちょっと良い?」
「……あ、伊豆野さん。どうしたの」
 凛が何やら深刻そうな顔で、何かを伝えたい様な……そんな風にソワソワとしている様子を見た和也は、一体何だろうと思いながらも凛に聞いてみる。
「突然なんだけど、これからは和也くんって呼んでいいかな?」
「……えっ?」
 突然の提案に、和也はたじろいだ。というか、わざわざ宣言してもらうまでの事なのか? という気持ちにもさせられる。
「何というか……私たち、ずっと他人行儀過ぎたかもって。だって名字呼びだもん!」
「そう……だったね」
 確かに、会ってからずっと名字呼びではあったが……。
「これは、私のエゴかもしれないけど……私は和也くんと、もっと一緒にいたいなって!」
「えっ」
 それは、急な告白だった。
「ちょっとせんぱい~! そこは仲良くなりたい、とかそんな事を言うべきだってぇ~!」
 遠くから見ていたのだろう。和多利が野次を入れてくると、凛は反射的に「ちょ、ちょっと! そういう事を大声で言わなくていいの!」と大声で反論してくる。
 そうした会話が耳に直接入ってくる。
 もしかしたら、凛は最初に出会った頃からずっとこちらの事を気にかけてくれていたのかもしれない。それは、和也としても同じだったかもしれない。
「伊豆野さん」
「はっ! な、何かな」
 自分が彼女に呼びかけた時改める様にシャッキリと背伸びをして綺麗に立つ凛を見ると、何だか可笑しい気持ちになってしまう。
 けれど、この事は真面目に伝えないといけないと。
「もちろん、その呼び方でも良いよ。でも、それなら俺も凛って呼んでいいかな?」
「……」
 和也が、そう答えた瞬間凛は目を少しずつ見開き始める。すると、突然何かを恥ずかしがるように「えっ、えっ」と鳴き声の様に動揺したような声を出す。
「だめ……かな」
「う、ううん?! 全然、駄目じゃないから!!」
 取り乱す凛を見て、和也は少し笑った。
 つまり、だ。これはあの悲劇を回避できた……という事で良い、良いんだろう。
 和也はその事が、本当に嬉しかった。安堵した気持ちも生まれた。こうして、話せて涙が出そうになるくらい昂っていた。


「準備……やっと終わったね」
「そうだね……」
 改めて、二人で手芸部の催しに生まれ変わった家庭科室を入り口前で見てそう思う。あえて皆がやってみたいテーマを尊重してバラバラにテーマ毎の展示をやってみたもののこれが案外上手くはまっていた。
 明日の文化祭、見に来てくれた人がどんな反応をしてくれるのか楽しみだと凛は話していた。
「なんだか、あっという間の様で長かった様で……不思議と感慨深いよ」
「そうなんだ。ふふっ、私も」
 今、この場にいるのは和也と凛の二人だけだ。先生は他にやらなければいけない事があると話して先に出て行ってしまったし、和多利を始めとした他の手芸部の部員たちももう既に帰っている。
 だからこそだ。和也はこのタイミングで切り出さなければいけない話が凛にあった。
「凛」
 その名前を呼ぶ。なんだか、その名前を呼ぶと少しむず痒い感覚が出てくる。
「どうしたの?」
 笑顔で、聞いてくる彼女に対して和也ははっきりと切り出したい話をする事にした。
「明日の文化祭、一緒に見ない?」
 この言葉には色々な意味がある。
 一番は、彼女と一緒に文化祭を回りたい気持ち。どうせなら、誰かを誘って行きたい気持ち。そして。
 あの事を、確かめなければいけないという気持ち。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

after the rain

ノデミチ
青春
雨の日、彼女はウチに来た。 で、友達のライン、あっという間に超えた。 そんな、ボーイ ミーツ ガール の物語。 カクヨムで先行掲載した作品です、

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

処理中です...