タイムスリップしたら織田信長の家来になりました!

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天下人への道

伊勢攻略

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―――

 大河内城、信忠軍



「信雄君……大丈夫かな?」
「多分大丈夫だよ。……彼は何の迷いもなく、自分の仕事を遂行するだろうから。」
「だな。」

 覇気のない信忠の返事に、蘭の表情に影が落ちる。今頃信雄は雪姫の部屋で具房と対面しているだろう。最後に話がしたいからと言っていた。いきなり討つなんて事をしない辺り、信雄らしいのかも知れないが。


 信忠は先程来た信雄の伝令を受け、砦を出発して大河内城にやってきた。すでに戦は始まっていて城の中からは剣と剣の交わる音が聞こえてくる。ついさっきまで北畠の人間だった者達が裏切って戦う姿は驚きを通り越して滑稽にさえ見えた。


「……じゃあ行ってくるよ。総大将としてなるべく多くの首を取ってきて、父上に僕の成長した姿を見せる為に頑張るから。」
「あぁ。俺はここで見守ってる。」

 蘭が片手を上げてみせると、信忠はほんの少し微笑んで背中を向けた。


(それにしても……)

 信忠が見えなくなった途端、蘭は深い溜め息を吐いた。


 今まで蘭が参加してきた戦に比べれば規模は小さいかも知れないが、目の前で一つの家が今にも滅びるところを目の当たりにしている。その事が酷く残酷に見えたのだ。何年も歴史を繋いできた、そしてこれからもずっと続いていける事を確信していただろうに、突然の裏切りによってその未来が閉ざされた。しかもその裏切った人物が信じていた息子だという事実はどれだけのショックを与えただろう。

 蘭は寒い訳でもないのに体が震えるのを止められなかった……



―――

 岐阜城、大広間


「信忠、よくやった。」
「ありがとうございます。」

 信長に褒められて、信忠は頬を僅かに紅潮させながら頭を下げた。それを見た蘭は複雑な感情を抱きながら俯いた。

 大河内城の落城と北畠家の没落を手土産に帰って来た信忠と蘭を待っていたのは、信長の嬉しそうな顔だった。信雄も一緒に帰って来ており、信長は今度は信雄にも同じ言葉を贈った。こちらは喜色満面な笑みを浮かべており、更に蘭の顔は下を向いた。


「よしっ!今度は俺の番だな。神戸家では来月に家督襲名披露の宴を行う。父上、やはりその時を狙って事を起こすのですよね?」

 信雄の隣に座っていた信孝が勢いよくそう言う。信長は信孝に視線をやると頷いた。


「そうだ。その時も今日と同じ作戦で行く。抜かるなよ。」
「わかっています。必ず成功させてみせます。」

 拳をグッと握って気合いを入れる信孝を、蘭はちらっと盗み見た。


(凄い気合入ってるな~……信孝君は感情型だって信雄君も言ってたし、どこか信長に似ている。信雄君みたいにゆっくり話す間もなく、問答無用でやるんだろうな……)


「おい、蘭丸。」
「へっ?」

 その時急に信孝に呼ばれて蘭は慌てて背筋を伸ばした。見ていた事がバレたのだろうか。恐る恐る窺うと、信長に似た黒い瞳がこちらをじっと見ている。


「な、何?」
「信雄が言っていた。俺と話したい事があるって?聞いてやるから何でも言えよ。」
「え、でもここで……?」

 蘭が戸惑いながらきょろきょろと周りを見渡す。大広間には信長を始め、信忠・信雄・秀吉、そして蝶子もいた。言い淀んでいると痺れを切らしたように信孝が少し大きな声を出した。


「俺は忙しいのだ。明日には神戸城に帰る。話をするなら今だぞ。」
「……わかった。」

 蘭は一度深呼吸して顔を上げると言った。


「君はきっと神戸の家を平気で裏切れるんだろう。でも……神戸の娘さんは?結婚、したんだろう?」
「ふん。それも神戸を滅ぼす為に必要な事だからした事で、あいつに対して何の感情もないさ。」
「……そう。聞きたかった事はこれだけ。ありがとう。」
「くだらない事を聞くのだな。」

 吐き捨てるようにそう言った言い方が信長に凄く似ていて、蘭は何故だか泣きそうになった。こんな所まで似なくても良かったのに、と思いながら。


「さぁ、今日はもう遅い。解散だ。」

 ふと落ちた沈黙を破るように信長が凛とした声を出す。それに応えて各々が立ち上がるのを、蘭は座ったまま眺めていた。



―――

 一ヵ月後、神戸城


 その日は朝から不穏な天気で、これから起こる事をまるで予感させるようだった。遠くで雷の音が聞こえる。信孝は自分の部屋で瞑想していた。城の中は襲名披露の準備の為慌ただしいのに、部屋の中はそこだけ世界から切り離されたかのように静かだった。


「信孝様、時間です。」

 その時信孝の側近の家来の声がした。信孝はゆっくり目を開けると深い溜め息を溢して立ち上がる。左に差した刀を確認すると颯爽と部屋を出て行った。



―――

 神戸城、信忠軍


「始まったね。」
「あぁ。」

 信忠の短い言葉に、蘭も短く返す。見つめる先では一か月前と同じような光景が広がっていた。神戸の人間が同じ神戸の人間を襲っている姿は、目を逸らしたくなるほどに壮絶だ。でも蘭は見て見ぬふりはしないと決めていたので、覚悟を決めて信忠の背中をトンと叩いた。


「ほら、行って来い。」
「うん。今日も父上に褒めてもらえるように頑張るよ。」

 そう言って微笑んだ信忠の顔は、北畠を滅ぼした時とは少し違って見えた。総大将としての責任からか、一度経験したから慣れてしまったのか。それとも父親に認めてもらいたいという気持ちの表れか。いずれにしても今日の信忠の顔つきはいつもの控え目なものではなくなっていた。それに気づいた蘭は何とも言えない気分になる。

 それでも蘭のするべき事は信忠を送り出す事。蘭は自分の気持ちを押さえ込みながら、戦場に向かう頼もしい後ろ姿を見つめた。



―――

 永禄12年(1569年)、北畠家の居城の大河内城が城主・北畠具房の養子だった信雄によって占拠され、一人残らず討ち取られた。この事によって伊勢で権勢を誇った北畠家は滅亡した。

 続いて神戸家の神戸城がまたもや養子であった信孝によって襲撃され、同じく伊勢で武家として続いた神戸家は滅んだ。

 その後、信雄と信孝は織田姓に復姓し信長の居城の岐阜城へ入り、大河内城と神戸城は信長の家臣である滝川一益が入城して伊勢を統治した。

 こうして信長の伊勢攻略は大成功のうちに終わった。


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