119 / 124
天下人への道
越前侵攻
しおりを挟む―――
永禄13年(1570年)2月、長篠城を挟んで勃発した織田軍と武田軍との戦いは、突然起きた山火事によって逃げ惑う武田軍を織田軍が鉄砲で集中砲火。それによって武田軍は自慢の騎馬隊の出番もなく、ほとんどの兵が無残にも撃ち殺された。
更に後方からは酒井忠次率いる別動隊が容赦なく攻め立て、逃げ遅れて砦に残っていた兵も一人残らず討死した。
大将の武田勝頼は運良くその攻撃を免れ、少数の家来を連れて甲斐へ逃げ帰った。この戦いで武田軍は壊滅、織田軍はほとんど被害を受ける事なく終わった。
―――
岐阜城、信長の部屋
「どうして吉継の力を使ったんですか!光秀さんが疑っているのに……」
「まぁ、落ち着け。」
鼻息を荒くする蘭を信長が軽くあしらう。その場にいた家康はどうすればいいのかわからず、二人を交互に見た。
吉継の力の事は家康には話していた。昨日の光秀の話を聞いていたし、能力者同士という事で知っておいた方がいいだろうという信長の判断だ。最初は驚いていたものの、蔦ヶ巣山が燃えたところを直に見ていた家康はすんなり納得した。
「折角『放火』の力を手に入れたのだ。使ってみたくなるのは当然だろう。」
「だからって……」
「別に酒井を信じていなかった訳ではなかったが、もし作戦が失敗したら元も子もないからな。家康にとって酒井は失いたくない家臣だろう?武田に反撃されて討死するようなことになれば俺としても困る。助けになればと思ってやった事だ。そう怒るな、蘭丸。光秀の事はサルに任せてある。心配ないさ。」
「……はい。」
まだ言いたい事はあったが、蘭は引き下がった。
「ところで酒井には褒美をやらんとな。砦に残っていた武田勢を全員討ち取ってくれたのだから。」
「本当ですか!」
「あぁ。そうだな、この岐阜城を与えよう。」
「えぇっ!?」
驚きの余り、家康が立ち上がる。蘭もビックリして顔を上げた。信長はそんな二人に構わず一人冷静に言った。
「近々新しい城を建てる計画がある。俺はそちらに移るが城主を誰にするか頭を悩ませていたのだ。信雄か信孝に任せようかと思っていたが、あいつらはまだ若い。その点、酒井になら任せられると今回の事で確信した。まぁ、信雄らがもっと成長して城主を任せられるようになるまでの繋ぎ、という条件付きだがな。どうだ?お前の方から話を通してくれないか。」
「は、はい!しかし良いのですか?岐阜城の城主など、そのような大役をうちの酒井に……」
「おいおい、お前が言ったのだぞ。あいつは人柄も良く統率力があると。最適な人材ではないか。」
信長が半笑いで言うと、家康もふっと表情を崩した。
「そうでした。それでは早速伝えて参ります。」
家康は浮足立った様子で部屋を後にした。
「信長様、新しい城って?」
「前々から思っていたのだ。一から築いた自分だけの城を建てたいとな。清洲城もこの岐阜城も敵から奪った、所詮他人の物。完全に自分だけの城を作りたいと思ったという訳さ。」
「成程……」
(そう言えば織田信長の城と言ったら安土城。天守を初めて持った城で、確か地下1階地上6階建てで豪華絢爛な見た目だったってテキストに載ってた。焼失して今はないけど当時としては凄い規模の城だったって。出来たのは1570年代半ばだったはずだけど、今から考えてたんだ……)
蘭が考え込んでいると、信長は静かに帯から扇子を抜いて左手で弄び始めた。しばらくそうしていたがニヤリと笑うと唐突に立ち上がる。
「武田の滅亡はすぐ目の前。今の勝頼には戦をする力はあるまい。さっさと片を付けて、義昭と謙信の方を何とかしないとな。」
「動くでしょうか。」
「さぁな。しかしこちらとしてもこれ以上は待てない。早く何とかして、一番の高みからこの世を見てみたいものだ。」
信長はそう言うと、またあの黒い瞳で空を見据えた。
―――
元亀元年(1570年)8月、中々動かない上杉に業を煮やした信長は、国内で混乱を極めている越前への侵攻を決めた。
この頃越前では、顕如が派遣した守護らが敷いた悪政に対抗して天台宗や真言宗らが反発し、更に国人衆や民衆、ついには越前の一向門徒までもが反発。本願寺が焼き討ちにあった事も含めて、一向一揆衆は内部から崩壊しつつあった。
前々から前田利家を小谷城跡地に築いた砦に詰めさせていた信長は、8月20日に岐阜城を出発。翌日にはその砦に着いた。そこで一泊し、22日には敦賀城に入った。
織田軍は約3万。武将は柴田勝家を始め、羽柴秀吉・明智光秀・佐久間信盛・滝川一益・丹羽長秀・佐々成政・前田利家・細川藤孝・織田信包・織田信雄・織田信孝などであった。
最前線には越前衆の中で織田方に寝返った者達、海上からは水軍が数百艘進んだ。
―――
敦賀城
「吉継、頑張ってるみたいですね。」
「あぁ。港から始まり、海岸沿いの城全てに火を点けて回ったそうだからな。そこから逃げ出した者どもをサルや光秀が討ち取った、と。」
不敵な笑みを浮かべる信長を引き攣った顔で見た蘭は、居住まいを正した。
「それにしてもそんなに力を使わせていいんでしょうか。使い過ぎていつか無くなっちゃうんじゃ……」
「問題ない。現に俺の力もこの年になるまで衰える事はなかった。サルや家康だとて同じ事。死ぬまで宿命を背負う運命なのだろう。」
「そっか……」
それを背負わせているのは自分なのにまるで他人事のように言う信長だった。蘭はまだ10歳でその宿命とやらを背負っている吉継の事を思って、複雑な表情をした。
生きる為に人の家に火を点けていた吉継。信長の家来になる為にあちこちの城に火を点けて回った吉継。自分で望んだ事とはいえ、傍から見ているととても危なっかしく思えた。
その力が今の信長にとって随分助けになっている事は蘭にも痛いくらいわかっているけれど、吉継の心情を思うと切ないような苦しいような気持ちになるのだった。
まぁ、今の吉継がそこまでの感情を抱いているとは限らないのだけど……
「とにかくこれで今回の越前侵攻は大成功に終わるだろうな。大方の国衆や民衆はこちらに降伏したし、燃えた城跡にはまた新しい城を建てて誰かしらを城番として置く事にする。越後を攻める足掛かりは出来たという事だな。」
信長はそう言うと、ふっと微笑んだ。
―――
8月25日、信長は約1万の兵を率いて敦賀城を出発。府中竜門寺に布陣した。この頃には既に勝家や光秀の活躍で一揆衆の主な城が陥落していた。一揆衆は完全に崩壊し、攻撃をかわした者は慌てて山林へと逃げ込んだ。
―――
府中竜門寺
「ふんっ!逃げても無駄だというのに懲りない連中だ。勝家、光秀。」
「はい。」
「逃げた者全員を討ち取れ。男も女も子どもも関係ない。いいな。」
「「はっ!!」」
二人が頭を下げる。信長はそれを満足そうに見つめると、輝きを宿した黒い瞳で開け放たれた障子の向こうの無数の星たちに視線を移した。
.
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
聖人:織田信長記録
斎藤 恋
ファンタジー
「俺が、天才の織田信長に?」
北海道で化け物と闘い死んだはずの男が、戦国時代の織田吉法師として目覚めた。
5歳の梅雨、泥水に倒れた時、彼は知るーーーー自分が“水を浄化する能力“を持っていることを。
母の冷たい視線、父の重い期待。
誰にも言えぬ秘密を抱えて、吉法師は天下の荒波へと船を漕ぐ!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる