121 / 124
天下人への道
手取川の戦い 前編
しおりを挟む―――
元亀2年(1571年)2月、謙信は中々落ちない七尾城を孤立させる為、その支城群である熊木城等を次々と落とした。しかし肝心の七尾城は家老の長続連ちょう つぐつららの抵抗で、3月に入っても戦況に変化はなかった。
―――
上杉軍、本陣
「七尾城は思いの外、堅いですね。どう致しますか?一旦引きますか?」
「いや、このまま攻め続けよう。そうすればきっと信長が出てくる。決着をつける絶好の機会だ。」
甘粕景持が遠慮がちに言うと、謙信は顔に笑みを浮かべながら答えた。
岐阜城に送っていた密偵の首が春日山城の門の外に置かれた日以来、謙信は密かに信長への恨みを募らせていた。元々考えていた能登への侵攻を早めたのも信長と決着をつけたいという気持ちの表れであり、その為にもこの七尾城の攻略は必要不可欠であった。
「七尾城は今、家老の続連が実権を握っている。だが同じ家老の遊佐や温井をこちらの味方につける事が出来れば内部から崩壊する可能性もあるし、このまま籠城を続けてもいつか綻びが出来る。いくら堅い守りと言えど、そう長くは持たないだろう。遅かれ早かれ信長に援軍を要請するはずだ。信長が出てくれば後は七尾城の事は捨てて、直接対決といこうではないか。」
そう言うと、謙信は更に笑みを深くした。それを見た景持は気づかれないようにそっと体を震わせた。
上杉謙信という人物はいつも冷静沈着で、余り自分の感情を表に出さないところがあった。強い正義感でこれまでの戦で勝利を収めてきたし、信心深い心で越後の平定を行ってきた。人柄も良く家臣達からの信頼も厚い。
だが最近の謙信は少し変わったように思う。元々将軍である義昭から信長を倒す事を頼まれてはいたが、積極的に戦を行うという事はしてこなかった。それは自国の越後の内政や関東方面への侵攻に忙しかったという事もあったが、将軍をも追放する行動力と何かしらの能力を持っているのではないかという懸念があって先延ばしになっていたのだ。しかし今回の事で痛感した。このまま信長を放ってはおけないと。だから保留にしていた能登への侵攻を決意し、強行したという訳だった。
「さて、信長殿はどう出るのか。楽しみだな。」
謙信は笑顔を消すと、静かにそう呟いた。
―――
七尾城
「続連様、信長様が援軍を寄越してくれるそうです!これで安心ですね。」
「そうか。良かった。いつまで持ち堪えられるか、正直なところ心配であったのだ。」
家来の報告に、続連はホッと胸を撫で下ろした。
堅城の七尾城と言えど、毎日続く上杉軍からの攻撃に消耗は激しかった。ここで信長からの援軍は心強い。続連は数か月に渡る籠城ですっかり痩せこけてしまった頬を上げて笑った。
「北ノ庄城から柴田様の軍もこちらに来ているそうだ。これで圧倒的にこちらに有利になるな。」
「そうですね。」
「続連様!いらっしゃいますか!?」
「何だ、騒々しい。」
その時廊下から慌ただしい声が聞こえる。続連は苛立ちながら障子を開けた。
「遊佐続光が……裏切りました!」
「何だとっ!?」
思わず大きい声が出る。一緒にいた家来も驚きで固まった。
遊佐続光というのは続連と同じ家老だ。元より親上杉派であったから日頃から注意していたのだが、とうとう裏切ったと言う。続連は立ち上がった。
「こうなっては援軍を待っている暇はない。準備をするぞ。」
―――
織田軍
「あ……雨だ。」
頬に落ちてきた雫に気づいて蘭が上を見上げる。最初はポツポツだったその雨は、あっという間に本降りになった。
「不味いな。よし、急ぐぞ。」
「はい。」
信長は馬の尻を勢い良く叩いてスピードを上げた。蘭は落ちないように信長にしがみつく。蘭は信長の背中に額をつけながらテキストに載っていた文を思い出していた。
そのテキストには、手取川が雨のせいで増水していた為に柴田軍のほとんどが溺死したと書いてあった。七尾城は上杉軍により落城するがそれを知らない勝家は秀吉が止めるのも聞かずに手取川を渡ってしまい慌てて撤退するが、上杉軍に追撃されて結局1000人余りの戦死傷者、さらに増水した手取川で多数の溺死者を出す大敗を喫した、と。
(勝家さん……!)
蘭は心の中であの大らかな笑顔を思い出してぎゅっと目を瞑った。
―――
柴田軍
柴田軍は北ノ庄城から出陣して手取川付近に来ていた。雨がさっきより強く降っている。
「柴田殿、信長様が来るまでここで待ちましょう。雨も強くなってきておりますし、無理に進軍しても良い事はありません。」
「何を言っている。信長様の為にもここは手取川を渡って少しでも七尾城の近くに行っておかないといかんだろう。」
「七尾城はもう落ちます。だから我々はここで信長様を……」
「七尾城が落ちるだと?何を寝ぼけた事を言っている。あそこは堅城だぞ?」
「いくら堅城でも三ヶ月も攻撃を続けられたら落ちるのも時間の問題です。それに家老の遊佐は上杉派です。今頃裏切って、内部から崩壊している可能性も。」
「馬鹿を言うな!お前に何がわかる。予知能力でもあるのか。とにかく俺は行くぞ。」
「柴田殿!!」
秀吉が裾を掴むのを無理矢理剝がして勝家が進もうとする。慌てた秀吉は走って勝家の前に回り込んだ。
「どけ!!」
「私は貴方を尊敬しています。姓を羽柴に変えたのは『丹羽長秀』殿と『柴田勝家』殿。この二人のようになりたいと思ったからです。豪快な性格と繊細な話術。忍者も顔負けの密偵力。大胆な行動力と厚い人望。全て持ち合わせている貴方が羨ましく、そして憧れた。信長様には貴方が必要なのです。ここで無理をして貴方に何かあったら、私がここにいる意味がなくなるのです。どうか、どうかお願いします。信長様が来るまで動かないで下さい!」
秀吉はそう言うと勢い良く頭を下げた。それを見た勝家は呆然と立ち尽くした。
今まで秀吉にこんな風に言われた事はなかった。姓を『羽柴』に変えたのは知っていたが、まさかそんな理由があったとは思いもしなかった。
勝家は驚き過ぎて声が出ず、しばらく秀吉の後頭部を眺めていた。
.
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
聖人:織田信長記録
斎藤 恋
ファンタジー
「俺が、天才の織田信長に?」
北海道で化け物と闘い死んだはずの男が、戦国時代の織田吉法師として目覚めた。
5歳の梅雨、泥水に倒れた時、彼は知るーーーー自分が“水を浄化する能力“を持っていることを。
母の冷たい視線、父の重い期待。
誰にも言えぬ秘密を抱えて、吉法師は天下の荒波へと船を漕ぐ!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる