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2.牛丼屋

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 うむ、腹が減ったな。今日はがっつり食べたい気分だ。

 よし、牛丼でも食べに行くか。

 牛丼は早い・安い・美味いの三拍子が揃った最強クラスの食事である。
 一人でも店に入りやすいし、メニューに迷うことも少ない。
 牛丼屋に張り合えるのはラーメン屋くらいだろう。

 しかし、牛丼屋には一つだけ欠点が存在する。

 ラーメン屋に有って牛丼屋に無いもの。



 そう、それは食券の存在だ。

 もちろん食券がある牛丼屋、ないラーメン屋もあるだろうが、俺が行きたい牛丼屋にはない。

 食券とは会計と注文を同時にこなすことができる素晴らしい発明、まさにレガシーだ。
 食券の有無で飲食店危険度が2ランクは変わるだろう。

 だが、これまで数々の修羅場を経験してきた俺に死角は無い。
 対策は既に用意してある。焦らず行こう。



 まずはさりげなく店の前を通り過ぎながら、空席があるか横目でチェックする。

 店に入ってから席が空いてないのは気まずいからな。

 店の前で堂々と空席をチェックしたり、空席チェックもせずに入店するなんてのは以ての外だ。



 よし、席は空いているな。

 だが、ここですぐに引き返すのは素人だ。
 まずはしばらく歩いて後ろから人が来ていないことを気配で確認する。
 俺が立ち止まった時にぶつかりそうになったら大変だからな。

 安全が確認出来たら自然に道の端に寄っていき、スマホで地図を確認している風を装う。

 それから店へと引き返す。
 もちろんこの間に空席以上の客が店に入っていないことも確認済みだ

「いらっしゃいませー。お好きな席にどうぞー」

 ふぅ、難なく入店し席に座ることができたな。

 しかもここは当たり席だ。
 箸も紅ショウガも取りやすく、レジに近すぎず遠すぎない。

 だが、ここで安心してはいけない。
 店員が水を持ってきてくれたタイミングで素早く注文しなくてはならない。
 後から忙しそうにしている店員を呼ぶのは気が引けるからな。

 そもそも俺が呼んでも気付いてもらえないことがあるから、このタイミングを逃すと危険だ。

「ご注文はお決まりですかー」

 店員が水を持ってくると同時に注文を確認してくる。

 もちろん俺は店に来る前から注文を決めてあるので、メニューに目を向けることなく流暢に注文する。

「牛丼の並とサラダのセットで」

 サイズまできちんと注文するのが肝心だ。
 サイズを確認するやり取りは不毛だからな。

「牛丼の並とサラダのセットですね。かしこまりました」

 つゆだくやネギだくにも憧れるがリスクは侵さない。
 あれはプロの『ぎゅうどなー』にしか注文することが許されない伝説の存在だ。

 偶に食べにくる程度の俺では命取りになる可能性がある。

「お待たせいたしました」

 おぉ! そんなことを考えている間にもう牛丼が出てきた。
 流石に早い。早速いただくことにしよう。

 まずはサラダを一口。

 うん、シャキシャキだ。サラダはシャキシャキだ。

 それしか感想が無い。

 だが野菜を先に食べることによって、血糖値の上昇を緩やかにできるらしいからな。
 特に牛丼のような糖質の多いものを食べる時には欠かせない。

 サラダを半分程食べたら、次は牛丼だ。

 牛丼の上にちょこんと紅ショウガを乗せる。

 うーん、美しい。

 紅ショウガを崩さないように丼の端の方から一口。

 うーん、美味い。

 甘辛いタレが肉に浸み込んでいて、噛めば噛む程味が出てくる。

 これがご飯と絡み合い、もうセロトニンのパレードだ。

 玉ねぎもトロっとした食感と優しい甘さをプラスしてくれていて良い味出してる。

 少し食べ進めたところでまたサラダに戻る。
 サラダを食べることで舌をリセットすることができる。

 するとまた新鮮な一口目の牛丼の美味さが戻ってくる。

 飽きてきたら紅ショウガで味変。

 このコンボで最後まで楽しめる。



 おっと危ない。

 牛丼に心奪われて最終関門の対策を怠るところだった。

 周りの客の動向チェックだ。

 何故かって?

 それは会計のタイミングを逃さないためだ。

 先程も言った通り、俺が呼んでも店員が気付いてくれないことがある。
 いや、気付いてくれないことの方が多い。

 だから他の客に便乗するのだ。
 他の客がレジで店員を呼ぶのを見計らって俺も次に並ぶ。
 実に効率的な作戦だ。

 おっ、そろそろ2つ隣の席の青年が食べ終わりそうだ。
 俺も急いで完食することとしよう。

 よし、俺の方が少し早めに食べ終えることができた。

 ここで余韻に浸ることなく、俺は財布を取り出す。
 席にいる間に料金ぴったりのお金を握りしめるためだ。

 青年の会計が終わるギリギリのタイミングで席を立つぞ。



 …………今だ!

 すぐに青年の会計は終わり、俺の番が来る。

 伝票を渡し、金額を言われる前にぴったりのお金をトレイに乗せる。

「ちょうどいただきます。ありがとうございましたー!」

 まったくもってスムーズ。さて、帰るとしますか。

「お客さん! スマホ忘れてますよ!」

「え! すみません……ありがとうございます……」



こうして今日もまた世界は回っていく。
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