タイムスリップしたら織田信長の家来になりました!

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混乱の尾張

能力者同士の会見

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―――

 二日後、信長と蘭は武田の本拠地である躑躅ヶ崎つつじがさき館の要害山城ようがいやまじょうに来ていた。

 来る途中蘭は物珍しさに口を開けたままキョロキョロと首を振りながら歩いていた為、信長に拳骨を食らわせられたのでしゅんと元気がない様子だった。


「いてて……そんなに強く殴る事ないのにな……」
「うるさい。聞こえてるぞ。……まぁ確かに武田城下町と呼ばれるだけあって壮観ではあったな。清洲城や近辺の城の城下は戦で勝つ為にそこかしこに火を放ってしまっているから、ほとんど焼け野原だからな。」
「今さらっと酷い事言われたような……へぇ~そうなんですかぁ……」
「……しっ!来たぞ。」

 信長が背筋を伸ばして鋭い声で言うと、襖が開いて一人の壮年の男性が入ってきた。


(この人が武田信玄……?イメージしていたのより若い。あ、でもそうか。テキストに載ってる絵はもっと歳がいってる時のやつだからこんなもんか。坊主頭だから年齢不詳だけど。)

 蘭がそう思っていると信玄は何がおかしいのか薄ら笑いを浮かべながら言った。

「この度は信長公直々においで下さってありがたい事ですな。城下町はいかがでしたかな?」
「えぇ。区画整理はきちんとされていますし、街道も綺麗だ。うちはまだ城下の修復が出来ていないので是非参考にさせて頂きたい。」
「それはそれは。貴方はお父上に似て、火の後始末が苦手でおられるようだしさぞ大変でしょう。自慢の城下町なので帰りの道中も楽しんで行って下さい。」

 笑顔の信玄に対して信長は終始仏頂面で、蘭は二人の間でハラハラしながら座っていた。

(すげぇ~…社交辞令のオンパレード。しかも皮肉付き……)


「さて本題に入ろうかな。今日来たのは同盟を結ぶ為。そう書状に書いてあったが、果たしてそれは本心ですか?」
「もちろん本心ですよ。そうでなければわざわざ来ません。」
「そうですか。理由は?まぁ、想像はつきますがね。貴方が今川義元を討ったお陰で方々の部将どもが目の色を変えて貴方を狙っている。その中で孤軍奮闘出来る程、織田信長はまだ力が足りない。という訳ですね。」
「…………」

 面と向かって痛いところを突かれた信長は心底悔しそうに唇を噛んだ。

「大方美濃の斎藤を牽制する為に武田と同盟を結びたいというところでしょう。わかりました。同盟を許可しよう。どうせあそこは既に武田の手中に収まっている。こちらとしても損にはならんからな。しかし条件がある。」
「条件……ですか?」

 そう言って僅かに顔を上げた信長の額に大粒の汗が光っている。それを見た蘭は首を傾げた。

(どうしたんだろう?具合でも悪いのかな。でもさっきまで普通だったし……)


「美濃の遠山氏に嫁いだのは確か貴方の妹君でしたな。」
「……そうですが?」
「つまりそこの娘は貴方の姪という訳だ。その娘をうちの息子である勝頼の正室にして下さるのなら、同盟の話を飲もう。どうですかな?」
「……!!あの娘はまだ十にも満たない子どもですよ?それを……」
「おやおや、自分の兄上の子を人質にして自らの後継者にしてしまわれた貴方が言う事ですか?大切な息子を奪われた兄上はさぞかし嘆き悲しんでいるでしょうな。」
「くっ……」

 鋭い目で睨まれて言葉が出ない信長を見ていよいよ不安になった蘭は、ついに口を開いた。

「どうしたんですか?信長様?具合でも……」
「いや、大丈夫だ……」
「でも……」
「おや、そちらの方。わしの力が効かないようだな。」
「え?力?」
「さてはそなた、この世の者ではないな。」
「へっ!?」

 先程よりワントーン声を低くした信玄に別次元から来た事を何故か見抜かれて、蘭は飛び上がった。

「な、そんな訳ないじゃないですか!この世の者じゃないなんてご冗談を……」
「ふん、まぁよい。それよりも信長公の体調が限界の様だ。わしはこれで失礼するが、先程の条件が満たせぬ限りは同盟は結べないという事は肝に銘じておいた方がいい。」

 信玄はそう言うと、さっさと広間を出て行った。

 それを片目で確認した蘭は、崩れ落ちそうになっている信長を慌てて支えた。


「信長様!」
「大丈夫だ。あいつが出て行ったら楽になった。しかし信玄にこんな隠し玉があったとは……」
「どういう事ですか?信玄は力って言ってましたけど。」
「俺が『心眼』の力を使おうとしたら突然奴の声が体の中に入ってきたのだ。普通に話している声なのに耳からではなく腹の中から体全体に響くようだった。力を使おうと精神を尖らせていたから逆に信玄の力を全て受ける形になってしまったのだ。同盟を急ぐあまり、奴が能力者だという可能性を考えなかった俺の負けだ。」

 意気消沈してそんな事を言う信長を蘭は悲しい顔で見つめた。

「それで、信玄の力って……?」
「多分『念力』だ。」
「念力って、触らないで物を動かす力の事ですか?でも物なんて動かしてなかったですよね?」
「以前に聞いた事がある。『念力』は物だけではなく、人間の心も操る事が出来るそうだ。信玄はその力を使って今川や相模の北条と三国同盟を実現させたという訳だ。あれだけ反目し合っていた今川と北条を動かすなどどんな高度な交渉をしたのかと思っていたが、能力に頼っていたとは驚きだ。」
「人の心も操る……はっ!もしかして信長様は今……」
「あぁ。悔しいが俺はあの坊主に心を操られるところだったという訳だ。」
「でも今日は信長様の方だって力を使おうとしていたから漬け込まれただけで、次に用心すれば上手く交渉できるんじゃ?」
「いや、無理だろう。そもそも俺は交渉は苦手なのだ。今回の訪問は武田信玄という人物がどんな人間か見極めたかっただけで、本音を言うなら戦で決着をつける方が何倍もいい。しかし先程奴が言った通り、今の俺にはまだ武田や他の所と本格的に合戦をする力も勢力もない。悔しいがな。」
「…………」

「蘭丸。頼みがある。」
「何ですか?」
「近い内に美濃の苗木城に行ってくれ。そこに俺の妹がいる。」
「え?それって……」

 蘭は驚きで目をパチパチさせる。すると信長は一瞬複雑そうな表情をしたものの、次の瞬間には無表情で言い放った。

「信玄が言った条件を飲む事にする。妹の娘を清洲城に連れてきて一旦俺の養女にし、それから武田勝頼に輿入れさせる事に決めた。お前にはその娘を迎えに行って欲しい。」
「俺が、ですか?」
「心配するな。勝家も同行させる。二人で行ってきてくれ。どうせ信玄が裏から手を回して話は先方にいってるはずだ。」
「……わかりました。頑張ります!」


 こうして蘭は勝家と二人で美濃へ行く事になったのだった。



―――

 それから一年後の永禄3年(1560年)、織田信長は美濃国苗木城主・遠山とおやま直廉なおかどと自分の妹の間に生まれた娘を、自分の養女として武田信玄の息子・武田勝頼に正室として嫁がせた。


 後に龍勝院りゅうしょういんと呼ばれたその娘は、まだ年端もいかない子どもであったが、織田と武田の同盟の為にその身を捧げる事になってしまったのであった。



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