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チュートリアル(入学前)

『戦闘に入ります、準備はいいですか?』……おーらいっ!ここからは私の舞台(ステージ)だ!

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 馬車に揺られてカラカラと車輪の回る音が響く4人乗りの室内には、リズと私の二人しか居ないので広々としている。

 今日の私の格好は、お出かけ用のフリルやレースのついた薄浅葱うすあさぎ色のドレスに、羽飾りのついた同色の幅広帽子を被っていて、これでもかって位に貴族のお嬢様じみた格好をしている……貴族のお嬢様ですから。

 対面するリズも普段のメイド服ではなく、薄桃のドレスに白のフリルが装飾された可愛らしい格好をしている……が、その表情には緊張が走り、とても険しい顔をしている最中だ。
 私と同じくドレスと同色の帽子を被っていても、その表情は隠れていない。

 「もっとリラックスなさいな、そんなお顔でお茶を淹れても受け取って貰えませんわ。毒物を仕込んでるんじゃないかと思われてしまいますわよ?」

 「あうぅ……ですけどぉ…!揺れる馬車の中で、このドレスを汚したらと思うとぉ……」

 只今、絶賛お茶の作法の練習は続いております。
私と二人きりの馬車内で落ち着かないリズに、気を紛らわせて貰う為に始めた事ですが余計に緊張を煽ってしまっています。
 一回ご飯を一緒に食べた位では、まだまだ今までの所業を忘れさせてフレンドリーに接して貰うには難しいですねぇ……

 「言ったでしょう、お茶会では皆様豪華なおめかしをして来られるのですから。その格好でこそ普段通りに出来なければいけませんわ」

 「でもでもぉ……!動いてる馬車の中でのお茶会なんて無いと思います!」

 「甘いですわ!真の淑女たるもの、例え揺れる戦車の中でもお茶を一滴たりともこぼす事はまかり成りません」

 「戦車って多頭引きの戦闘用馬車の事ですか?そんな昔の兵器使われていませんし、常に地震が起きてる様な状況下で一滴もこぼさないとか不可能なのでは!?」

 「大事なのは平常心、そして常在戦場じょうざいせんじょうの心構えですわっ!貴女も武門の生まれなら、いつ、何時なんどき、誰のお茶会でも受ける覚悟で望まなくては、サロンという名の戦場で敗北の二文字を刻まれる事になるのです。さぁ、恐怖で一歩も進まない者に勝利の女神は微笑みません!栄光を掴むのは勇気を持って前に踏み出した者のみですわっ!」

 「は、はいっ!リーゼロッテ・レッドフィールド参ります!」

 リズが乗せられやすいのか、私が乗せるのが上手いのか……ポンポンとそれっぽい言葉が出て来てはそれを聞いてやる気になったリズが、意を決して作業に取り掛かる。馬車内に備え付けられたテーブル越しの動作は、昨日の練習の成果もあってスムーズだ。
 揺れる馬車内にあって震える手が良い感じに作用しているだけの気もしますが……



 現在、クリシュナーダ領を南側に抜け、リズのお父様『ゴライアス・レッドフィールド』男爵の治めるレッドフィールド領の御屋敷に向かっている最中です。
 
 名目上はゴライアス郷のお見舞いで、専属メイドのリズは私の出向に付随する形での休暇だ。

 『折角の里帰りにマリアルイゼお嬢様がついて来るなんて……』

 これが出発前に向けられたリズへの憐れみの総意だ……誰もリズだけに与えられた特別休暇に不満を出さない辺り、流石はマリアルイゼであります。
 
 お陰で好都合です、貴族子女……特に令嬢ともなると気軽にホイホイと外出が出来る立場にありません。与えられた1週間の旅程内で、屋敷外で出来る事を最大限やらねばならない。

 特にマリアルイゼは箱入り娘なので、市勢の状況や一般常識に疎い所がある。私もゲーム以外の知識は、この世界の事がサッパリなので直に触れる良い機会だから無駄に出来ない。その為にも……

 「ゴーシュ、今はどの辺りに差し掛かりましたの?」

 「レッドフィールド領に入った辺り……夕暮れ前には着くはず」

 ワタクシの住む公爵家別邸の庭師夫妻の子供、平民でもあるゴーシュの協力は必要だ。今は馬車の御者をしているので、背中の出窓を開けて声を掛けた。

 背中を向けて座っているので分かり辛いが、マリアルイゼと同じ15歳なのに180センチ超えの大柄な身長の……金髪ゴリラである。

 なんか昔の悪女って組み合わせが、悪女・発明家インテリ・怪力ゴリラのトリオだったりするでしょ?それのゴリラ担当でゲームにも登場する悪役一味の一人である。……三バカトリオとも言うんだっけ?

 マリアルイゼの知識では、幼い頃から連れ回した子分と言うか使用人の一人で、仲の良い弟感覚だ。お付きの一人としてテスタメント高等部に一緒に入学させる辺り、結構なお気に入りです。
 物心ついた時から扱き使って、言うことを聞いてくれる便利な召使いとして……
 発明家インテリの方は、入学してから知り合うのでまだ出会ってはいない。
 


 しかしこのゴリラ……じゃなかったゴーシュを侮る事無かれ!
乙女ゲームのゴリラは攻略対象のイケメンヒーロー達には遠く及ばないが、平均よりも整っている顔立ちなのだ!
 加えて、線の細い貴族や細マッチョの攻略対象達と違って筋肉モリモリマッチョマンのボディと、愚直な迄に一途に主へ仕える誠実さ、寡黙な演技に定評のある声優さんが芝居した渋みのある声とあって中々の人気キャラクターなのである。マリアルイゼよりもね!

 「お嬢、何か変な事考えているか…?病気良くなってから、何か違う……」

 「そ、そんな事ありませんわ!また声を掛けますから御者をしっかり頼みますわよ!」

 「お嬢が俺に頼んでる……明日はきっと槍が降る……」

 そんな不吉な事を言い残しながらも言われた通りに御者へと集中する為、前を向き直ったゴーシュの大きな背中を尻目に私も出窓を閉じ……ようとした瞬間

 がっしゃーん

「キャアァーーーーッ!!」

 と、何かの割れる音とリズの叫び声に振り返ると……何故か空中にはお湯を入れたポットが……

 今日の天気は晴天、ところに拠って熱湯の雨が降るでしょう……
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