タイムスリップしたら織田信長の家来になりました!

文字の大きさ
61 / 124
混乱の尾張

龍と虎の激突 後編

しおりを挟む

―――

 武田軍、海津城


「信玄様、まだ動かないのですか?」
「うむ。やはり相手があの越後の龍だからな。慎重過ぎる程慎重になってしまっているのかも知れん。そうだ、勘助。お前がよい案を考えてくれ。」
「え?わたしがですか?」

 突然話を振られた武田家の家臣、山本勘助は驚いて目を丸くした。

「あぁ。よろしく頼む。」
「わ、わかりました。他の者とも相談して決めます。」
「よし。」

 信玄は軽く頷くと、さっさと自分の部屋に戻っていった。


「信玄様も緊張しておられるのだな。甲斐の虎も怯む程、上杉謙信という人は大物だという事か……」

 勘助は信玄の後ろ姿を見つめながらそう呟いた。



―――

 上杉軍、妻女山


「殿。まだ夜明け前ですが、今動く意味はあるのでしょうか?」

 甘粕景持は前を歩く謙信に向かって小声で言った。

「武田軍はきっとこの妻女山に別働隊を向けてくる。もしかしたら今にも後ろの夜闇から襲い掛かってくるかも知れない。」
「え……?」
「まぁ、それは冗談だが。しかし間違いなくこちらに向けて進軍してきているはずだ。奴らの計画ではまず、別働隊に我々を麓の八幡原に追いやらせ、そこで本隊が待ち伏せするという、いわゆる『キツツキ戦法』を実行するつもりだ。」
「キツツキ戦法……」

 景持はそう呟いて後ろを振り返った。

 謙信は川から戻ると僅かな仮眠をとっただけですぐに身仕度をして、まだ眠っている家臣達を叩き起こした。そして全員に山を下りる事を伝えたのだった。

 あの時『残留思念の分析』という力を使って謙信が視たもの。

 それが先程謙信が言った、山本勘助ら武田家臣が考えた『キツツキ戦法』の全容だったという訳だった。


「下りて八幡原に着く頃には朝日が昇るだろう。そこに陣取っている武田の本隊はさぞ驚く事だろうし、山を登ってきた別働隊ももぬけの殻の頂上の様子に肝を冷やすだろうな。」
「なるほど。さすが謙信様ですね!」
「喜んでいる場合ではないぞ、景持。お前にはこの辺りに残ってもらって別働隊が下りてきた時の為に備えて欲しい。」
殿しんがりを務めよ、という事ですね。」
「あぁ。頼めるか?」
「もちろんです!絶対に食い止めてみせます!」

 景持はそう言って深く頭を下げた。


「わたしもすぐに片をつけて駆けつけますので。どうかご無事でいて下さい。」
「わかっている。」

 謙信は微笑むと、景持軍を残して山を下りていった。



―――

 武田軍本隊、八幡原


「ど、どういう事だ!これは……」

 信玄は目の前の光景に唖然とした。

 夜明け前に八幡原に布陣した武田の本隊は朝日が昇って漂っていた霧が晴れた瞬間、目の前に上杉軍が立っていたのを見て慌てた。そして家来の一人が信玄に事の次第を報せに来た、という事だった。

 しかも鉢合わせたからには仕方がないとばかりに既に戦は始まっていて、それを見た信玄はいつもの冷静さを欠いていた。


「……いいか。絶対に退くな、一人でも多くの首を取れ。そう伝えよ。」
「はい!」

 信玄はそう言うと陣の中に戻って行った。

「謙信が能力者だという噂は聞いた事があったが、きっとその力でわしらの作戦を知ったのだな。まったく……やってくれるわ。」

 吐き捨てるように言うと、どっかりと座って脇に置いてあった軍配を手に取った。

「でも妻女山にやった別働隊がこの騒ぎに気づいて下りてくるだろうし、そうなれば俄然こちらが優勢になるだろう。別に慌てる事はない。」

 そう自分に言い聞かせていた時、先程の家来が戻ってきた。いやに取り乱している。信玄は立ち上がった。


「どうした?」
「馬に乗って頭に白手拭を巻いた者がこちらに向かってきます!早くお逃げ下さい、ここは私が……」
「……ふん、そうか。そういう事か。」
「え?」
「お前は戻れ。その者とはわしが相手する。」
「えっ!?で、でも……」
「長年に渡る戦いの決着は我々だけの舞台で、と言われても納得はいかんだろうがな。いいか?絶対にここへは誰も近づけるな。わかったら早く行け!」
「は、はい!」

 鬼の形相で睨まれたその家来は青くなりながら戦場へと戻った。


「待っておるぞ、越後の龍。」



一方、謙信は馬に乗って武田の本陣を目指して走っていた。

「待ってろよ、甲斐の虎よ。」

 かなりの距離を走ってきたにも関わらず一つも息を乱していない謙信は、見えてきた武田の本陣を確認するとにやりと笑う。そしてそのままの勢いで陣の中に突進した。


「やっと来たか。待ちくたびれたぞ。」

 そこには軍配を扇子代わりにして扇いでいる信玄がいた。

「ここで会ったが百年目。とはよく言ったものだな。そなたが武田信玄か。」
「貴様が上杉謙信だな。何年も戦をしていてお互いこれが初対面とは笑える話よの。しかし初めて会った気がせんのは不思議だがな。」
「確かに。」
「それにしても軍神と名高い謙信公が、まさか卑怯な真似をするとはな。」
「力の事か。それはすまない事をしたと思っている。しかしこちらも黙って攻められる訳にもいかないのでな。」
「まぁ、それもそうだな。」

 信玄が苦笑すると、謙信も口端を上げて笑う。しかしすぐに真顔に戻ると馬に乗ったまま腰に差していた剣を抜いた。

「無駄話はここで終わりだ。武田信玄!いざ、勝負!」

 謙信が大きく腕を振り上げたその瞬間だった。軍配が信玄の手から離れてその剣を止めた。

「なっ……!今のは『念力』か!?」
「左様。自分だけ能力を隠しているのは不公平だからな。」

 信玄はそう言いながら軍配を自分の手に引き戻した。それはまるで磁石が付いているかの様で、謙信は目をしばたたかせた。


「それはそうと、謙信公。物は相談だがな。ここは一つ、取り引きをせぬか。」
「取り引き……?」
「今川を破った憎き織田信長。そなたも気になっておるのだろう?」
「まぁ……しかし…」
「決着をつけたい気持ちは痛いほどわかる。わしとて同じ思いだからな。だが逆に言ってしまえばいつでも勝負しようと思えば出来る、とも言えるのではないかと思うのだ。」
「言っている意味が……わからぬ。」
「つまりここは手を組んで信長を倒そうという事だ。他の武将にも報せて尾張を周りから攻める。そうだな、名付けて『信長包囲網』。」
「信長包囲網……」

 謙信は力なくそう呟くと、そっと馬の首に凭れかかった。


「だが今すぐには攻めない。まだ若輩の者を袋叩きにして喜ぶ趣味はないからな。もっと成長して我々の相手に相応しい武将になったら、その時は全力で潰してみせよう。どうだ?協力してくれる気になったか?」

 信玄が振り向くと、既に意識が朦朧としている謙信がいた。

「おっと!これは力をかけ過ぎた。失礼。」

 信玄はおもむろに謙信に近づくと額に手を当てた。

「楽になったか?」
「あぁ……今のも『念力』の仕業か。」
「人間の心をも操る。天がわしに与えた素晴らしい力さ。」
「なるほど。その力でここまでのしあがってきたという訳か。」

 謙信は苦笑しながら背筋を伸ばした。

「その話、しばし考えさせてくれ。」
「わかった。但し、そう猶予はないぞ。」
「あぁ。」
「話が長くなり過ぎたな。家来達が不信に思う前にそなたは逃げよ。わしが上手く言っておく。」
「かたじけない。では失礼する。」

 馬に強く鞭を打つと、謙信はすばやく陣を去っていった。


「これでよし。信長には徳川がついておるし、美濃くらいはくれてやる。……面白くなってきたの。」

 そう言うと、信玄はくつくつと気味の悪い笑い声を上げた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

この世界の攻略本を拾った俺、この世界のモブな事を知る〜ヒロイン?の自由と幸せの為に最強を目指そうと思う〜

シャルねる
ファンタジー
このヒロイン? っていうのはなんで全員が全員一回は不幸な目に遭うんだよ  数日前、両親が死んでしまった。  家族が居なくなってしまった俺は、まだ現実を受け入れられておらず、気がついたら、母さんと父さんとの思い出の場所である花畑に足を運んでいた。  多分、一人になりたかったんだと思う。  村のみんなは俺がまだ12歳という若さで一人になってしまったから、と色々と優しく声をかけてくれるが、村の人達に優しく話しかけられる度に、現実を思い出してしまって嫌だったんだ。 「……なんだ? あれ」  そんな時に見つけた一冊の本が俺の全てを変えた。……変えてくれた。  その本のせいで知りたくないことも知ってしまったりもしたが、誰かが不幸になると知ってしまった以上は死んでしまった両親に自分が死んだ時に顔向けできるように、とヒロインって人たちを助けられるように攻略本を頼りに努力を続け、この世界の本来の主人公よりも更に強くなり、ゲームのことなんて何も知らないままヒロイン全員を救う……そんな話。

聖人:織田信長記録

斎藤 恋
ファンタジー
「俺が、天才の織田信長に?」 北海道で化け物と闘い死んだはずの男が、戦国時代の織田吉法師として目覚めた。 5歳の梅雨、泥水に倒れた時、彼は知るーーーー自分が“水を浄化する能力“を持っていることを。 母の冷たい視線、父の重い期待。 誰にも言えぬ秘密を抱えて、吉法師は天下の荒波へと船を漕ぐ!

処理中です...