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舞台は日本の中心へ
将軍の思惑
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信長が美濃を手に入れて稲葉山城を岐阜城と改名してその城下を治め始めた頃、甲斐の武田氏は次々と領国を拡大していた。
川中島の合戦後正式に上杉謙信と信長包囲網に関して密約を結んだ信玄は、代わりに上杉領の越後には一切手を出さないという条件を快く受けた。
しかしそれで武田の侵攻が止まるはずはなく、今度は西上野へ方向を転換した。そして桶狭間で義元を失った今川氏との同盟関係は破綻寸前であった為、駿河にも矛先を向けていた。
―――
甲斐、躑躅ヶ崎館 要害山城
信玄は自分の部屋で息子、勝頼と対面していた。
「今川は存外しぶといな。義元が死んで全滅するかと思っていたが。」
「ええ。ご子息の氏真様がご健闘なさっているそうです。しかし家臣の離反やこのご時世に茶会を催したりして、衰退するのも時間の問題ではないでしょうか。」
「勝頼……お前も言うようになったな。」
珍しい勝頼の辛口に、信玄は思わず苦笑した。
「ところで信長の娘はどうだ?子を成せる歳になったか?」
「もうすぐ15になります。」
「そうか。それならそろそろ後継ぎを期待しても良いな。男が生まれたらお前の次の跡取りにする予定だから、そのつもりでいろ。」
「えっ!?次の跡継ぎは兄上では……?」
目を見開いて驚いた勝頼を見て、信玄は不敵に笑った。
勝頼の兄、武田義信は信玄の嫡男である。本来ならその義信が武田の次の当主となるのだが信玄と昔から反りが合わず、度々政策に関する意見の相違で争っていた。
それでも順番で言えば義信が一番の当主候補であって、勝頼はてっきり兄が後を継ぐものだと思っていたのだ。
「わしの思い通りに動かん奴に武田の名はやれん。あいつはもう必要ない。……今川と同盟を結ぶ為とはいえ、義元の娘と結婚させたのは失敗だった。駿河を攻める事に断固反対だそうだ。」
憎々しげにそう吐き捨てる父を、勝頼は複雑な表情で見つめた。
義信は甲駿同盟の証として、義元の娘を正室に迎えた。つまり氏真とは義兄弟になる。そういった関係上から、義信は自分の妻と義兄の為に何としても駿河への侵攻を止めようと必死になっているという訳だった。
「まったく……!身内には効かんとは、『念力』の力も肝心な時に役に立たんな。」
「私は父上の力が効こうが効きまいが、最後まで従うと決めていますよ。」
「あぁ、わかっておる。お前だけがわしの希望だ。あの娘に言っておけ。元気な後継ぎを生んでくれと。」
「はい。」
勝頼は慇懃に頭を下げて、笑顔で返事をした。
―――
南近江、矢島御所
「失礼致します。義昭様。」
「何ですか?」
「越前の朝倉殿からお返事が参りました。こちらが返書です。」
「ありがとうございます。」
丁寧にそう返事をした義昭は、従者から文を受け取って中を読んだ。
「……いかがですか?」
「義景公は私の思いを汲んで下さいました。」
「!それでは……?」
「えぇ。越前で受け入れて下さるそうです。」
「それは良かったですね!早速引っ越しの支度を……」
「但し、上洛に関しては消極的な様です。」
「……え?」
「住む場所は提供出来るが上洛については約束は出来ないと、そう書かれています。」
「何と無礼な!」
従者が思わず大声を出して立ち上がると、義昭は『まぁまぁ』と宥めるような仕草をした。
「急な申し出をこうして受けてくれただけで良しとしましょう。上洛は今すぐでなくてもいいですし、まずは安心出来る所に落ち着くのが先決です。」
「義昭様がそう仰るなら……」
従者は渋々といった様子で座り直した。
第13代将軍・足利義輝の弟の足利義昭は、近江国の守護の六角義賢の庇護の下、この矢島に逃れてきた。
しかしつい先日、京から追いかけてきた三好の軍が御所を襲うという事件が起こった。その時は撃退して難を逃れたが六角がこの件に関わっている、三好と内通しているという噂が流れ、それを知った義昭は思い切って別の場所に移るという決断を下したのだ。
越後の上杉や北近江の浅井等に声をかけた結果、朝倉義景だけが返事をよこしたという訳だった。
「とは言っても正式に将軍を名乗るには京に行かなければなりません。そうなるとやはり誰かの力が必要になりますね。上杉、朝倉が動かないのなら……織田信長に頼るしか道はないのかも知れません。」
「しかし大丈夫なのでしょうか?信長はまだ上杉や武田の足元にも及ばない。やっと美濃を制圧したという話ですよ?」
「兄上が言っていました。信長はいずれ大物になると。私はその言葉を信じているのですよ。」
「義昭様……」
「でもこうも言っていました。我々の駒になってくれるのか、それとも牙を向けてくるのか、と。私はどちらになろうとも構わない。ただ私を将軍にしてくれるだけでいいのですからね。」
そう言って笑顔を見せた義昭だったが、その瞳は笑っていなかった。
「…………」
「さて、引っ越しの準備をしましょうかね。貴方は下がって良いですよ。」
「……はい、それでは失礼します。」
従者が恭しく頭を下げて出ていく。義昭はしばらくそのままでいたが、ゆっくりと立ち上がると奥の部屋に入っていった。
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