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第一部 ヤン=ビーゲル
第8話 薔薇の香りの石鹸
◆◆◆◆◆
「気持ちいい~。あぁ、そこ‥」
治療院の床にうつ伏せになって、僕は上半身と下半身を二人の男の手で洗われている。
「うっ、はぁ~、いい香り~」
非常に恥ずかしい状態なのに、薔薇の香りと石鹸の泡立ちの良さに心が癒やされていく。
「‥‥懐かしい香り。」
ビーゲル家のバラ園の香りを思い出し、胸がきゅっとなる。兄と共にバラ園を散歩した日々が懐かしい。
不意に泣きそうになって、僕は床に敷かれた布に顔を押し付けた。そして、わざと大きな声でドトールに話し掛ける。
「ドトール、これすごく高級な石鹸でしょ?僕がいつも使ってるのは安い石鹸だから、匂いも泡立ちもぜんぜん違う。すごく良い香りだね。」
僕の言葉にドトールは言葉を弾ませて返事した。
「ヤン様に喜んでいただけて嬉しいです。受付のルートから一番良い石鹸を購入しました。薔薇の香油がふんだんに使用されており、とても良い気分になるとのことですよ」
尻は痛いが確かにすごく良い気分。ドトールが泡立った布で下半身を丁寧に洗ってくれる。その手は優しく愛情を感じる。
それに比べて‥‥。
「シノ!もっと優しく洗ってよ。力を入れすぎ!痛いよ。」
背中をゴシゴシと洗うシノに文句を言うと、真剣な声が返ってきた。
「痛いのぐらい我慢しろ。男娼を抱く男は性病持ちが多いことはお前も知っているだろ?背中に客の噛み痕もある。ちゃんと洗わないと‥‥病気で死ぬかもしれないだろ‥‥。」
シノの声は暗い。
無理もないか‥‥。
一ヶ月前にシノと親しかった男娼が性病に掛かって死んだから。シノの心の傷はまだ癒えていないみたい。
「皮膚をきつく磨くとかえって傷口が化膿する。私がするように石鹸をよく泡立てて優しく洗いなさい。それと、きつく洗っても病気は防げない。性病の予防はそう簡単ではないからね、シノ」
ドトールの言葉にシノはハッとするとその手を止める。そして、石鹸を布に擦り付けてよく泡立て、再び僕の背中を洗い出した。
「ひぁっ」
僕は思わず妙な声を出してしまい、慌てて口を閉じる。シノの洗い方が急に優しくなって驚いてしまった。
「妙な声出すなよ、ヤン」
「ごめん、シノ」
「きつく洗って悪かった。でも、お前‥‥客に噛まれ過ぎだぞ。脇の下まで噛まれてるし。いい加減客あしらいのいい男娼になれよ。心配だ。」
「ありがとう、シノ。頑張るね。」
シノの方を見て笑うと男は少し照れたように顔をそらした。少しほのぼのしていたのだが、次のドトールの言葉に肝が冷える。
「‥‥‥男娼をされているのですか?」
「え?」
今度はドトールが手を止めて真剣な声で語り掛けてきた。
「ヤン様は男娼に身を貶されたのですか?傷口を見た時に身を売っている可能性も考えました。ですが、貴方様は以前と変わらず明るい心を保っておられる。なので、尋ねることを躊躇ってしまった。」
ドトールが唇をきつく噛み締めた。その姿を見て僕は狼狽えながらも返事をする。
「確かに男娼をしてる。でも、シノの親父さんが経営する娼館は、この色街では比較的上等な客が集まる店だから大丈夫。今日みたいに酷い目に遭うことは滅多にないし、シノだってこうやって親切に世話をしてくれる。だから心配しないで。」
「‥‥‥‥。」
ドトールは黙ったまま俯く。僕は返事を待たずに口を開いた。
「あの、ドトール。僕が男娼をしている事は兄上に秘密にして欲しい」
僕の言葉にドトールは怒って立ち上がる。そして鋭い眼差しで僕を見下ろし言葉を放った。
「それはできません!治療が終わり次第ライナー様の元にお連れします。男娼など‥‥命を縮める事はおやめ下さい、ヤン様。」
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「気持ちいい~。あぁ、そこ‥」
治療院の床にうつ伏せになって、僕は上半身と下半身を二人の男の手で洗われている。
「うっ、はぁ~、いい香り~」
非常に恥ずかしい状態なのに、薔薇の香りと石鹸の泡立ちの良さに心が癒やされていく。
「‥‥懐かしい香り。」
ビーゲル家のバラ園の香りを思い出し、胸がきゅっとなる。兄と共にバラ園を散歩した日々が懐かしい。
不意に泣きそうになって、僕は床に敷かれた布に顔を押し付けた。そして、わざと大きな声でドトールに話し掛ける。
「ドトール、これすごく高級な石鹸でしょ?僕がいつも使ってるのは安い石鹸だから、匂いも泡立ちもぜんぜん違う。すごく良い香りだね。」
僕の言葉にドトールは言葉を弾ませて返事した。
「ヤン様に喜んでいただけて嬉しいです。受付のルートから一番良い石鹸を購入しました。薔薇の香油がふんだんに使用されており、とても良い気分になるとのことですよ」
尻は痛いが確かにすごく良い気分。ドトールが泡立った布で下半身を丁寧に洗ってくれる。その手は優しく愛情を感じる。
それに比べて‥‥。
「シノ!もっと優しく洗ってよ。力を入れすぎ!痛いよ。」
背中をゴシゴシと洗うシノに文句を言うと、真剣な声が返ってきた。
「痛いのぐらい我慢しろ。男娼を抱く男は性病持ちが多いことはお前も知っているだろ?背中に客の噛み痕もある。ちゃんと洗わないと‥‥病気で死ぬかもしれないだろ‥‥。」
シノの声は暗い。
無理もないか‥‥。
一ヶ月前にシノと親しかった男娼が性病に掛かって死んだから。シノの心の傷はまだ癒えていないみたい。
「皮膚をきつく磨くとかえって傷口が化膿する。私がするように石鹸をよく泡立てて優しく洗いなさい。それと、きつく洗っても病気は防げない。性病の予防はそう簡単ではないからね、シノ」
ドトールの言葉にシノはハッとするとその手を止める。そして、石鹸を布に擦り付けてよく泡立て、再び僕の背中を洗い出した。
「ひぁっ」
僕は思わず妙な声を出してしまい、慌てて口を閉じる。シノの洗い方が急に優しくなって驚いてしまった。
「妙な声出すなよ、ヤン」
「ごめん、シノ」
「きつく洗って悪かった。でも、お前‥‥客に噛まれ過ぎだぞ。脇の下まで噛まれてるし。いい加減客あしらいのいい男娼になれよ。心配だ。」
「ありがとう、シノ。頑張るね。」
シノの方を見て笑うと男は少し照れたように顔をそらした。少しほのぼのしていたのだが、次のドトールの言葉に肝が冷える。
「‥‥‥男娼をされているのですか?」
「え?」
今度はドトールが手を止めて真剣な声で語り掛けてきた。
「ヤン様は男娼に身を貶されたのですか?傷口を見た時に身を売っている可能性も考えました。ですが、貴方様は以前と変わらず明るい心を保っておられる。なので、尋ねることを躊躇ってしまった。」
ドトールが唇をきつく噛み締めた。その姿を見て僕は狼狽えながらも返事をする。
「確かに男娼をしてる。でも、シノの親父さんが経営する娼館は、この色街では比較的上等な客が集まる店だから大丈夫。今日みたいに酷い目に遭うことは滅多にないし、シノだってこうやって親切に世話をしてくれる。だから心配しないで。」
「‥‥‥‥。」
ドトールは黙ったまま俯く。僕は返事を待たずに口を開いた。
「あの、ドトール。僕が男娼をしている事は兄上に秘密にして欲しい」
僕の言葉にドトールは怒って立ち上がる。そして鋭い眼差しで僕を見下ろし言葉を放った。
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