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16.不穏

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 詳細を確認するため、俺たちは喫茶店に場所を移して向かい合っている。

「それでは、なぜこんなことをしようとしているのか教えてもらっても?」

「せやなぁ、ウチ一人娘やさかい、さっさと婿を取れって言われてんねん。そんで、お見合いしろってせっつかれてて……せやけど、ウチはまだ自由に生きたい! せやから、お見合いを回避するために、イヒトはんに手伝って欲しいんや!」

 そうか、そういうことだったのか。
 冒険者とは自由を愛するもの。
 自由を勝ち取るためなら、喜んで手伝いましょう!

「そういうことでしたか。俺がどこまでお役に立てるかわかりませんが、一緒に自由を勝ち取りましょう!」

「お、おう。そうやな。イヒトはんはウチの隣にいてくれるだけでええけど……」
ボソッ(こんなにチョロくて大丈夫なんか、イヒトはん……)

「え? 何か言いました?」

「なんでもあらへんよ。ほなら早速行きますか!」

「え! もう!? なんかこう作戦立てたりとか、服装もこんなだし……」

 というかちょっと心の準備が……

「大丈夫や、ウチにまかしとき!」

 みんなありがとう。
 今日で俺の人生終わったかもしれん……


 ―◇◇◇―


 俺は今、レッドさん、レッドパパ、レッドママと4人でテーブルを囲んでいる。
 会話はまだない。

 あのあと喫茶店から出て、すぐにレッドパパの商店(結構大きな萬屋)に突撃し、あれよあれよという間にこの対談の席が実現してしまった。

「それでレッド、話というのはなんだ?」

 俺は思った。レッドパパは話し方普通だな、と。

「お父様、わたくし結婚相手は自分で決めますの。だから、お見合いの話は受けられません」

 俺は思った。お前誰? と。

 ……いやマジで誰だよ!? さっきまでと全然話し方違うじゃん!
 お転婆なお嬢様が市中にお忍びで来てる時だけ砕けた喋り方になるみたいな?
 それにしても雰囲気変わり過ぎだろ!
 もう俺、完全に場違いだわ……

「ほう? そちらの方がお相手かね? 君、名前は?」

「あ、イヒトと申します……」

「イヒト君、仕事は何をしているのかね?」

「あ、ぼう……」

「貿易関係の仕事をしておりますの。イヒトさんは商人なんですのよ?」

 レッドさんはものすごい笑顔でこちらを見てくる。
 ……俺はレッドさんに身を任せることにした。

「……はい、商人をしております」

「そうか、商人か。ご兄弟は? 婿に入ってうちの仕事は継げるのかね?」

「お父様、まだ結婚も決まっていないのに気が早すぎますわ」

 ブチッ

 何かがブチギレた音が聞こえた。
 レッドパパの顔が険しくなっている。
 こりゃ何か地雷踏んだな……

「貴様! 結婚する気もないのに、うちの娘に手を出したのか!?」

「お、お父様、わたくし達の仲は良好なので、そこまで心配なさらなくて大丈夫ですわ……」

「いいや、ダメだ! こんなどこの馬の骨とも知れない男では信用できん! 私から信用を勝ち取りたいなら、私が出す試練をクリアしてみせろ!」

 えー! 話が変な方向に行っちゃったよ……
 もう帰りたい……
 ギルドマスター……あなたの言うとおりでした。
 また招待できそうになくて、申し訳ありません……



 現実逃避から思考を戻す。
 正面を見ると険しい顔のレッドパパ、横を見るとものすごい笑顔でこちらを見てくるレッドさん。
 この状況を打破できるのはレッドママあなただけ……って寝てる!?
 よくこの状況で寝れますね!?

 俺は意を決して問いかける。

「その……試練とはどのようなものでしょうか……?」

「明日の朝市でうちのエース販売員と売上げ勝負をしてもらう! 商人ならそれくらいはできるだろう?」

 え、エース販売員……!!
 こちとらコンビニの元バイトだぞ!?

「え……いや……商品の持ち合わせがないといいますか、はは……」

「もちろん商品はうちの商品を使ってもらって構わない。その方が公平だからな。これ以上何かあるかな? それとも商人だっていうのは"嘘"……とか?」

 ひぇぇ!?
 なんて冷たい目だ……
 こいつは死線を何度も潜ったことのあるやつの目だ……多分……

 ま、まぁ、負けたとしても俺にデメリットはないしな。レッドさんには申し訳ないけど。
 明日までこの町に滞在しなきゃいけないが、そこまで大したことではない。

「わかりました。私の誠意を見せるため、その勝負お受けいたしましょう」

「そうか、受けるか。わかっていると思うが、もし負けるようなことがあれば…………」

 怖い怖い!
 無言が一番怖い!

 もうこっちもヤケクソだ!

「私も商人の端くれだということをお見せしましょう。それでは、明日のために商品を見せていただいても?」

「もちろんいいとも。宿もまだ決まってないんだろう? 今日はうちに泊まって明日の対策を考えるといい。レッド、案内してあげなさい」



 俺とレッドさんは部屋を出て、商品を確認するため倉庫へ向かう。

「面倒なことに巻き込んでしもて、ほんますんまへん! まさか親父がここまで過保護だとは思わんくて……」

「そんなに気にしないでください。泊まりになるのは想定外でしたけど、まぁやれるだけやってみますよ」

「ほんまおおきに! ウチの親父、気に入らんやつはとことん潰すタイプやけど、気にせず頑張ってや!」

 ……さぁ、どうやって逃げ出すか考えるかな!


 ―◇◇◇―


 レッドパパの商品がずらりと並んでいる倉庫を見回す。
 日用品から食品、ちょっとした家具まで揃えている。
 かなり品揃えが豊富だ。

 売れる可能性の高い食品や消耗品を数多く出品して、薄利多売で売上げを上げるのがセオリーだと思うが……
 それだとエース販売員と差別化出来ずに、実力の劣る俺が不利になるだろう。
 あー、今回ばかりは女神様にもらったチートスキルでもどうにもならなさそうだ。

 何かこう、日本の知識チートで売れそうなものや、隠れた名品みたいなのがあればいいんだが……

「どや? 何かええもんは見つかった?」

「そうですねぇ。それぞれの品自体は質がいいんですが、インパクトに欠けるというか……エース販売員に勝てるイメージがわかないですね」

「そやなぁ。普通に勝負したら、素人が商人に勝てるはずあらへんもんなぁ。ウチが勝負したとしても勝てるかどうかわからん相手やし……」

「そうですか……」

「いや、ウチなら負けるはずないって言わんかい!!」

 バシッ!

 そんな無茶な!
 俺は急なツッコミに対応できず、バランスを崩す。

「うわぁぁぁ!」

 ガシャーン!
 積んであった商品が崩れてくる。

「わわ! イヒトはん! 大丈夫かいな!」

「痛てて……はい、大丈夫です」

「冒険者のくせにそんなに弱くてホンマに大丈夫かいな。もうちっと鍛えた方がええんとちゃう?」

「ははは、そうですよね。俺もそう思います……」

 立ち上がろうと手を着いた時、何かが俺の手に触れる。

「これは……?」

「あぁ、それは新しく開発されたもんなんやけど、あんまり売れんくて在庫になってもうたんや。大損やで。性能は悪くないと思うんやけど、それが客に伝わらんのか、割高やから売れへんのか……」

 俺はこの商品について詳細を聞く。

「……これだ。俺はこの商品一本で行くぞ!」

「えぇ!? こんな売れ残りで勝負するんかいな!? 勝負を捨てたんか、イヒトはん!」

「これが本当に俺の思う通りの性能で、まだこの世界に普及していないとしたら勝算はあります。どちらにしろまともにやり合ったら敗北濃厚ですしね。これくらい突飛なことをやらないと」

「まぁイヒトはんがそういうんなら止めはせんけど……」

 ふっふっふ、レッドさんに巻き込まれて仕方なく勝負することになってしまったが、やるとなったら本気を出さねばなるまい。
 異世界よ、刮目せよ! 日本の伝統芸見せたるわい!

 その夜、俺は遅くまで対策を考えた。


 ―◇◇◇―
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