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秘密の花園
第23話 動き出す歯車
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シャーリーを王子に迎えた翌日の昼食。
むさくるしい重臣らの中にいる若い顔を、国王が食事もそこそこに、ぼんやりと眺めていた。
見られている少年が当惑して訊ねた。
「父上、僕の顔に何かついていますか?」
「いや、俺好みの綺麗な顔だと思ってな」
「ぐふっ」
アージェスはルティシアと三月もの間会わないと決めたそばから、欲求不満に駆られていた。
漏れた脳内思考に、食事中の何人かの重臣らが噴出し、同じく列席するセレスが、眉間に皺を寄せて、額に手を宛てている。
右隣にいる当のシャーリーも、噴出して手で口元を押さえていた。
新しく王子の世話役に付けた小姓が、気を利かせて布を主に手渡しにきた。セレスの実の息子で、十三歳になる正真正銘の三男坊だ。
妙に父性愛に目覚めたアージェスは、親友の息子まで可愛く思えた。体格もよく父親似のふてぶてしい少年の頭を撫でてやると、ギョッと驚かれて萎縮される。
「陛下、お戯れもほどほどにお願いします」
黙っていられなくなったらしい。セレスが釘を刺してきた。
「案ずるな。間違っても男になど手を出すか。……なんだかな、シャーリーを見ていたら、お前の息子まで可愛く見えてきてな」
血の気盛んな若い時分には、女がいなければ男でも相手にできた。だがルティシアを知ってからは、他の女を抱くのも億劫になり、今ではルティシア以外の女さえ受け付けない。男などもはや論外だ。考えただけで吐き気がする。
「でしたら、他の殿下方も早々にこちらにお迎えになられてはいかがですか?」
進言したのは宰相のパステルだった。
「そうしたいのは山々だが、次男は十で三男は七つ、末はまだ四歳だ。育てといえど、慣れた親から引き離すには急すぎる。次男以下はシャーリーが慣れてからだ」
「随分と慎重になさいますな」
「散々失敗してきたからな」
とうに外した左隣の席もない空間をちらりと見やる。
かつてはそこにルティシアの席があった。『秘密の花園』に移すと同時に席を外し、マリアを王妃に迎えても、アージェスは素知らぬ顔で左隣を一席分空けた位置に、王妃の席を設けさせた。それは重臣らに対するアージェスの無言の抗議だった。違和感のないように右隣も意図的に一席分を空けたのだが、威厳を示すにも都合が良かった。
重臣らとの会席にシャーリーが参加し、アージェスは長年空けてきた右隣に席を設けさせた。
そういう己のこだわりを思い出すと、ルティシアを王宮に戻さないと公言しながらも、本音では諦めきれずにいる自分がいることに気づかされる。
食事を終え、執務室に入ったところで、ルティシアからの手紙が届けられた。
室内にいた補佐官らを下げて独りになると、早速開封する。
『親愛なる国王陛下へ
ご多忙の中、お手紙をくださりありがとうございます。昨日は、お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません。アルドリス夫人やファーミア、屋敷の人々のおかげで、わたくしはとても快適に過ごさせていただいております。お医者様の許可を頂きましたら、陛下のお言葉に甘え、アルドリス夫人の元へ参ります。ですからどうぞ、わたくしのことはお気になさらず、ご公務にお励みくださいませ。陰ながらご成功をお祈りしております。
ルティシア』
アージェスは執務机に突っ伏してふて腐れる。
「なんだ、この至極つまらん手紙はっ」
エミーナやファーミアがいたらそれで充分か。
「ルティシアだからなぁ」
自身の手紙も控えめに綴りはしたが、密かに甘い言葉の一つでもあるかと期待していたのだ。
ま、素直にエミーナの世話になると言ってるだけましか。
どうせ、あの二人に説得されたんだろうがな。
渡した手紙に文頭から、『俺の血を引く息子が見つかった』と記したわけだが、返事にはそのことについて一切触れられていなかった。
ルティシアは、俺が裏切ったことに気づいただろうか。
いや、ルティシアのことだから、別の女が産んだ子と思っているかも知れない。
それならそれでかまわないことだが、アージェスは嘘をつかなかった。
シャーリーを王子として王宮に迎えてから、にわかに宮廷が忙しくなり、実際に持ち上がっている隣国との和睦への調整が進んでいることも確かだ。まるで噛み合わなかった歯車が、ここへ来てカタンと音を立てて噛み合った瞬間、正常に動き出したかのように、物事が円滑に進みだしていた。
各々が私欲にばかり囚われていると思われた重臣らが、いつの間にか足並みを揃えはじめていた。
動き出す確かな手ごたえを、アージェス自身感じていたのだ。
ルティシアと離れるのは辛い。だが調度良い機会だったのかもしれない。
シャーリーを王子に迎えたことを境に、王宮内が変わろうとしている。
そしてルティシアとの関係も分岐点にきているのかもしれない。
開かれた窓辺に立つと、清清しいほど晴れ渡る大空と、羽を広げて自由に飛ぶ鳥を眺めた。
アージェスは握った拳に力を込めた。
むさくるしい重臣らの中にいる若い顔を、国王が食事もそこそこに、ぼんやりと眺めていた。
見られている少年が当惑して訊ねた。
「父上、僕の顔に何かついていますか?」
「いや、俺好みの綺麗な顔だと思ってな」
「ぐふっ」
アージェスはルティシアと三月もの間会わないと決めたそばから、欲求不満に駆られていた。
漏れた脳内思考に、食事中の何人かの重臣らが噴出し、同じく列席するセレスが、眉間に皺を寄せて、額に手を宛てている。
右隣にいる当のシャーリーも、噴出して手で口元を押さえていた。
新しく王子の世話役に付けた小姓が、気を利かせて布を主に手渡しにきた。セレスの実の息子で、十三歳になる正真正銘の三男坊だ。
妙に父性愛に目覚めたアージェスは、親友の息子まで可愛く思えた。体格もよく父親似のふてぶてしい少年の頭を撫でてやると、ギョッと驚かれて萎縮される。
「陛下、お戯れもほどほどにお願いします」
黙っていられなくなったらしい。セレスが釘を刺してきた。
「案ずるな。間違っても男になど手を出すか。……なんだかな、シャーリーを見ていたら、お前の息子まで可愛く見えてきてな」
血の気盛んな若い時分には、女がいなければ男でも相手にできた。だがルティシアを知ってからは、他の女を抱くのも億劫になり、今ではルティシア以外の女さえ受け付けない。男などもはや論外だ。考えただけで吐き気がする。
「でしたら、他の殿下方も早々にこちらにお迎えになられてはいかがですか?」
進言したのは宰相のパステルだった。
「そうしたいのは山々だが、次男は十で三男は七つ、末はまだ四歳だ。育てといえど、慣れた親から引き離すには急すぎる。次男以下はシャーリーが慣れてからだ」
「随分と慎重になさいますな」
「散々失敗してきたからな」
とうに外した左隣の席もない空間をちらりと見やる。
かつてはそこにルティシアの席があった。『秘密の花園』に移すと同時に席を外し、マリアを王妃に迎えても、アージェスは素知らぬ顔で左隣を一席分空けた位置に、王妃の席を設けさせた。それは重臣らに対するアージェスの無言の抗議だった。違和感のないように右隣も意図的に一席分を空けたのだが、威厳を示すにも都合が良かった。
重臣らとの会席にシャーリーが参加し、アージェスは長年空けてきた右隣に席を設けさせた。
そういう己のこだわりを思い出すと、ルティシアを王宮に戻さないと公言しながらも、本音では諦めきれずにいる自分がいることに気づかされる。
食事を終え、執務室に入ったところで、ルティシアからの手紙が届けられた。
室内にいた補佐官らを下げて独りになると、早速開封する。
『親愛なる国王陛下へ
ご多忙の中、お手紙をくださりありがとうございます。昨日は、お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません。アルドリス夫人やファーミア、屋敷の人々のおかげで、わたくしはとても快適に過ごさせていただいております。お医者様の許可を頂きましたら、陛下のお言葉に甘え、アルドリス夫人の元へ参ります。ですからどうぞ、わたくしのことはお気になさらず、ご公務にお励みくださいませ。陰ながらご成功をお祈りしております。
ルティシア』
アージェスは執務机に突っ伏してふて腐れる。
「なんだ、この至極つまらん手紙はっ」
エミーナやファーミアがいたらそれで充分か。
「ルティシアだからなぁ」
自身の手紙も控えめに綴りはしたが、密かに甘い言葉の一つでもあるかと期待していたのだ。
ま、素直にエミーナの世話になると言ってるだけましか。
どうせ、あの二人に説得されたんだろうがな。
渡した手紙に文頭から、『俺の血を引く息子が見つかった』と記したわけだが、返事にはそのことについて一切触れられていなかった。
ルティシアは、俺が裏切ったことに気づいただろうか。
いや、ルティシアのことだから、別の女が産んだ子と思っているかも知れない。
それならそれでかまわないことだが、アージェスは嘘をつかなかった。
シャーリーを王子として王宮に迎えてから、にわかに宮廷が忙しくなり、実際に持ち上がっている隣国との和睦への調整が進んでいることも確かだ。まるで噛み合わなかった歯車が、ここへ来てカタンと音を立てて噛み合った瞬間、正常に動き出したかのように、物事が円滑に進みだしていた。
各々が私欲にばかり囚われていると思われた重臣らが、いつの間にか足並みを揃えはじめていた。
動き出す確かな手ごたえを、アージェス自身感じていたのだ。
ルティシアと離れるのは辛い。だが調度良い機会だったのかもしれない。
シャーリーを王子に迎えたことを境に、王宮内が変わろうとしている。
そしてルティシアとの関係も分岐点にきているのかもしれない。
開かれた窓辺に立つと、清清しいほど晴れ渡る大空と、羽を広げて自由に飛ぶ鳥を眺めた。
アージェスは握った拳に力を込めた。
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