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舞台は日本の中心へ
父親からの解放
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甲斐、要害山城
「これはこれは義景殿。遠い所ご苦労でありましたな。」
「いえいえ。信玄公の要請とあらばいつであっても駆けつけますよ。」
そう言って朝倉義景は微笑んだ。
ここは武田信玄の住む要害山城の大広間である。
信玄は最近の信長の活躍を聞いて今こそ『信長包囲網』を実行する時であると考え、早速とばかりに越前の朝倉義景を呼びつけたという訳だった。
「お話とは織田信長の事ですね?」
「そうだ。お前さんも耳にしておるだろう?あの尾張の統一もろくに出来ていなかった若造が、義昭を将軍にしよった。京から逃がしてやったり匿ってやったりしたお前さんを差し置いてな。さぞ悔しかろうと思っていたところじゃ。」
「……いえ、私が上洛を断ったからですので。仕方がありません。」
「ふん。まぁ、お前さんがそう言うならわしはもう何も言わんが。」
仕方がないと言いながらも悔しさが表情に滲み出ている義景を見て、信玄はニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「正直に言うとわしはあやつに腹が立ってしょうがない。何故ならわしが何年もかけて調略した三好の一族をたった半年で皆殺しにしおった。お陰で畿内で武田の息のかかった者はいなくなってしまったわい。」
言葉とは裏腹に口調はさも楽しそうな信玄に、義景は思わず喉を鳴らした。
「実はな、謙信とは密約を結んでおっての。共通の敵である信長を共に退治しようとしておるのだが、どうじゃ?お前さんも加わらんか?義昭の件は置いといて越前にとっても良い事だと思うがな。」
「謙信公と密約!?それはいつ……?」
「川中島での合戦の時じゃ。」
「あ、あの時……甲斐の虎と越後の龍が一騎討ちをしたという噂が流れたが、まさかその時にそのような密約を交わしたとは……」
絶句する義景を横目で見ながら信玄は立ち上がった。
「加賀の一向一揆に苦戦しておるようじゃの。」
「え、えぇ……」
「もしお前さんが信長包囲網に加わってくれたら、その一揆討伐に協力してやろう。」
「え……!?」
「どうじゃ?参加するかしないか。答えは簡単だと思うがの。」
「…………」
ゆっくりと義景の体が前のめりになっていく。それにも関わらず信玄は続けた。
「武田の内部でも色々と問題があったのだが、ついこの間全部解消した。これであの悪魔の息の根を止める事が出来る。」
「……問題…」
「恥ずかしい話だが、嫡男の義信が謀叛を働いた。事前に密告があって阻止出来たから良かったものの、危うく殺されるところだった。ここまできて身内にあっさりやられたのでは、甲斐の虎とは名ばかりと笑われる。」
「ご嫡男が謀叛を?……それで義信様は……」
「もちろん処罰した。裏切り者には例え肉親でも制裁を。これがわしのやり方じゃ。」
「!!」
振り向き様に鋭い目で睨まれた義景はついに畳の上に倒れ込んだ。
「これでよし。後は北近江の浅井か。いや、あそこの若君はこやつよりも賢くていらっしゃる。朝倉と織田を天秤にかけて最も自分に都合の良い方を選択する機会を与えるとでもしよう。……追いつめられて絶望する信長の顔が早く見たいものじゃ。」
義景の額に手をかざしながら、信玄は不敵に笑った。
―――
美濃、岐阜城
永禄10年(1567年)4月、可成が伊勢から帰ってきた。内偵先の北畠と神戸の動向を報告する為である。
「ご苦労だった。それで、どうだった?」
「はい。まず神戸の方ですが、以前のような勢力はないようです。今は南近江の六角に臣従しているのがやっとの事だと。」
「そうか。」
「北畠の方は神戸とは逆で、公家の出にも関わらず奮闘している模様です。志摩や伊賀、大和国の一部を支配下に置いています。」
「なるほど。わかった。」
「考えてる事があると仰ってましたが、今の報告が役に立ちますか?」
「あぁ。十分役に立った。引き続き内偵を頼む。」
「畏まりました。」
「可成。」
「はい。」
今にも立ち上がりそうになっている可成を信長が呼び止める。
「蘭丸の事でお前には不自由な思いをさせているな。突然正体のわからん者を息子として預けるなど、驚いたであろう?」
「いいえ。大丈夫ですよ。最初は驚きましたけど蘭丸も帰蝶様も良い方ですので、今では二人と出会えて良かったと思っています。ああいう素直な息子が欲しいと思っていたので信長様には感謝しかありませんよ。」
「そうか。それは良かった。」
可成の言葉に信長はホッとした顔をした。
「この任務が終わったらお前に城を与えようと思っている。」
「え……?」
「近江の滋賀郡に宇佐山城という城を建てるつもりだ。朝倉と浅井が攻めてきた時の為の拠点となる。そこの城主を是非お前に頼みたい。」
「信長様……」
可成が目を潤ませる。それを見た信長も感極まったかのような表情をした。
「もっと早く城持ちにさせたかったのだが、遅くなってしまった。城の完成と同時に縁談も組ませてもらうからそのつもりでいろ。」
「縁談?」
「お前程の男を一生独り身にはさせんさ。蘭丸達が来て十年以上。あいつらはすっかりここの人間になっている。それもこれもお前のお陰だ。長い事世話になったな。」
「それは……それは私はもう用無しという事ですか!?」
「可成……」
突然聞いた事もない大きな声で可成がそう叫ぶ。信長は呆気に取られた顔で固まった。
「確かに二人はここの生活に溶け込んでいます。私という後ろ楯がなくても大丈夫でしょう。しかし私の存在価値は蘭丸の父親役というだけなのですか?」
「違う!そうじゃない!」
「じゃあ……」
「悪かった。言葉が足りなかった。俺はお前を蘭丸の父親から解放させたいのだ。」
「解放?」
「あぁ。勝手だがな。妻を娶って実の子孫を残して、そして最後の最後まで俺についてきて欲しい。」
「……信長様。」
「宇佐山城は大事な拠点だ。そのような城を任せられるのはお前だけだ。可成。用無しなんかではないぞ。」
「わ、私は信長様に何て口を……」
可成が口を手で押さえながらか細い声を出す。信長は近づいていって可成の震える肩に手を置いた。
「お前の大きな声を聞いたのは初めてだったから驚いたぞ。あのような声が出せるのだな。」
「すみません……信長様の真意も聞かずに先走ってしまいました……」
「まぁ、よい。俺の方こそ言葉足らずで悪かった。」
信長が笑うと可成もやっと笑顔を見せた。
「さて、この話はこれで終いだ。可成、さっさと伊勢に戻れ。仕事を終わらせないといつまで経っても城持ちになれんぞ。」
「は、はい!」
可成は慌てて立ち上がると、丁寧に頭を下げて大広間を後にした。
「しかし本当に驚いたな……」
信長の呟きは誰もいない部屋でやけに大きく響いた。
―――
永禄10年(1567年)8月、可成から北畠と神戸の動向について二度目の報告を受けた信長は、北畠の当主・北畠具房に側室が産んだ次男の三介を、神戸家当主・神戸具盛にもう一人の側室が産んだ三男の三七郎をそれぞれ養子に出した。
これで北畠、神戸共々支配下に置いたのだった。
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