101 / 149
雑多な未分類掌編共(単発完結シリーズ)
お題「絵柄買い取り」
しおりを挟む
喫茶店の中。
目の前の男が奇妙な事をいった。
「貴方の絵柄を買い取りたい」
その言葉の意味がよく分からない。著作権という意味だろうか?
「えーっと?」
「貴方の絵柄を好ましく思う方がいらっしゃるのです。良ければお譲り頂きたい」
「絵……ではなくて、絵柄ですか?」
「はい」
端的にそう言うと、上品な手つきで目の前のコーヒーを啜る。
はっきり言って、自分は売れないイラストレータである。何度も筆を折ろうとしたこともある。
今の絵柄は十年ほどかかって自分の好みに沿うように到達したものだ。
専門校をそこそこの成績で卒業し、細々とバイトを入れながら、画業に取り組んだ。
そして、目の前の男の誘いである。
「絵を描いてほしい」
最初はそういう依頼だったのだ。しかし、男は続ける。
「納品後、その絵柄は使わないでほしい」
その言葉の真意を問うた答えが先の絵柄買い取りだった。
「その後、私がその絵柄を描くとどうなるのでしょうか?」
そう告げると、男が目を丸くした後、口角を上げる。
「大丈夫ですよ」
その表情に背筋に冷たいものが走った。
「で、どうでしょう?三千でどうでしょうか?」
「三千万の間違いだよな?」
冗談のつもりだった。しかし、男は満足そうに「当然です」と言った。
もう、三十代も半ばだ。三千万で足を洗うのも悪く無い。そう思った。
男は一割の前金を払い、そして契約は成立した。
* * *
出来上がった物をみて、男は目を細めると、残りの金額を目の前で振り込んだ。
ネットバンキングで確認すると、見たこともない桁の残金になっている。
「そうそう」
別れ際、彼が妙な事を言う。
「貴方がもし、絵を描こうとするのならお止めはしません」
「は?」
「言葉通りの意味ですよ。ただ、後悔する事になるとは思いますのでおすすめしません」
「脅しか?」
「いえいえ、貴方自身に私やクライアントから直接的な事は致しません。ですがね――」
あの時の、寒気を伴う笑いを浮かべ、男は去って行った。
その言葉の意味を、自分は後に知る事になる。
一年後、バイト先の雑誌で、新進気鋭のイラストレータの特集が組まれていた。
もう筆を折って一年になる。三千万は退職金と考え、絵はもう描いていなかった。
ペラペラとめくり、手を止めた。
――この絵は。
自分の絵ではない。しかし、自分が描くであろうその絵がそこにあった。
参考価格を見て愕然とする。
幸い自分の絵柄とそっくりである。もし、自分が描けば、コピーだとしても、それなりの高値が……。
喉を鳴らし、そんな下卑た考えが頭を過った。
――今、自分が何を考えたのか。
冷や汗が頬を伝った。
そういうことかよ。ギリと奥歯を噛み締め、強く手を握りしめる。
「ですがね、貴方が描こうと思った頃には、貴方は知らずに自分を貶めていたことに気づくと思いますよ」
そのとき、初めて「絵柄を売る」という意味を知るのだった。
目の前の男が奇妙な事をいった。
「貴方の絵柄を買い取りたい」
その言葉の意味がよく分からない。著作権という意味だろうか?
「えーっと?」
「貴方の絵柄を好ましく思う方がいらっしゃるのです。良ければお譲り頂きたい」
「絵……ではなくて、絵柄ですか?」
「はい」
端的にそう言うと、上品な手つきで目の前のコーヒーを啜る。
はっきり言って、自分は売れないイラストレータである。何度も筆を折ろうとしたこともある。
今の絵柄は十年ほどかかって自分の好みに沿うように到達したものだ。
専門校をそこそこの成績で卒業し、細々とバイトを入れながら、画業に取り組んだ。
そして、目の前の男の誘いである。
「絵を描いてほしい」
最初はそういう依頼だったのだ。しかし、男は続ける。
「納品後、その絵柄は使わないでほしい」
その言葉の真意を問うた答えが先の絵柄買い取りだった。
「その後、私がその絵柄を描くとどうなるのでしょうか?」
そう告げると、男が目を丸くした後、口角を上げる。
「大丈夫ですよ」
その表情に背筋に冷たいものが走った。
「で、どうでしょう?三千でどうでしょうか?」
「三千万の間違いだよな?」
冗談のつもりだった。しかし、男は満足そうに「当然です」と言った。
もう、三十代も半ばだ。三千万で足を洗うのも悪く無い。そう思った。
男は一割の前金を払い、そして契約は成立した。
* * *
出来上がった物をみて、男は目を細めると、残りの金額を目の前で振り込んだ。
ネットバンキングで確認すると、見たこともない桁の残金になっている。
「そうそう」
別れ際、彼が妙な事を言う。
「貴方がもし、絵を描こうとするのならお止めはしません」
「は?」
「言葉通りの意味ですよ。ただ、後悔する事になるとは思いますのでおすすめしません」
「脅しか?」
「いえいえ、貴方自身に私やクライアントから直接的な事は致しません。ですがね――」
あの時の、寒気を伴う笑いを浮かべ、男は去って行った。
その言葉の意味を、自分は後に知る事になる。
一年後、バイト先の雑誌で、新進気鋭のイラストレータの特集が組まれていた。
もう筆を折って一年になる。三千万は退職金と考え、絵はもう描いていなかった。
ペラペラとめくり、手を止めた。
――この絵は。
自分の絵ではない。しかし、自分が描くであろうその絵がそこにあった。
参考価格を見て愕然とする。
幸い自分の絵柄とそっくりである。もし、自分が描けば、コピーだとしても、それなりの高値が……。
喉を鳴らし、そんな下卑た考えが頭を過った。
――今、自分が何を考えたのか。
冷や汗が頬を伝った。
そういうことかよ。ギリと奥歯を噛み締め、強く手を握りしめる。
「ですがね、貴方が描こうと思った頃には、貴方は知らずに自分を貶めていたことに気づくと思いますよ」
そのとき、初めて「絵柄を売る」という意味を知るのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
麗しき未亡人
石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。
そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。
他サイトにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる