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5.飲み会(後編)

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「「「乾杯!!」」」

 ドリンクが行き渡りいよいよ本格的に飲み会がスタートした。

 俺は近くの人が話していることに相槌を打ったり、愛想笑いしたりして会話に加わっている雰囲気を醸し出す。

 皆は趣味のバイクがどうだの、最近のおすすめのYouTuberがどうだのと好き勝手に話している。

 俺はバイクのことは全然わからないし、化粧の動画のことはもっとわからない。

 皆どうして話についていけるんだ。

「君は休みの日は何してるの?」

 え? 俺? 急にきた!?

 どうする俺。休みの日は基本的に家に籠りきりだ。
 話して面白いことなんてないぞ。

 こうなったら偶にしか見ないが映画を見ていることにしよう。

「そ、そうですね。映画とか見てますかね」

 映画なら誰でも見ているし無難だろう。

「へー、そうなんだ! おすすめの映画とかある?」

 えー!? 突っ込んで聞いてきた!
 まさか深掘りされるとは思っていなかった。

 どうする。映画、映画……

 あまりに有名な作品だとにわかだと思われるし、誰も知らないような作品では盛り上がらない。

 そうなると有名だがにわかだと思われ難い懐かしい作品か、最近上映された新作映画のどちらかに絞られる。

 俺は最近映画館には行っていないから、懐かしい作品一択だ!

 「えーと、もののけ王子が好きかな」

 「君もビブリ好きなんだ! 私も!」

 何やら皆でビブリ映画の話題で盛り上がっている。
 俺の返答は正解だったようだ。



 盛り上がっている中、唐揚げが運ばれてきた。

「あ、唐揚げにレモンかけますねー」

 陽キャっぽい男が勝手にレモンをかけている。

 なんだあの男は。

 自分、気が利く男でしょ? と言わんばかりのドヤ顔で勝手にレモン汁をかけやがった!

 女にアピールしているのかもしれないが、唐揚げにレモンは悪手だ。

 まず、水分によって折角のカリッとした衣がべちゃっとする。
 さらに、脂っこい唐揚げとさっぱりしたレモンは相性が悪い。
 唐揚げの濃厚な旨味を楽しみたいのに、レモンがそれを許さない。

 唐揚げを食べた後にレモンで口直しをするのならわかるのだが……

 皆はわかってくれたと思うが唐揚げにレモンをかけるという行為は、ショートケーキにタバスコをかけるようなものなのだ。

 しかし、皆も特に文句を言っていないし、俺も特に気にした様子も見せずに唐揚げを食べる。
 ここで事を荒立てても良いことはないからな。

 ぱくっ。やはり美味さが半減している。悲しい……



 ……やばい。トイレに行きたくなってきた。

 こっそりと抜けて行くか。

 皆が盛り上がっている中、俺は気付かれないように静かに席を立つ。



 ふぅ、すっきりした。

「マジ、最悪だよね」

 トイレの近くで女性2人が話しているようだ。

「あのナルシスト、勝手にレモンかけてたよ」

「一言確認しろっていうな」

「それなー」

 女性って恐ろしい……
 見つからないように戻ろう。
 触らぬ神に祟りなしってな。
 くわばらくわばら。



 えーと、席はこっちの方だったよな。

 あれ? 俺の座っていた席に他の人が座っている。

 他の人が座っているのに元の席に戻るのは図々しいし、かと言って今更別の席に移動するのも難しい。

 飲み会ももう後半だし、外の空気でも吸って時間潰すか。



 ふぅ……
 外に出ると風が吹いてきて、俺の中にこもっていた熱を冷ましてくれる。

 昼間はまだ少し暑いくらいだが、夜はもう秋を感じさせる。

 今日は月も綺麗に見える。

 街の喧騒が遠くから聞こえてくるが、俺の周りは静かなものだ。

 こうしているとこの世界には俺と月の2人しかいないような錯覚を覚える。



 さぁ、そろそろお開きの時間かな。



 俺が店内に戻ると、ちょうど飲み会が終わるところのようだ。

 俺は下駄箱の木札を持っているから、例の人を下駄箱近くで待つ。

「あ! 最後の方どこに行ってたの? あ、鍵持っててくれてありがとう!」

「いえいえ」

 今日はこの人のおかげで無事に飲み会を過ごせたし、また一緒に飲めたらいいな。

 緊張するが素直に伝えてみるか?

 お酒も入っているし、今日は無礼講だ。

 どうせ今まであまり話したこともなかったんだ、これ以上好感度が下がることもあるまい。

「あ、今日はありがとうございました。ま、また一緒に飲みに来られるといいですね」

 よし! 言えた!

「え? あー……そうだねー! えっと……名前何だっけ?」



こうして今日もまた世界は回っていく。
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