ぼくとあの人

kaoyon

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初めてのキス 3

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ぼくがゴンちゃんにLINEのアドレスを聞けたのは、あの雨の日から一週間後だった。
勇気を出して、渡り廊下を渡って聞きに行った。
他の人からしてみたら、大したことないことだけど、今のぼくには大事件で、教室を出る前に、椅子から立ったり座ったりして、友達に笑われた。
ぼくが一大決心して特進科の教室まで行ったのに、一方のゴンちゃんは、
「やっと、来た」
とニヤニヤしてて、ムカついた。
いつぼくが来るか、楽しみにしてたらしい。
さらにムカつく。
無事にLINE交換はできたものの、ゴンちゃんは漢字でメッセージを書くのが苦手で。
延々とひらがなだけで送ってくるので、読みづらくて、結局いつも無料通話繋ぎっぱなしになった。
一度、果耶がぼくに彼女ができたんじゃないかと部屋に乱入してきたことがあったけど、相手が男だと知って、アッサリ出て行った。
果耶は要注意人物だ。
中学のとき、ニ年間好きだった明日香ちゃんに振られて、3日間引きこもったときも、果耶が乱入してきた。 
もう、部屋に鍵つけたい...
ゴンちゃんは電話すると、すごく喜んでくれる。一人で家にいるから、人の声が聞こえてくると嬉しいらしい。
あと、ぼくの声が好きだと言ってくれる。
ゴンちゃんがぼくを最初に見たのは、入学式の時らしい。ピンクの頭で行ったから、目立っててよかったと。
あれ、親からも先生からも、めちゃくちゃ怒られたやつなんだけどな...
ていうか、そんな前からとは思わなかった。
それから、頭が茶色になったぼくをよく見かけるようになったけど、ぼくがあまり一人でいることがなかったから、話しかけられなかったみたい。
だからあのタイミングで話しかけられたのかー。納得した。



ぼくが勇気を出して始めたことがもうひとつある。
勉強。
せっかくこんなに頭がいい人と毎日毎日電話してるんだから、教えてもらおうと思って始めた。
思った通りに高校の内容はついていけなかったので、中学のものからやり直した。
ゴンちゃんはぼくのことバカじゃないと言っておきながら、教えながらイライラすることもよくあった。
「カオ、電話疲れる。家、来て」
勉強を教えてもらうようになって割とすぐ、ゴンちゃんから家デートの許可が出て、ラッキー!!と、床に転がりながら喜んだ。
ゴンちゃんはめちゃくちゃ疲れてたけど。



家デートの日は土曜日だった。
地図を送ってもらって、待ち合わせ場所まで行くと、2時ピッタリに着いたのに、もうゴンちゃんが待ってた。
私服ーー。
ゴンちゃんは普段もシャツみたいなの着てるかと思ったけど、もっとラフな白のTシャツとデニムだった。ぼくは蛍光緑のパーカーとデニム。ちょっと肌寒かったし、1番気に入ってる服だから。
ゴンちゃんはぼくの頭に手を差し出して、髪をくしゃくしゃってした。ぼくも頭に手を伸ばしたけど、手を軽く払われて、手首を掴まれた。そのまま、ひっぱられるようにしてゴンちゃんの家に向かった。



ゴンちゃんの家は学生寮の一室で、シェアハウスのような感じだった。
入り口から入ると、他の留学生の子たちが共有スペースで何か話ししてるのが見えた。
ゴンちゃんの棟には女の子は入れないらしいけど、ぼくは大丈夫。
なんだろ、この優越感は。
正直、ぼくたちってなんなんだと思う。
友達でも恋人でもないしな、謎だな。
2階へ上がって、階段側から2番目の部屋。
「ここ。家」
ゴンちゃんが部屋のドアを開けて、中に入るよう軽く背中を押した。
それから、ゆっくりドアを閉めた。
靴を脱いで部屋に入ったら、あまりに物がなくてビックリした。最初からあったであろう勉強用の机と椅子、ベッドだけ。本も服も床に直置きで、制服は椅子にかけてあった。
「物がないね」
ぼくがいうと、
「スペインにあるから。座って」
と返された。
座るったってどこに?と思いながら、床に座った。
「勉強、何?」
「数学。得意でしょ?教えてよ」
「うん?」
ゴンちゃんはぼくの隣に座った。顔を覗き込んできてひたすらニコニコしてる。
「何?」
ゴンちゃんがまたぼくに聞く。
「だから、数学だってー」
「何?」
「すーがく!!」
またニコニコ。
先に進まないから本を床に置いて、勝手に勉強始めることにした。
「分からないことあったら聞くから」
「はい。カオ、かわいい」
ゴンちゃんはクスクス笑いながら横で自分の勉強始めた。座ったり、寝転んだりしながら、ぼくたちは勉強した。寮の決して広くない部屋で。
ゴンちゃんにわからないところを聞くと、ノートに図や式の組み立てを順に書いて見せてくれた。たしかに電話よりはやい。
ゴンちゃんは漢字の勉強をしていた。明らかに違うなというところをぼくが丸してあげた。



「カオ、疲れた。休憩」
ゴンちゃんはべったり床に寝そべって目を閉じた。ぼくは座りながら、
「まだ勉強するから」
そう言うと、ゴンちゃんがいきなりぼくのパーカーの襟をつかんで自分の方に引き寄せた。
「カオ」
「えっ...」
「キス」
「は...」
ゴンちゃんは力いっぱいぼくを引っ張った。座ったままでいられなくなって、ぼくも床に寝そべってしまった...
「いい?」
「あ...」
あのさ、てぼくが言う前に口を塞がれた。
キスは初めてじゃなかったけど、初めてくらいの感覚でいろんな感情が体の中を走って行った。
だって、ぼくたちってなんなの?
好きだけど、好きって言われてないし、言ってないし。もう友達でもないでしょ?
苦しい。
「カオ?」
気づいたら、ゴンちゃんがぼくを見てた。
「くるしい?」
息ができなくて苦しいかってこと?
「それは、大丈夫」
ぼくは答えて、もう一度自分からキスしてみた。やっぱり苦しいかな?少し。好きって言えばいいんだけど、それも苦しい。
寝そべったまま、ゴンちゃんを抱きしめてみる。ゴンちゃんの体の力が抜けていくのが分かる。あったかい。さっき、少しあくびしてたし、眠いのかな?
しばらくそうしていたら、ゴンちゃんからスースーと寝息が聞こえてきた。
「寝ちゃってる...」
ぼくは本をリュックに押し込んで、部屋を出ようとした。その時、
「 Te quiero.」
ゴンちゃんが寝ながら何が言った。
分からない。
何て言ったか分からなかった。
「スペインにあるから」
ゴンちゃんの言葉を思い出した。
そのまま部屋を出てドアを閉めた。
部屋の鍵は、寮の管理人さんにかけてもらった。
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